Ep.435 Side.W 獣たちのコロシアム
最初におっちゃんに飛び掛かったのは、兎人族のレアおねーさんだった。
兎人族はすごく早くて、特にジャンプ力がすごいって聞いたことあったけど、本当に一瞬でおっちゃんのところまで跳んで行った。
「――せいっ」
レアおねーさんの杖から放たれた鋭い突きを、虎のおっちゃんが手甲で受け止めた――その直後。
おねーさんの杖の先から風の刃が飛び出した。
「……ほゥ」
「まだまだぁ〜☆ せいせいせいせぃッ!」
杖の連続突きを繰り出す度に風の刃は何度も飛び出て、虎のおっちゃんはそれを防ぎながら関心したように笑っている。なんだか楽しそう。
「面白ェ戦い方しやがンなァおい! ほんとに魔術師かァ?」
「遠くから撃つだけの魔術師とぉ、あたしを一緒にすんなっ……てぇ……のッ!」
腰を深く落として強烈な突きを放って見せたレアおねーさんが、杖から突風を一緒に放つと、これにはおっちゃんもすぐに離れた。
レアおねーさんはすかさずその隙に飛び出すけど――――。
「……ッ!?」
そこにいたはずの虎のおっちゃんは消えていて、レアおねーさんはそのまま勢い余ってつんのめってはきょろきょろとおっちゃんの姿を探している。
そしておねーさんに影がさし劈くような音がして、ハッとしながら見上げれば――その時にはもう虎のおっちゃんが空中で紫電を纏わせ、まさに落雷のように落ちて来てた!
「ちょ……!」
おねーさんが慌てて身を捩って避けると、虎のおっちゃんの着地した地面が大きく抉れて、紫色の稲妻が地面を走り、おねーさんを掠めた。
……広場をこんなにめちゃくちゃにしちゃっていいのかな。街の人がびっくりしてる。
あとでみんなでごめんなさいしなきゃ。
この街の偉い人っぽい人が遠くでむつかしい顔して見ていて、わたしの胸の中のウズウズがしゅんと縮むのを感じる。
そんなわたしにお構いなしにまた大きな音がして、視線は再び戦闘の行方へ。
今度は熊のおじさんが飛び掛かってきていて、おねーさんと交代みたいに虎のおっちゃんと対峙していた。
……と思えばおねーさんにも攻撃を繰り出している。虎のおっちゃん対おとーさんたちと言うより、近寄る者全てが敵といった様相だ。
おとーさんが斧を担いでそこに交ざり、近い者に襲いかかるとすぐに別の標的に向かっていく。
ベンダスのおじさんとレアおねーさんも同じように襲い掛かっていって、息つく暇もないような乱闘に獣人たちも息を呑んでいた。
四人みんなが互いの隙を探り合ってる……と言うより、戦いの中で相手がどれ程信じられるかを確かめあってるみたい。そんな気がした。
集まった獣人の人たちも、街の人間たちも、おっちゃんたちの戦いから目が離せないみたいで、広場がさながら闘技場のような雰囲気を漂わせていた。
「ゆくぞッ! ベンダス殿!」
「応。受けて立とうぞ、ソバルトボロス殿!」
――おとーさんが一番近くに居た熊のおじさんに一気に飛び出して行く!
そこに熊のおじさんがその大きな体ごと投げ出すような両足蹴りを突き出して迎え打つ!
「むッ――――」
咄嗟に斧を盾のように構えて防いだおとーさんが大きく吹っ飛んだ。
「チャーンス♪」
それを見ていたレアおねーさんが熊のおじさんが受け身を取る一瞬の隙を突いて熊のおじさんの頭上へと移動。そして地面まで叩き伏せるような風魔術を放った!
「ぐぬぅ……」
風の塊が直撃した熊のおじさんが呻き声と共に地面に叩きつけられた。
……だけでは終わらず、熊のおじさんはおねーさんの足を掴んでた……!
「……やっ……ば」
おねーさんが青ざめるのも束の間、すぐに熊のおじさんが起き上がって、おねーさんを振り回してぶん投げた!
その先には既に起き上がっていたおとーさんが。
「好機!」
「どいてどいてーーっ! ……なんてね!」
吹っ飛ばされてもそれすら利用して、おねーさんがおとーさんに向かって体に捻りを加えながら杖を回転させて振り抜いた!
おとーさんの斧とぶつかり合い、鈍い音が響き渡る。
熊のおじさんの方では、虎のおっちゃんと格闘戦を繰り広げていた。
腕を伸ばして体ごと振り回したり、掴みかかろうとして猛攻を仕掛けるベンダスおじさん。
対して両手を握って前に構えて……ふぁいてぃんぐぽーず? をして確実に攻撃をいなすおっちゃん。
同じ拳でもまったく違う戦い方なのに、そのどちらもが迫力があってすごい。
熊のおじさんは主に掴み掛かりをたくさん使う戦い方のようで、大きな手に掴まれたら抜け出せなさそうだ。
だけど、そんな大迫力の熊のおじさんでも、虎のおっちゃんには当たらない。
おじさんの一撃に対し、おっちゃんは紙一重で避けつつ二、三発の拳を巨体に穿っていく。
どごん、と鈍くて大きな音。おっちゃんの拳一撃一撃が重いのが分かる。
「ぐゥッ――どりゃぁあああァ!!」
ベンダスおじさんが苦しそうな表情をしながら両腕を広げて体ごと勢いよく回りだした!
まるで茶色い竜巻のような高速の回転で、虎のおっちゃんに突進していく!
地面を削り、石屑を巻き込みながらその竜巻がおっちゃんに迫っていった。
「――――」
でもおっちゃんは逃げない。
鋭い目つきでただ一点を見つめ、腰を深く落として、狙いを定めるかのように左手を開いて前に突き出し、紫電を迸らせた右手を腰のすぐ横まで引いて構えていた!
竜巻はもうすぐ目の前! その時おっちゃんの右手の雷がさらに暴れ、甲高い鳥のような音が響いた――。
――次の瞬間。消えた。
……違う。消えたんじゃない、貫いたんだ。
わたしの目から見えたのは、熊のおじさんを横に一閃する紫色の一筋の光。そして遠くに離れたところで右手を突き出した姿勢のおっちゃん。
……紫の光が細くなり糸になって消えた時、ベンダスおじさんの巨躯が声もなく崩れ落ちた。
それを見ていた人達も息をするのも忘れたように静かで、わたしの目もいつの間にか見開いていた。
でもわたしはハッとする。役目を思い出した。
……ベンダス・アルバダ、脱落。
そうだ。おとーさんの方は……?
「ふんっ! ぜいッ! だりゃァ!」
「くっ……けっこー堅いじゃん……それにタフだし……」
虎のおっちゃんたちから離れた場所にふたりはいた。こっちも正面からの攻撃の応酬を繰り広げている。
でも一見拮抗しているようにみえるけど、レアおねーさんが押され始めていた。
正面からではおとーさんに分があり、おねーさんの表情は苦しそう。
「なら……これはどう!?」
そう言うとおねーさんは後ろに大きく飛び退いて、素早い動きでおとーさんの周りを不規則な角度や方向で高速移動を繰り返して撹乱し始めた。
「む!」
おとーさんは目を閉じてじっとしている。だけど耳や鼻はピクピクと動き、時折顔を振ったりして何かを感じ取ろうとしていた。
まともにぶつかったらおとーさんの方が強い。だからレアおねーさんは、一瞬を狙ってるんだ。
辛うじて見えていた白い影はさらに速度を増し、風を切る音が辺りを満たした。
縦横無尽に動き回るレアおねーさん。止まることなく動き続け、時折り風の刃を飛ばしてくる。
それに反応出来ず、おとーさんの腕や頬には浅く傷が走る。
……それでもおとーさんは動かないで、目を閉じていた。
「――もらったぁ☆」
攻め時と見たおねーさんは、おとーさんの背中に回り込んで、その勢いのまま思い切り杖を振り被り――振り下ろそうとした瞬間だった。
「捉えたぞッ! むんっ」
「――えっ!? きゃぁぁッ!?」
目を見開いたおとーさんは振り向きもせずに柔軟な体をひねって回し蹴りで杖を打ち、しなやかな尾がおねーさんを捉えると、鞭みたいにしなって地面に叩きつけた!
ふふん。わたしたち猫耳族は体が柔らかいのだ。このくらい朝飯前。
……うそ。しっぽで人を掴んで投げるなんてできない。おとーさん、やっぱりすごい!
そんなおとーさんはおねーさんの首元に斧をピタリと添えて、そして言った。
「さすがは兎人族、脅威の足。高貴な匂いを辿らねば、結果は逆だったかもしれん」
「――っ。……はぁ〜、こーさんこーさん!」
負けを認めたレアおねーさんが、手を挙げて降参の姿勢を見せた。
レア・リップル、脱落。
「おめェが残ったかい」
ふたりの決着を見届けていた虎のおっちゃんがおとーさんに近づき、声を掛ける。
虎のおっちゃんとおとーさんの二人が向き合ったことで、戦いの熱は最高潮に達しようとしていた。
戦いに敗れた種族の獣人も、狼牙族すらも声援を上げていた。
わたしたち猫耳族のみんなも声を出しながら、期待に満ちた目を向ける。
「改めて名乗らせて頂こう! ――父ボロスグライド、母リィズレアの名を授かりしカルコッタに属す者! そして我が愛娘ウィニエッダの父ッ!! 我が名はソバルトボロス・リィズ・カルコッタ! いざ尋常に勝負ッ!」
……おとーさんずるい。わたしは名乗りを止められたのに。
そう心の中でぶーぶー言ってみたけれど、ホントは胸の中に生まれたぽかぽかを、ごまかすためだったのだった。




