Ep.444 精霊の火は風と踊る
――黎明が訪れ、陽は高く登ってまた沈む。その営みは幾度となく変わらず繰り返された。
僕とゼクストさんが封印剣作製を開始してから、ひと月が経とうとしていた。
祖精霊達の触媒を融合させる為の特別な台座を、試行錯誤を繰り返しついに完成へと漕ぎ着けた。
「……よし。これならば流れる触媒が上手く混ざり合うはずじゃ。台座の完成じゃ!」
「やりましたね! ゼクストさん!」
僕とゼクストさんは、互いに拳を軽く打ち合わせる。喜びを表現するには余りにも控えめだったのは、これで全工程が完了したわけではないからだろう。
いや、むしろここからが重要だ。僕達はその足掛かりに一歩踏み出したに過ぎないのだ。
「ではこの台座を、新たに拵えた炉に取り付けるぞ。クサビよ、反対側を持て」
「はいっ!」
僕が台座の左側を持ち、ゼクストさんが右側を持ち上げて炉の中へ据える。
炉の内側に刻まれた溝へ取っ手が噛み合い台座を固定した。
「うむ。これで炉は完成じゃ。さしずめ『精霊炉』と言ったところじゃな」
「いよいよですね……!」
僕の言葉にゼクストさんが頷き、精霊炉に視線を向ける。
炉の周囲は様々な金属の装飾が施され、その中には色鮮やかな宝玉が嵌められていた。
これも制作の助けとなるよう、ゼクストさんが構想を重ねて生み出されたものだ。
「これよりメテオライトと触媒を溶かし、一つのインゴットにする工程に入るぞい! クサビよ、お主の出番じゃ」
「はいっ!」
ここからは精霊炉に火を灯さねばならない。
だけど普通の火では触媒は何も反応しない為、アグニとゼファイアの力を借りる事になる。
僕が魔力を捻出して出すアグニの炎ではなく、アグニ本人が出す炎ならきっと触媒を溶かせるはずだ。この工房で二人を呼び出すには少し狭いが……。
「精霊を召喚します。ゼクストさん、少し離れていてください」
「お主召喚魔術も使えるのか。まったく……脱帽しようにも取るべき帽子も尽きたわい」
ゼクストさんに一旦離れてもらい、僕はアグニとゼファイアを喚び出す為、目を閉じて集中した。
「…………。――アグニ!」
名を呼ぶと同時に、僕の目の前で大気中から炎が出現し、渦をまくように一つに集まって、やがて人型を形成した。
久々に見る炎に包まれた男性精霊が、赤々と燃えるような髪を逆立てながら顕現する。
「求めに応じ参上した。我が主よ」
「こ、これは……相当上位の精霊じゃな」
アグニの登場に、ゼクストさんが目を見開いて驚いた。
上位も上位。その頂点に君臨する祖精霊だと言ったら、腰を抜かしてしまうだろうか。少し見てみたい気もするが、今はアグニにしてもらう事がある。
「アグニ、早速で悪いんだけど、この炉にアグニの火を灯して欲しいんだ」
「その程度造作も無い。このような雑用に我を使うなど我が主しかおらぬぞ。それも愉快では、あるがな」
アグニはそう言うと、口端を吊り上げた。普段精霊に命じることはあっても自分が命じられること、しかもその内容が火をつけてという雑用であることがむしろ新鮮に思っているようだった。
アグニは手のひらに小さな赤く輝く光を生み出すとそれにふっ、と息を吹きかけた。
すると光はゆらゆらと揺れながら宙を舞い、炉の中心に落とす。
火の玉が炉に触れた瞬間、ボッという音を伴いながら炉の中を紅蓮に照らした。
普通の炎よりも赤みが強い、アグニの純粋な火は炉内で赫灼と力強く燃え上がり熱を放つ。
これで炉に必要な火は整った。よし、次はゼファイアを呼び出すぞ。
「…………。ゼファイア! 来てくれ!」
「はいはい、待ってましたっと! さあ、張り切っていこうじゃないか!」
……いつの間にか後ろに居た。
振り向くと、鮮やかな緑色の髪を横に流した爽やかな青年が、僕にウインクしながら人好きのする笑みを向けていた。
「……じゃあゼファイア、お願い」
「ああ! 風の精霊力を加えるよ!」
ゼファイアは爽やかな笑みのまま手のひらを火に向け、ふぅっと息を吹きかけた。
すると炉の中のアグニの火を包むように緑色の光が生まれ、徐々に渦巻いていき、その炎は神秘的な輝きを放ち始めたのだ。
「ほぉ……。精霊の力で、このような火になるのか……! 長く火を見てきたが、これは初めてじゃぞ!」
ゼクストさんの言葉どおり、通常の炎とは比べ物にならない神秘性を放つ炉は、見る者を惹きつける不思議な力を放っているかのようだ。
……よし、これで準備は整った。いよいよ祖精霊から貰った結晶を溶かしていく作業を始めるんだ……!
火の灯る工房に居るからなのか、それとも興奮がそうさせるのか。僕は精霊炉の前で期待に胸を熱くするのであった。




