Ep.442 Side.A 捧げる者の意志
チギリとわたくしは肩を並べて立つと杖を空へと掲げ、杖と杖を付き合わせて魔力を練り、魔術のイメージを開始します……。
「……我、比肩せし者との契りを成す」
「……傍近なる友との力を結びしは、わたくし」
チギリとわたくしの杖の先が輝きを放ち、それは杖を伝ってわたくし達を包み込みます。
これで魔力の共有化の成功ですわ。二人の魔力を一つに合わせて共有し互いがその魔力を使用できる状態になりましたわ。
「天上より輝き、命育みし光よ来たりませ……」
「破壊と創造の化身よ、その力の一端、今此処に顕現せよ……!」
魔術の完成が近づくにつれ、急激に魔力が吸い出されていくのを視界のブレで自覚してしまいます。
それに今回は、命を削って得たわたくしの魔力も捧げる。出し惜しみは出来る状況ではないのです。
「…………それは……どうやっているのです? ふむ……」
リリスの疑問の声にも気にかけている余裕はない。ぐんぐんと魔力を吸い出されていく感覚と、気配。
時は来たれりと互いの杖が眩しく爛々と輝きました……!
後は、『日輪招来』と言い放つだけ。
——かと思われたのです。……その筈でした。
「——今此処に降臨せし汝に、破邪成す祈りを捧げん!」
「っ!?」
な、なんですのチギリ!? そんな詠唱、打ち合わせには——!
……破邪……?
そうですわ。チギリは、今までの日輪招来では足りないと、そう思っているのですね。
きっと貴女は今、あの光を思い浮かべているのですね。
ただの光ではない、邪を打ち破る光を。
わたくしは『締めの句』を紡ぐ。自然と口がそれを告げたのです。
「——そしてわたくしは願う。生者の笑み、永久に絶える事なかれと!」
その時、杖が眩い白に輝きました。曇り一つない程の真白に……!
「――あら……まあ……」
リリスもようやくこの魔術の意味に気がついたようです。
あのリリスが僅かにですが、身を守るように身構えたのです。
「「――『日輪浄照』ッ!」」
そして現れた白き太陽のような光の塊。白陽の奔流が熱を帯びて波状的に、断続的に放出しました。
そしてそれはリリスのみならず、チギリやわたくしにも等しく牙を剥きます。これこそが諸刃の剣たる所以であり、もっとも警戒しなくてはならない部分なのです。
「アスカッ! 防御に全力を回せ! 耐えねば潰えるぞッ!」
「貴女こそ! ――っ!」
わたくし達とリリスの間に顕現した真白の陽光が容赦なく光波を浴びせ掛けます……!
「――っ。なんなのですか、一体なんなのですこの光は……! 焼け付く――——っ」
リリスの声には焦りと驚きと苦悶が入り交じっています。
それは決して余裕を崩す事のなかった魔族幹部の明らかな動揺。
チギリとわたくしも額に脂汗を滲ませて歯を食いしばりながら痛みに耐え続けます。
圧倒的な熱波の波状攻撃に、身動きも出来ないままただ防御に徹するしかなく、些細な事すら考える余裕も許されません。眩い光のその向こうのリリスがどうなっているのかも、知る由もありませんでした。
命を削って捻出し、それをチギリと分けた魔力が、恐ろしい速度で失われている。これが空になった時、わたくしとチギリは揃って魔力を失うのです。
一か八か、生か死か。
「くっ……」
チギリがふらつくのと同時にわたくしにも強い眩暈と倦怠感が襲ってきました。
もう魔力が……。
陽光はまだ収まる気配を見せない。このままではわたくし達の魔力が先に尽きてしまう……!
失いかけたこの命と、まだ生きたいと思わせてくれた友の命も、守りたい……。
わたくしは……わたくしは――ッ!
「く……くっくく……っ」
……その時、わたくしのすぐ隣で、苦しげにもどこか愉快さを孕んだ声で、チギリが笑ったのです。
「……アスカ、君の思惑を今、理解出来たよ。先人達が禁とし、それでもそれに縋る理由が……っ」
「…………」
わたくしの頭の中は魔力枯渇の影響で朦朧としていて、思考する事も難しい有様でしたが……チギリの言葉だけは鮮明に耳朶を打ちました。
「――禁忌破りしは、今ここに来たれり。ついに我にもそれが到来した。ということだ」
「……っ!」
チギリが不敵に笑い、そして瞳を閉じます。
その直後、チギリの体の輪郭を覆うように光が漏れだしました。
「チギリ……っ、貴女まで……っ!」
彼女と魔力を共有している今だから、嫌でもわかるのです。この不自然な力の漲りの代償に、彼女から何が失われているのかを――。
魔力が、溢れ出る。
我が忌避し、それを使用した友を叱責した禁忌を、今度は我が行使している。
この皮肉を笑わずいられようか。
そして理解した。この禁術を行使した者が、如何なる想いと共にこれを成し、そして散っていったのかを。
500年も前には、世界を破壊して回った厄災ヨルムンガンドを、聖女サリアが命を賭して封印した。おそらくその時も禁術を用いたのだろう。
そして先のグラド自治領での、魔族幹部ハーゲンティとの戦いでも、禁術で同胞を救い、砂に倒れた魔術師ミリィ・エメラルダもだ。
アスカは精霊フェンリル鎮圧戦において一度、そして此度。
今ならば何故に禁術を行使したのか理解出来る。
……だが禁術使用に於いて、我はきっと何度でもアスカを叱るのだろうな。それはアスカも同様に違いなく、叱責を甘んじて受けるつもりさ……。
己が禁を破った今ならば、皆このような想いだったのかと腑に落ちる。生きて帰った暁には、アスカの覚悟を頭ごなしに非難した事を詫びるとしよう。
……さて、決断は下された。もうこの魔力は返却など出来ん。……ならば我は開き直りて望みを掴もう。
決意を強く固めたその時、我の脳裏にナタクの最期の顔が過ぎった。
——ああ。きっとお前もそうだったのだな。
さあ我が命、存分に馳走してやる。
絶えず光の波動が衝撃波となり幾重にも我が身に降り掛かる。その度に魔力は膨大に消費し、その度に我は己が生道を切り分け、差し出し力の贄とした。
後悔などするものか。耳長族の寿命を舐めるなよ。
日輪浄照の放つ光の圧は凄まじく、もはや視界は光の洪水で染まっている。
アスカは既に立つこともままならぬ様子で膝を地に付け、魔力を振り絞り続けながらも、苦痛に表情を歪め続けているのが辛うじて見えるのみ。
リリスとの死闘による消耗と、我との地の体力の差がここに来て如実に現れていた。
我は、更に命を切り分ける。
「チ……ギリ……それ以上は……っ」
アスカの悲痛な叫びが聞こえる。
だがここで諦めれば我らは共倒れだ。ここで辞める事など出来ない。
アスカ、耐えろ……耐えてくれ――!
自ら生み出した陽光の苦痛の連続に耐え続け、どのくらいの時間が経ったのでしょうか。
とても長くも、実際は大した時間でもないのかもしれません。しかしわたくし達にはこの時間が長く長く続いたように感じられたのです……。
そして、ようやく日輪は光波を放つのを止め、大気へと消えていきました。
光波が届いた範囲は焦土と化し、辺りからは煙が立ち登っていました。
……魔力の共有化が解除され、わたくしは脱力したように地面に手をつき、呼吸を整えます。
……あれほどの攻撃を受けても生きているという事は……チギリは一体何年分の寿命を犠牲にしてしまったの……?
「アスカ……た、立てるか……? 今のうちに離れるぞ……っ! 奴はまだ健在だ……ッ」
チギリのその言葉にわたくしはハッとし、顔を上げます。
「…………そのような切り札を隠していたとは。人間を侮っておりましたわ……」
魔族の貴婦人は煙を漂わせながら膝を着いて、顔を下に向けたまま告げました。ドレスは所々焦げ付き、浅黒い肌には焼けて赤く変色している箇所も散見されていました。
彼女は辺りから黒い風をその身に取り込もうとしていました。おそらく瘴気を掻き集めて自身の回復を図っているのです。つまり今は動けないのでしょう。
「……良いでしょう。今回の所は私の負けにして差し上げますわ……。おゆきなさい」
「アスカ、急げ。行くぞ……っ」
「……ええ……」
わたくしはチギリの肩を借りて何とか立ち上がり、風を操る為に魔力を振り絞ったその時でした。
「ですが……せめてこれくらいは――」
リリスは手を伸ばすと、一瞬赤黒い光が明滅したのです。
彼女の手の向く先には古の都市の残骸。その直後……。
「ああっ! 古都が……っ!」
古都シュミートブルクの工房跡の地面が真っ黒な沼のように変色し、そこから無数の黒き手が伸びて廃墟や瓦礫を掴み、地の底へとゆっくりと沈めていく……。
「フ……フフ……! 貴女の目的は果たさせませんよ……。次はちゃんと壊して差し上げますから……楽しみにしていてくださいね?」
「くっ……!」
工房が闇に呑まれていく……! これではメテオライトは……もう。
「アスカ! 行くぞッ! ——」
チギリに抱えられたわたくしの体がふわりと浮遊し、凄い勢いでリリスから離れていきました。
やがて古都が存在した場所が見えなくなった頃。
ようやく窮地を脱することが出来たものの、成果はほぼなく。わたくしは項垂れるしかありません……。
ですが、後悔に苛まれていると突然ガクっと浮遊の力が消え、地面へと落ちていきます!
見るとチギリは既に気を失い掛けていたのです。
「チギリ! ……っ、はぁ!」
落下の直前、わたくしは僅かに残った魔力で風の塊を爆ぜさせて、落下の衝撃を和らげる事に成功しました!
ですが、わたくしはチギリを庇うように覆い被さるようにして落下したせいで、背中に激痛が走って身動き出来なくなってしまいました。
「……あくっ……! ぅ……っ」
チギリも気を失っています。あれだけの無茶をしたのです。魔力が底を尽き、意識を保てなくなったのでしょう。慎重な彼女には珍しい、強引な魔力枯渇です。
……わたくしはなんとか立ち上がると、痛む背中を無視してチギリを抱え上げて、ゆっくりと歩き出しました。
すると複数の気配がこちらに向かってくるのに気付きました。もし魔物と遭遇すれば、もはや戦う力も残っていないわたくし達にとって、今度こそ終わりでした。
「――エルフィーネ魔大将ッ! ご無事ですか!」
そこへ数人の獣人を含めた冒険者――黎明軍団員が駆けつけてきたのです。
その中の、真っ白な毛並みの兎の獣人がわたくしに駆け寄りました。
「お久ですアスカっち! あたしら兎人族も黎明軍入りしたんよ! んで、ラムラム……じゃなかったラムザッドから頼まれて助けに来たってわけ!」
「貴女は……レアさんですか。……助かりましたわ……」
わたくしが安堵に息を吐いていると、他の隊員達がチギリを抱えて下さり、わたくしは背負われました。
「あー、ラムラム〜? あたしあたしー。今チギリさんとアスカっち見っけたから帰るよー! あーい☆」
レアさんの独特で気の抜けた口調に、わたくしは思わず笑みと安堵の息を吐き出して、わたくし達は帰途へと着いたのでした……。




