Ep.431 Side.C 数多の戦を終えて
各地で勃発した都市襲撃から五日。
我は転移の精霊具で帝都リムデルタへと帰還していた。
グラド自治領とも共闘関係を取り付け、かの地にも転移の精霊具の設置を手配済みだ。
そして我は今、各地の防衛へと向かった者達からの報告書を精査していた。
我は書類に目を通すにつれ、眉間に寄った皺が深まるのを自覚する。
それらの内容は一様に芳しくないものだった。
各地の都市も魔王軍の襲撃に晒され、多くの被害を出していたのである。
各地で勃発した大規模襲撃。その全てを防衛する事叶わず、我自身そうなる事は想定していたが……。
「……由々しき事態ですわね……」
アスカの悲痛そうな呟きが耳に届く。
「……ああ。東方部族連合、サリア神聖王国にファーザニア共和国、そしてリムデルタ帝国。各地での被害は甚大だ」
我はアスカの言に同意の意を返し、アスカが纏めた戦後状況の書面に目を通す――。
――東方部族連合、防衛成功拠点一覧――
南部 花の都ボリージャ……被害中破。
中部 ヤマト……辛勝。
北部 ラダラット港……壊滅的被害にて港の機能に支障。
――陥落一覧――
南部 ウーズ領エンデレーン検問所……検問所陥落により、ウーズ領とハプトラ領との街道の往来が困難。
中部 ハプトラ領シニスタ宿場町、周辺村落複数。
周辺位置の村落住人は、ホオズキ領ツクヨミへと避難移動済みの為人的被害は無し。
北部 多数の獣人部族の被害あり――
「北部の獣人達については、住処を失った方々が多いようですけれど、日常的な縄張り争いによる種族同士のしがらみを捨て置く時だと、今はラダラット港に集結中とのことですわ。ラムザッドが主導して既にそこに」
「ラムザッドが手を回していたのか。確かに、今は獣人同士で争っている場合ではなかろう。存続の危機に置かれては、な」
我は頷いてから報告書を机の上に置き、溜息をついた。
「……ちなみにウィニの故郷、カルコッタも襲撃を受けたようですわ。……住人は住処を捨てて移動を決意したようですわね……大丈夫、皆無事ですわ」
「……そうか。人さえ無事ならばいつか再起できる日が来るだろう……」
僥倖を齎したアスカの気遣いに我は感謝しつつそう答え、報告書に視線を戻した。
――サリア神聖王国 防衛成功拠点一覧――
中央 聖都マリスハイム……被害軽微。
南部 エルヴァイナ……被害軽微。
東部 シンギュリア港……街の被害は軽微。海上に展開した第五騎士団保有の艦隊、轟沈3。
――陥落一覧――
北部 学術都市ラトリア……第三騎士団による防衛虚しく壊滅。多くの学生が犠牲になった模様。
西部 多数の村落が被害――
「……王国騎士を育てる学術都市が襲撃を受けたか。……未来の反抗の芽を摘まんとする意思を感じる」
「若い命たちが……。これは魔王の采配……なのかしら」
アスカが神妙な面持ちで俯く。
魔王は姿こそ見せぬが、どうやら奥でふんぞり返っているわけではないようだ。
グラド自治領での魔族幹部邂逅の折り、ヤツ――ハーゲンティとの対話を通じて、我の中に魔王の行動に一つの仮説が浮上していたのだ。
……おそらく、魔王は常に眷属たる魔物を生み出し続け、その間部下が制圧した際は、その地に黒の楔を穿ち大地を殺す。
……これには我の希望的観測という要素が多分に含まれるが、おそらく黒の楔を生み出す行為には、さしもの魔王であろうとも力を大きく消耗するのではないか。
でなければハーゲンティが退いた理由が不明瞭となる。
……今少し再襲撃には猶予がある事を願おう。
そう思考に一区切りをつけ、我は再び書面に目を通す――
――リムデルタ帝国 防衛成功拠点一覧――
南部 鉄の都アドヘルム……被害軽微。
北西部 獣人集落ライオネル……集落半壊につき、獣人族の獅哮族の戦士団が帝都へ合流。
北部 エルフ集落ノインフォレス……辛勝。壊滅的被害だがその後連絡途絶える。集落全体を覆う結界を確認。
――陥落一覧――
なし。しかし亡者平原方面の最前戦線、やや後退の報有り――
「帝国は被害は比較的少ないようだが、獣人とエルフの集落を狙い討ちとは……」
「獅哮族の戦士団の力はかなりの戦力ですし、魔術に長けたエルフも、閉鎖的ながら魔族を敵とする種族ですわ。……やはり魔王は脅威の排除を狙ってきているように、思えてなりませんわね」
「ノインフォレスのエルフは連絡途絶か。……アスカ。かの地は君の生まれ故郷だろう? かの者達の安否は勿論だが、結界については何か心当たりはないか?」
我は報告書から視線を上げて尋ねた。
アスカは我の目を見てから、やや伏せがちに口を開いた。
「……わたくしの心はとうの昔に、帝国のエルフではなく、貴女と同じ東方の耳長人ですわ。あの場所に思い入れはなくてよ。……それはそうとあの結界……いいえ、あれはおそらく封印の類いですわ。……己を外界と途絶する為の」
我は静かに頷きながら彼女の答えに想いを馳せる。
エルフというのは気高く排他的で知られるが故に、異種族に救援を乞うという行為に抵抗があるものだ。
故にこれはエルフが己と情報を守るため、自らを隔離するために張った結界ではないだろうか?
「……まっ! 要するに引き篭もりですわっ! アテにはできなくてよ」
アスカは呆れ気味にそう吐き捨てた。
おっと。エルフの話題は藪蛇だったか。
我はアスカのその様子に肩を竦めてみせ、最後の一枚に目を配す――
――ファーザニア共和国 防衛成功拠点一覧――
中央部 首都シュタイア……被害軽微。
南西部 サレナグランツ港……被害中破。港の運用に支障なし。
南部 義の都メーティア……被害中破。防衛戦力低下につき援軍要請。
――陥落一覧――
西部 アルビノ城砦……帝国同様、魔族領との最前線が後退。
北部 グエルダーシュ備蓄拠点……多数の備蓄食料が焼失――
「極寒のファーザニアにおいて食料は命綱ですわッ! 魔王……なんてことを……!」
「首都を同時に攻撃し、その裏で備蓄拠点を焼いた……。まさかシュタイアへの攻撃が、陽動だった……というのか?」
「そ、そんな……! 存亡が掛かったあの戦いが陽動……だなんて……有り得ません。有り得てなるものですか……」
我の言葉にアスカは絶句する。
シュタイアの戦いに参陣していたアスカにとって、それは悪夢でしかないのだろう。
「そうとは断定はしていないよ。今は冷静になる時だ」
「……ええ、その通りですわね……取り乱しましたわ……」
アスカは深呼吸をして気を静めると、報告書を検める。
「今回、魔王の号令によって複数の都市が同時に襲撃を受けた。敵は首都や港、こちらの戦力となり得る集落、兵糧を的確に狙ってきているのは明らかだ」
「ええ。王国の学術都市ラトリアも、共和国のメーティアも、国の軍事力育成施設がありますわ」
我は首を縦に落とし、彼女の言に同意した。
「もはやこれを鑑みて疑いようがない。魔王は魔族を用いて、我々人類を擦り潰すつもりのようだ。まるで敢えて人類が苦しむ方法を選択しているかのようにな」
「……魔王の性格から言っても、ありえない話ではない気がしますわね……。これまでの悪辣さが物語っておりますわ」
「そうだ。魔王とは狡猾であり、残虐だ。……故に警戒せねばならない。魔王軍は一定の時間をかけて戦力を整えていると見たほうが良いだろう」
我はテーブルに敷かれた地図を睨みつけながら言の葉を紡いだ。
「あらゆる準備が必要ですわね。――そこで、提案がありますの、チギリ魔大将?」
「……どうしたんだ改まって」
アスカはふと目を細めると、その瞳に使命めいた意思を宿して我を見据えた。
「わたくしを、『古都シュミートブルク』へ行かせて頂きたいのですわ」
「……何?」
我は思わず顔を上げた。
古都シュミートブルク……。確か東方部族連合の大陸北東端に存在した、工房ひしめく発明都市と記憶している。300年程前に見舞われた大地震の折に地図から消えたのだ。
ツヴェルク族発祥の地とも言われている。
「わたくしが日夜、精霊具開発に注力しているのはご存知ですわよね? 実は精霊具誕生の礎は、古都シュミートブルクにありますのよ」
我は静かに頷く。
アスカの話によると、彼女はかつて調査の為、古都シュミートブルクを訪れたことがあり、埋もれた瓦礫の中からとある工房が奇跡的に残っていたことに気付いたらしい。
そこにあったのは様々な設計図と設計段階の物、試作品の数々だったというのだ。
「転移の精霊具。あれは更に数を揃える必要がありますわ。……ですがそれに用いる素材が、あまりに貴重ですのよ」
「……その素材が、かの古都にあると?」
アスカは神妙な面持ちをしながらも、力強く首肯した。
「転移の精霊具に必要な『メテオライト』。それこそあの場所で偶然見つけたものなのですわ。……だから、再度赴いてメテオライトを見つけ出すのです! チギリ、行かせてくださいまし。これからの戦いにはどうしても必要ですわ!」
我はしばし瞑目し、思案する。
転移の精霊具があれば、援軍を送ることも、一瞬のうちに可能となる。もし量産が可能ならばこちらに大きく有利に働く事は想像に難く無い。
……賭けてみるか。
「……わかったよアスカ。だが、必ず護衛を着けるんだ――」
「――いいえ。迅速に向かいたいのです。空を征く旅路には足手まといになりますわ」
我はアスカの言葉に目を見開く。
「……駄目だ。ならば前言撤回だ。承認出来ない。単独でなど危険過ぎる」
「チギリ! わたくしの身よりもこの世界全体を考えなさいッ! またいつ敵が襲撃してくるか分からない今、もはや悠長にしている余裕はない……それは貴女も分かっているはずですわ」
アスカはバンとテーブルを叩いて立ち上がり、我を睨み据え、我は視線を交わす。
「……貴女がわたくしの身を案じて下さることは嬉しいのです。ですが――行かせてくださいまし。チギリ…………」
「…………」
……しばしの沈黙が流れた。
アスカの青い瞳は依然として揺るぎなく、その視線は真っ直ぐに我を捉えていたのだ。
「……はぁ。わかった、お手上げだよ、まったく」
我は降参の意を示して両手を上げてみせる。
「それでこそですわね♪ では、早速支度しなくては! 朗報をお待ちになっていて?」
アスカはニッコリ笑うと、パタパタと駆け出して行った。
「お、おいまだ話は――。……まったく。あの頑固者め」
我は愛用の帽子のつばを掴んで顔を隠しつつ深い溜め息をついたのだった……。




