Ep.440 Side.A 決死の淵に光明は差す
「……あら? あらあらあら?? 貴女……まだ私を楽しませてくださるの?」
暴走にも近い魔力の奔流を見たのか、リリスは瞳を輝かせてわたくしを眺めています。
わたくしに敢えて止めを刺さず、事の成り行きを見守るつもりのようです。ならばこちらにとっても好都合ですわ。
わたくしは杖を胸に抱き、跪くように地面に膝を付けて、ただ願う。
——もっと魔力を。この命、いくらでも差し上げますから、この悪鬼を消し去るだけのチカラを……どうか……どうか——!
代償として命を貰い受ける代わりに膨大な魔力を生み出す禁術。
チギリにも、もう使うなと叱責を受けた術。
……チギリ、ごめんなさい。
それでもわたくし、この世界に生きる人々が好きですの。……守りたいの。
だから――墓前でまた叱ってちょうだい……。
わたくしの身体が発光し始めると同時に衝撃派が幾重にも巻き起こります。
漲る力とは裏腹に、命が減っていくのが分かります。
「一体それはなんですの? 貴女! 答えなさい! 私をどう楽しませてくださるの?!」
リリスの興奮した声が聞こえます。
言われずとも、直ぐに見舞って差し上げますわよ……!
「……エルフの——耳長族の寿命を舐めないことですわ……ッ」
わたくしはさらに願う……。
「やめろ!」
……ああ、ついに幻聴まで。
女性にしては低めの安心感のある声。最後に思い浮かぶのは、やっぱり貴女なのね……チギリ……。
コイツだけは、リリスだけは連れていきますわ……! だから……生きて……皆を守って――。
「――止めろと……言っているのだッ!!」
——ドォーンッ!
直後、わたくしは突然の衝撃に倒れてしまいました。
そして薄らと目を開いたのです。
そこには……。
「……誰が、許可をした」
「……え?」
「――また命を粗末にしろとッ! 誰が許可したッ! 馬鹿者ッ!!」
……その背中を、見間違えるはずがありません。
黒のローブに鍔付きとんがり帽子。
くるんと外にカールした紫色の長い髪。そしてわたくしと同じ長く尖った耳。
深紅の瞳を一瞬こちらに向け、そして敵をこれまでに無い程険しく睨みつける、わたくしのかけがえの無い友、チギリ・ヤブサメが、わたくしに背を向け、リリスの前に立ちはだかっていたのです。
「あら、貴女も私の退屈凌ぎに協力してくださるの?」
「……その無自覚なまでの皮肉めいた発言。情報通りか。……魔族幹部リリス!」
「私の事をご存知なのね? それはそれは光栄だわ」
リリスは貴婦人のように優雅な仕草で、ドレスのスカート部分を摘み上げて、一礼します。
「それで……貴女は?」
リリスは手のひらをチギリに向け、首を傾けて言います。その仕草には、名乗れ。と言う意図が込められていました。
「黎明軍を束ねる者、チギリ・ヤブサメ」
チギリはその声色に静かな怒りの火を灯して静かに言い放ちます。
「チギリ……。その名前には聞き覚えがありますわ。先日ずっと南の砂漠の国で、ハーゲンティが対峙したと聞き及んでおりますけれど……。何かの間違いかしら? 人族のような下等種では、こんな短時間でここまで移動して来れるはずありませんもの」
リリスはそう言って目を細めてチギリを見据えます。
「ねえ、もしかして……先程の、遠く離れた相手と話せる道具のように、一瞬で遠くへ移動するような道具も……あったりするのかしら?」
「ふっ。わざわざ魔族ごときに教授する道理は皆無というものだ」
チギリはリリスの指摘を軽く受け流し、冷笑を浮かべて挑発します。
「……ごとき、ですって?」
リリスの口元が僅かに動きました。彼女の纏う邪悪な気配が一層濃くなり、チギリに向けて殺気が満ち溢れます。
「おや、煽るのは得意でも、煽られるのには耐性がないようだな」
「…………。まあ、いいでしょう。死にゆく者の囀りですわ。貴女とのお話にも疲れて来たことですし」
そう言うとリリスは腕をわたくし達へと振ると、待機していた魔物達が動き出したのです。
「ぐっちゃぐちゃにしてやりなさいな」
「思惑通りにいくと思うな――聖なる光よ、雨と化し邪を貫き浄化せよ。……ディヴァインスコール!」
チギリの詠唱と共に、光の雨が降って来ました。
その光は魔物の群れを容赦なく貫いていきます。光には火の力も感じられ、破邪の光となって魔物達は為す術なく消し炭となっていました。
——チギリが先日聞かせてくれた、先のグラド自治領での砂漠の激戦にて、白賢アルマイト様が発動させた神級魔術の属性と特徴が似ているように見受けられます。おそらくチギリはそれを見て真似たのでしょう。
魔物達が断末魔をあげて塵へと還りますが、しかしリリスには……。
「少々ピリピリとしますけれど、なかなか神秘的ですね?」
光の雨がリリスの浅黒い肌に当たって弾けると、僅かな煙となって消えていくばかりで、魔族幹部にはまったく脅威にはなっていなかったのです。
「……やはりあれの模倣はまだ完全とはいかんか。だが想定内だ」
チギリは杖を構えたまま構えを解きません。
「はあ。私の小間使い達が居なくなってしまいました……悲しみが尽きませんね」
リリスは憂いに満ちた顔でため息を一つ吐き出しました。……とてもあからさまでこれ見よがしな、ですが。
「……アスカ、動けるか」
チギリはリリスに杖を構えたまま、わたくしに背を向けた状態で、耳打ちするように問い掛けます。
「……どうにか」
わたくしはリリスを見据えながら、震える膝を抑えながら立ち上がりました。
「寿命を削った事は後で説教するとして……その捻出せし魔力、無駄にはできん。なんとかしてヤツを怯ませ、その隙に全速で離脱する。いいな」
「…………はい」
チギリはわたくしに目配せだけすると、すぐにリリスの方へと向き直りました。
わたくしも杖を強く握り締めます。……一度諦めかけたこの命を、失わないように。




