Ep.446 勇気をこの手に
「では、これより剣を打つぞい。よいな!」
「……はい!」
僕とゼクストさんは強く頷き合うと、ゼクストさんは救世鋼を、アグニとゼファイアの炎へと投入した。
それを見届けるとアグニとゼファイアは還り、工房には僕とゼクストさんだけが残された。僕達は救世鋼の様子をじっと見守った。
やがて救世鋼はゆっくりと融解し始め、赤々と灼熱に包まれる。
そしてその救世鋼を炉の中から引き出したゼクストさんが鍛造の為の金床に移し、鎚を振り下ろした――!
……だが。
――キィィィンッ!
「ぬおおおっ!?」
鎚が救世鋼に触れる直前、何かを拒むかのような甲高い音が響き渡り、ゼクストさんは跳ね返されるようにひっくり返った。
「……ッ!? 大丈夫ですか!?」
のそりと起き上がったゼクストさんは、僕の声に反応も出来ない程に驚いたように、己の掌と鎚を交互に見つめていた。
「……鋼に届かんかった。これは……拒絶じゃ……。そうとしか形容出来ん……」
「拒絶?」
一体どういうことなのか分からず、僕は救世鋼を見た。
確かに傷一つ付いていない。
その後何度か試してみたが、結果は同じで、その都度小さな老人はひっくり返った。
「――ええぃっ! やはり届かん!」
ゼクストさんの声色に苛立ちの感情が滲み出た。
いや、この感情は焦りか。突然立ちはだかった壁への。
「どうしたらいいんでしょう……」
「……」
僕は困り果てた様子でゼクストさんに問いかけたが、彼は口を固く結んだまま言葉を紡がない。その眼差しは赤々と熱を発する救世鋼へと鋭く向けられている。
小人の老人はその太腕を組んでぶつぶつと呟き、思案を繰り返している。
そして、やがて僕に向き直った。
「儂は、ここまでじゃ」
「……えっ!?」
思いもしない言葉が、老人によって放たれた。
それは僕の希望を打ち砕くものでもあった。
そんな……。そんなッ!
ここまで来たのに……! やっと形になると思っていたのに! ——いや、諦める事は出来ない。それだけは絶対に!
「ま、まだ諦めるのは早いです……ッ! どんな事でも試して――」
「――早合点するでないわ、慌て者め」
僕を宥めるようにゼクストさんは言葉を被せた。
その表情は先程までとは打って変わって、落ち着いているように見えて、僕の暴れ掛けた焦燥感が鳴りを潜める。
「お主が持ち出した精霊の結晶……そこから生み出された救世鋼は、言わば魔力の塊とも言えよう。そして魔力とは、意思の力じゃ」
「……はい」
僕は彼の言葉を黙って聞き入る。
そしてゼクストさんは続けるのだった。
「何度か試みて、儂は推測したのじゃ。これは精霊の総意なのではないか、とな」
「……触媒をくれた精霊の……ですか?」
ゼクストさんは深く頷く。
「その精霊とお主は既知であろう。……ならば儂に用がないのは、思えば当然の事じゃて」
「……あ!」
僕の頭の中で、ゼクストさんが言わんとしている事への理解がようやく追いついた。
……そんな僕にゼクストさんは、鎚を差し出した。
「精霊が、お主と話したがっておるぞ。……お主が、やるんじゃ!」
「……」
僕はそれをすぐには受け取れず、黙って鎚を見つめた。
その鎚を受け取ることの重みが、僕を躊躇わせたのだ。
「で、ですが……剣を打った事なんて……もし失敗したら……」
失敗すれば救世鋼が台無しになるかもしれない。
そうなれば、再び救世鋼を用意できるかは分からない。
それは僕の時代の絶望が深まる事を意味する。
……しくじる事は許されない。剣を打った事のない者が、失敗もせずに一振りの剣を生み出す事が出来るのか…………怖いんだ。
「——世界を救わんとする者が、この程度に怖気付くでないわッ! 儂が口出ししてやる。……鋼を打てたら、じゃがな」
「……!」
僕は仲間達の顔を思い浮かべた。
救いたい沢山の人達を思い浮かべた。
…………ただ一人の愛する人の笑顔を、思い浮かべた……!
……そうだ。僕は勇者。皆の希望となると決めたんだ。
ここで怖気付いてどうするんだ! クサビ・ヒモロギ!
失敗を恐れるな! 勇気を持て! 皆が信じた僕を信じろッ——!
僕は力強く頷き、鎚を受け取った。
そして金床の前に膝を付き、鎚を握った左腕をゆっくりと頭上へ振り上げる。
そして深呼吸。
《……皆、話があるのかい? 鍛造を阻んでいるのは、皆の仕業なの?》
《《《…………》》》
僕の念話に、聞こえていない筈はないのに誰一人答えてはくれない。
だがその沈黙は、彼ら精霊にとって大きな意図が含まれているような気がした。
……つべこべ言わず、鎚を振れと言うことか。
「……行きます」
「うむ。思いっきりいけぃ!」
僕は鎚を思い切り振り下ろした!
……振り下ろした鎚が、救世鋼へ届こうとした――その瞬間だった。
金床の上の七色が、ぐにゃりと歪んだ。
「……っ!?」
救世鋼だけではない。金床も、炉も、ゼクストさんの姿さえも、渦に呑まれるように捻じれていく。
視界がぐるぐると回る。
上下も左右も分からない。
それでも僕の手には、鎚を振り下ろしている感覚だけが残っていた。
やがて音も、熱も、身体の感覚さえも遠ざかり――。
……僕の意識は、真っ白に染まった。




