Ep.438 Side.A 黄昏の廃墟で
「……そうか。では獣人達を纏めあげることに成功したのだな? よくやってくれたラムザッド」
「――おう。獣王隊は戦力になるぜェ。ラダラットの復興をある程度手伝ったら帝国に転移させるぞ――」
「了解したよ」
我は帝都リムデルタの黎明軍本部の執務室にて、言霊返しからの通信を終え、安堵の息を吐く。
「――ところでよォ、アスカのやつが来たが、単独でいいのかよ? 何処にヤツらが潜ンでるか知れねェぞ――」
続けて聞こえてきたのはラムザッドの心配を孕んだ声だ。
「それは我も思う所ではあるのだが、アスカは迅速に行動する為と頑なでな……」
承認はした。……しかし我の胸の中には、どうも拭い切れぬ胸騒ぎを感じているのも事実だった。不穏な情勢故か、若しくは――。
「――そうかイ。ま、アスカのことだ。並の魔物には遅れは取らねェだろうがなァ――」
「……ああ、そうだな。とにかくラムザッド、ご苦労だった。引き続き宜しく頼むよ。……ああそれとウィニにもよくやったと伝えてくれ」
「――おう。じゃあ切るぜ――」
そこで通信が切れた。
我は椅子に座り直して、机の上の書類に目を落とす。
……胸騒ぎが止まぬまま、我は各地から舞い込む情報を確認していく。
その中の一枚に目が止まった我は、その紙を手に取り内容を検める。
――ファーザニア共和国 北部に位置した陥落拠点、グエルダーシュ備蓄拠点から南へと向かう魔物の一団を目撃――
この情報の提出日は二日前だ。どうやら多量の書類に紛れ、埋まってしまっていたのだ。我とした事が……。
備蓄拠点を陥落させた敵部隊が南へと行動しているのか。
我はさらに関連した情報はないかと、視線を動かす。
「……これだ」
一枚の書類を掴み取り、目を通して顔を顰めた。
――ファーザニア側南端沖にて、東方部族連合領へと向かうフェロシャーコルを目撃。魔物の軍団の中に魔族らしき人影あり――
フェロシャーコル……船が瘴気に呑まれ魔物化した、海の悪夢。
この情報は新しい。
我は何かが引っかかり、先程の情報が記載された書類と照らし合わせた。
先程の情報と、この情報がもしも繋がりがあり、これらの敵部隊が同一の部隊であると仮定する。
グエルダーシュ備蓄拠点を堕とした魔族部隊が南下し、海を渡り東方部族連合へと移動している、ということになる。
「……まさか。いや、しかし…………」
……我は強い悪寒を覚えていた。嫌な予感が強まる。
我は顎に手を当て思考する。
破壊や殺戮を本能とする魔物は本来、兵糧攻めという手段を思い付きすらしないのだ。だが魔族は違う。奴らには知性があり……。
「そんな回りくどく、だが的確に相手を苦しめる術と心得ていて、その手法を取る魔族は……」
脳内を駆け巡る情報の数々。ファーザニアの悲劇。リリィベル・ウィンセスの言。……浮かび上がる可能性。
それらは予感を確信に変えるには十分だった。
冷汗が滲み出て瞳孔が開く。確証はない。だが奴しか有り得ない。
「奴だ。奴しかいない……魔族幹部……リリス……!」
我は立ち上がると同時に扉を開いて駆け出した!
――マズイ。グエルダーシュ備蓄拠点は、北部と言えどファーザニアの東寄りに、やや奥まった位置にあった筈だ。そこから避けるように南端へ渡り、海へ出たならば、東方部族連合で上陸する位置は――!
「――北東、古都シュミートブルク!」
アスカに危機が迫っているッ!!
「アスカ! ……応答しろアスカ!」
我は直ぐ様アスカ宛てに言霊返しを起動するが無反応。……まさか、既に……!?
「――くっ! アスカ……!」
我は恥も外聞もかなぐり捨てるかのように、転移の間へと駆ける。
「ち、チギリ様!? どうなされたのです――」
「――至急の事態だ! 使うぞ!」
扉の前にいた部下を押しのけ転移の間へと駆け込み、ぽつりと置かれた大鏡のような精霊具の前で手を翳して魔力を流し込んだ。一瞬、視界が歪むが、さらに魔力を注入する。
やがて自身を写した鏡の奥が輝き、ここではない別の部屋の情景が映し出された。
「チギリ魔大将! これは……!?」
「我はラダラットへ転移する! 説明は後に!」
そう言い捨てると、我は転移の間にて眩い光をまとう精霊具の中に飛び込んで行った――。
「ふぅ〜」
古都シュミートブルクの一角にて、わたくしはため息を一つ零します。
到着するなり夢中になって瓦礫を退かしながら探索を続けていたら、気がつけば空は橙色に染まり始めておりました。
「やはり……そう簡単にメテオライトは見つかりませんわね」
手のひらの中の、虹色の光を淡く帯びた黒い欠片を眺めながら独りごちました。小さな小さな一欠片。これが今の所の探索の成果。
「……喉が乾きましたわ」
わたくしは、成果物をたくさん持ち帰れるようにと持参した、大きめの背負い袋を漁ります。お水と……あと簡単な食糧を――。
「……あら? まあ、わたくしとしたことが」
袋の中にはわたくしの精霊具の一つ、言霊返しが。どうやら探索に気持ちが逸り、つけ忘れていたようです。
それをひょいと拾い上げ、首に掛けます。
探索に夢中になっている間に連絡が来ていないと良いのですけれど。
それからわたくしは早々に簡単な食事と水分補給を済ませると、再び瓦礫の山へと向き合います。
「さぁて。続き、頑張りますわよ〜っ」
「――アスカッ! 頼む応答してくれ……!――」
その時でした。瓦礫へ歩み出そうとした時、首に掛けた言霊返しから馴染みの声が。
しかしその声には、彼女らしくない焦りや切羽詰まったような色が含まれていたのです。
「ど、どうしたのです? チギ――」
「――アスカッ! 無事だったか! ――」
チギリはわたくしの声を遮ると、声色に安堵を含む声で話しかけてくるのです。
彼女の方から風を切るような音も聞こえます。高速で移動しているのかしら。
「ええ……。わたくしはへっちゃらですわよ?」
「――今まで何故応答しなかったのだ! ……いいやそれはいい。アスカ! 至急そこから離れるのだ! その付近に敵が迫っている可能性があるッ! ――」
「なんですって……。しかし、まだメテオライトは――」
「――そんなもの捨て置けッ! その付近へと接近しているのは、魔族幹部の……――」
彼女の怒鳴り声と警告は、まるで糸が切れたように途中で途切れてしまいました。
「チギリ? もしもしチギリ! ……言霊返しが起動しない……どうして――」
「――先程から、一体何をお一人で喋っているのかしら?」




