Ep.437 Side.W 獣王
虎のおっちゃんは広場の中央へゆっくりと歩み出る。
さっきまで熱狂していた獣人たちの声が、自然と静まっていった。
誰もがその背を見ている。
傷だらけで、服も破けて、血だって流れてるのに……なんでだろう。
すごく、大きく見える。
わたしの隣でミリがごくりと喉を鳴らしたのが聞こえた。
おっちゃんは集まった獣人たちを金の隻眼でぐるりと見渡して、それから鼻を鳴らした。
「……チッ。ずいぶん減っちまいやがったなァ」
ぶっきらぼうなその一言に、何人かの獣人が肩をびくっとさせる。
おっちゃんは腕を組みながら吐き捨てるように続けた。
「で、どうだ。少しは気ィ済んだか?」
しん、と静まり返った広場。
おっちゃんは口の端を吊り上げた。
「力を示してェ。上に立ちてェ。気に食わねェヤツをぶっ飛ばしてェ。――ハッ、分かるぜェ。俺ら獣人だ。そういう生き物だからなァ」
ざわ……と、広場が小さく揺れた。
誰も反論しない。
だって、本当のことだから。
わたしだって少し分かる。
さっきみんなの戦いを見て、胸の奥がうずうずしてたから。
「だがなァ――」
おっちゃんの声が低くなる。
「テメェら、誰に住処追われた?」
空気がぴたりと止まった。
「誰に家族泣かされた? 誰に仲間殺された? 誰に故郷ぶっ壊された?」
おっちゃんの声が、ひとつひとつ広場に叩きつけられる。
わたしは思わず、わたしのローブの裾を掴むミリの肩を抱いた。
おっちゃんの金の目が、獣人たちを睨み抜く。
「……隣にいる獣人か?」
「…………」
「違ェだろうが」
その一言が、胸の奥にずしんと落ちた。
「魔物だ。魔王だ。俺らから全部奪ったクソ共だろうが」
あちこちで、息を呑む音がした。
狼牙族の人たちも、兎人族の人たちも、猫耳族のみんなも……みんな黙って聞いてる。
「争いてェなら好きにしろ。力を示してェなら好きにしろ」
おっちゃんは拳を握り、バチッと紫電を走らせた。
「だが敵を間違えンな」
低く、鋭く、でもまっすぐな声だった。
「テメェらの牙も、爪も、拳も――向ける相手はそこじゃねェ」
おっちゃんが空を指差す。今もずっと空への立ち上る黒い光に向けられていた。
「全部奪ったヤツらに向けろ」
……ぞくっ、とした。
怖いとかじゃない。
胸の奥が熱くなる感じ。
「俺ァラムザッド・アーガイル。虎牙族族長。そして今日からァ――」
一拍。
おっちゃんはニヤリと獰猛に笑った。
「テメェら獣人どもの総族長だ」
――――どくん。
広場中の空気が脈打った気がした。
「不満があるなら今かかってこい。全員まとめてぶっ飛ばしてやる」
獣人たちのあちこちで笑いが漏れる。もう十分に総族長の力は思い知ったからだ。
「――だが従うってンなら話は別だ」
おっちゃんの目が、獣人たち全員を見渡した。
「俺が先頭に立つ」
「俺が魔物をぶっ潰すッ」
「俺がテメェらの居場所を取り戻すッ!」
声に、力があった。
誰よりも強く、誰よりも前に立つっていう、王様の声だった。
「だからァ……――着いてこい獣どもォ!!」
一瞬の静寂。
そして――。
「「「「「おおおおおおおおおおッッ!!!!」」」」」
地面が揺れるほどの雄叫びがラダラットを震わせた。
ミリがびくっとして、わたしの腕にしがみつく。
でもわたしは、目の前のおっちゃんから目が離せなかった。
……すごい。
ただ強いだけじゃない。
みんなの心まで動かしちゃうんだ。
これが――総族長。
「俺らはアンタに着いてくぜェ!」
「そうだ! 奪われたものを取り返すまでッ!」
「獣王ラムザッドッ!」
「獣王ッ!」
方々から獣人たちの声が上がり、それに呼応するように次々と上がる。
みんな口々に叫び、虎のおっちゃんを獣王と呼んだ。
「「「獣王、獣王、獣王……!」」」
「……ケッ。その呼び名は痒くなるぜ……たくよォ」
おっちゃんは頭をかいて苦笑いをするけど、まんざらでもないような顔だったのはきっと、気のせいじゃない。
「よォしお前らッ! 今から過去の遺恨は一旦忘れろ! まずは魔王をぶっ倒す事が先決なンだからなァ! ここにいる獣人全員が仲間だと胸に刻みやがれッ」
おっちゃんが言うと、さっきまで互いにいがみ合っていたサッズたち狼牙族と、レアおねーさんたち兎人族は互いに見合って、そして何かを飲み込むように頷きあっていた。
そんな光景を見ていた虎のおっちゃんは満足そうに頷く。
「よォし。今日からお前らは、黎明軍の獣人隊……いいや『獣王隊』だ!」
「「「うぉおおおおッ!!!」」」
再び獣人たちの声が高まった。
「そして、そんな獣王隊の最初の仕事だ。……お前らッ! ラダラットの住人に迷惑掛けた詫びに、復興を手伝うぞ! オラッ動ける奴ァ働けッ」
「――おお――お!? ……お、おおおお!」
おっちゃんが号令を掛けると、獣人は一瞬面食らっていたけど一斉に動き始めた。
そしておっちゃんはそれを見届けると、わたしの方にゆっくりと歩いてくる。
ミリの毛が逆だってる。しょーがない。
「……ひとまずこれで獣人は纏まったな。俺は暫くラダラットに留まる。チギリへの報告は任せたぞ、ウィニ」
「ん! 獣人は大丈夫、おっちゃんは残る。ししょぉに伝える」
「……本当に大丈夫かァ? ……まあ、それでいいかァ……」
「うふふ。なかなか素晴らしい演説でしたわよ? ラムザッド?」
不意に聞きなれた声に振り向くと、アスカ先生が口元に手を当てながらにこにこしていた。
「……おめーかよ。ここに居るってェ事は、ここにも転移の精霊具が?」
「ええ。これでここへの物資も人も動きますわ。わたくしも色々と準備をしているんですもの」
アスカ先生はふふっとふわりと笑うと、おとーさんたちに軽く手を振っている。会ったことあるみたい。
そしてアスカ先生はまたおっちゃんに向く。その表情から笑顔は消え、目を細めて言った。
「獣人を一纏めにした手腕、お見事。……ナタクならきっとそう称えたと思いますわ」
「……。あァ。アイツなら、きっと、な」
切なそうに微笑むアスカ先生の言葉に、一瞬おっちゃんの表情が暗くなるけれど、すぐにはにかんだ笑顔に変わった。
「ウィニも、お疲れさまでしたわ」
「ん!」
わたしが頷くと、先生は満足げに微笑んだ。
「それではわたくし、向かうべきところがありますので、これで失礼致しますわ」
「おい待て、一人でいくのかよ? 何処にだ?」
「転移の精霊具量産のために、古都シュミートブルクへ……」
……おっちゃんとアスカ先生のお話はまだ続くみたい。
わたしはもう少し家族と話してから、帝都に戻ろう。師匠もそのくらいなら許してくれるはず。ぜったい。
頭の中で、師匠が頷いて許してくれる姿を想像しながら、わたしは家族の輪へと戻っていくのだった。




