Ep.436 Side.W 絡み合う白と黒
周囲の声援が高まる中、おとーさんは地を蹴って飛び出した。
仲間と家族の声を背に受けて、大きな斧を下げて引きずるようにして相手へと迫っていく。
明らかな格上へと向かっていくおとーさんの表情は勇ましくて、でもどこか楽しそうだった。
そんなおとーさんの背がとても広くて大きくて、誇らしくて……。
わたしは今の立場を忘れて声援を送りそうになってしまった。
だけどそれをぐっと堪えて、飲み込んだ。
「――おおおおおおおッ!」
雄叫びを上げて、斧を振りかぶって突っ込むおとーさんに対して、虎のおっちゃんも腰を落とすと、右足を後ろに大きく引いた。
……あの技だ。熊のおじさんを倒したあの目にも留まらぬ紫色の閃光。あの技を放とうとしてる!
わたしがそう思った時にはもう虎のおっちゃんは動き出していた。
「むっ!?」
――ドッゴォンッ!
雷光と轟音が炸裂した。
ここまで届いてくる衝撃に目を細めながらその先を見ると、大斧を盾にして拳を受け止めるおとーさんと、拳を繰り出したままの虎のおっちゃんの姿があった。
その後すぐにおっちゃんの続けざまの左アッパーがおとーさんの斧の柄を打ち、おとーさんの手から離れた大きな斧が、宙を舞って地面へと突き刺さる。
「でやァッ!」
そこへ負けじとおとーさんの拳が、虎のおっちゃんの顔面を直撃!
「ぐッ――ガァァ!」
激しい音と共に仰け反ったおっちゃんも直ぐに反撃。おとーさんの脇腹を蹴る。
殴っては殴られてのやり合いになって、互いに一歩も下がらない肉弾戦に移っていく。
互いに守りを捨て、どちらが先に倒れるかの競い合いだ。
おかーさんは心配そうに見つめていて、妹のミリは弟のケルにしがみつき、ケルはそんなミリの視界を遮るように手で覆っていたけど、本人は戦いを目に焼き付けようとするように凝視している様子が見えた。
わたしの鼓動も早くなり、思わず呼吸を忘れて見つめていた。
――ドゴォッ! ガンッ! ズガッ!
「ぐほっ……まだ……まだァ!」
おとーさんの頬を紫電を纏った拳が打ち抜いても、おとーさんは怯まずに拳を振るい続けた。
「今のはマトモに入ったと思ったがなァ! へっ」
かなりのダメージを負ったはずなのに、おとーさんはそれを意思だけ立ち続け、本能で虎のおっちゃんを殴りつけていた!
それから鈍い音がこだまする激しい殴り合いを繰り広げていたけれど、ついに傷だらけの両者の動きに変化が表れ始めた。
――ゴッ!
お腹を殴られたおとーさんの足が一瞬ガクっと震え、体勢を崩したのが見えたのだ。
それでも反撃を警戒したのか、おっちゃんは油断することなく構え、様子を窺って相手の戦意を見極めていた。
「グ……おおおおォッ――」
おとーさんの右の拳がおっちゃんの顔に吸い込まれていく――。
――とんっ。
……その拳は、虎のおっちゃんの顔を軽く打つだけで止まった。
そしてそのまま、おとーさんはおっちゃんと交差するように地面に沈んでいった……。
「…………」
壮絶な殴り合いに、周囲がしんと静まり返っていた。
それはわたしも同じで、我に返ったわたしはハッとする。
「――ソバルトボロス・リィズ・カルコッタ、だ、脱落……」
わたしはそう告げる。
するとおかーさんが倒れているおとーさんのもとへ駆け寄って、回復魔術を掛け始めた。
そこへケルとミリもやってきて、おとーさんを囲むようにしゃがみ込む。
「……ソバルト、お疲れさま。かっこよかったわ」
ん。かっこよかった。おとーさんはやっぱり強くて誇り高い。
わたしも家族のところへ駆け寄りたい気持ちを我慢して、お役目をするために声を上げた。
「総族長は、虎牙族のラムザッド・アーガイル。ここのみんながそれを見た。異論のあるものは?」
しーんとしている広場。みんなが虎のおっちゃんを獣人の総族長だと認めたということ。あの狼牙族すらも。
わたしは獣人たちを見渡して、頷く。
「総族長は引き続きラムザッド・アーガイルに決定したことを、黎明軍が見届けた!」
「「「おおおおおーー!!」」」
その瞬間、歓声が上がった。
みんなから総族長への称賛の声が上がり、拍手と雄たけびがこだまする。
わたしは言われていた役目をやり終えて、ほっと肩を撫で下ろす。
そんなわたしに虎のおっちゃんがやってきて、声を掛けてきた。
「お前にしちゃァちゃんとやれたじゃねェか。よくやった。……まァちと芝居クサかったがなァ! ハハッ」
「むー」
わたしは口をへの字にして抗議の眼差しを投げ掛けたけど、次のおっちゃんの声は今まで聞いたこともないくらい優しさに溢れていたんだ。
「……オラ、早く行きてェんだろ? 行ってこい。こっちは後は俺の役目だ」
「っ! ――ん!」
わたしは虎のおっちゃんに頷くと、家族の元に走った!
家族のところへ行くと、おとーさんはおかーさんの膝枕で横たわりながら家族と話をしていた。
「おとーさん、おつかれ」
「おう、ウィニ。おとーさん負けちまったな。ウィニも、かっこよかったぞ!」
「……ん」
なんだか少し鼻の先っちょがむず痒い。
でも、おとーさんの方がずっとずっとかっこよかった! と心の中で言っておく。
「でもお父さんかっこよかったよ! ね! ケルにぃ! ウィニねぇもそう思うでしょっ?」
「……うん。僕も、お父さんみたいになるんだ」
無邪気なミリの隣でケルは真剣な眼差しで頷いていた。本人の中で大切な気持ちが芽生えたような、そんな眼差しに思えた。
「……ん。すごかった」
わたしはミリに頷いてからおとーさんを見下ろして、そう短く呟く。
「ああ。あのラムザッド殿と本気で競えた。俺は満足だ!」
おとーさんは歯を見せながら微笑みかける。
……なんだか照れくさいけど、ちょっとはおとーさんを褒めてあげてもいい、よね。
「ウィニも大事なお仕事を任されていて、お母さんびっくりしちゃったわ。凄かったわぁ〜」
「ふ、ふつーの、こと」
そう言ってわたしは、さもなんでもないというふうに隣に腰を下ろした。
おかーさんは口に手を当てて笑ってた。わたしのしっぽを見てたから、きっとお見通しなんだろうな。
広場の空気もだんだん柔らかくなっていて、猫耳族のみんなが集まってくる。おじいちゃん族長やダルトおにーさんやみんなが集まり、おとーさんの健闘を称えてくれた。
そして程なくして……。
「――おう! そろそろ落ち着いたかお前らァ!」
みんなの注目を集めるように、虎のおっちゃんが声を張り上げる。
先に耳がぴくっと反応して、わたしはおっちゃんの方へ向く。
そこに居る黒虎からは、最後まで立っていた強者の風格が漂っていて、みんなもそれを感じ取り立ち上がっておっちゃんの次の言葉を待つのだった。




