Ep.430 Side.Sch 五つ巴
クサビがゼクスト氏のもとで封印剣を作成し始めて三日が経過していた。
その間私達赫灼のメンバーは、来たる魔王との再戦に備え、各々武具を見直し鍛錬に勤しんでいた。
……あの夜我らが勇者アズマが吐露した、魔王への恐怖は私達の誰もが抱く本音だった。
だが私達は自ら決断し、誓ったのだ。
再び魔王と相対し、封印を成すと。
そしてそれが叶ったならば、この胸中に今も渦巻く不始末の意識を払拭し、次代の平和をあの少年――いや、今はもう青年だな――の背に、信じて託していくことが出来る。
そうしてようやく、私達の心に落とした心残りは晴れるのだろう。
だからこそ今、その恐怖と再度向き合う覚悟の紐を結び直す為に、時間を充てているのだ。
私達はシュミートブルクから離れた平原でそれぞれの武器を手に向き合っていた。
皆その目には一切の甘さはない。普段は仲間と言えど、今に限ってはそうではない。本気の仕合に近い鍛錬であった。
こういう機会は久方振りだ。五つ巴の様相の緊迫感が神経を研ぎ澄ませる。
出し惜しみは失礼に当たるだろう。
私も相棒のフェンリルを喚び出す。すると背後で白銀の気配が地を這い、冷気が空気を震わせた。
その存在に頼もしく感じながら、私は剣と盾を構えた。
ウルが二振りの長剣を抜き放ち、獰猛な視線を巡らせている。デインは光刃を展開し、様子見の構えだ。
サリアは緊張した面持ちで杖を両手で握り締め、誰が先に動くのかを注意深く警戒しているようだ。
そしてアズマが解放の神剣を抜き、正眼に構えると、ウルの殺気混じりの視線に気付き、それに真っ向から受けた。
――動くか!
「まずはテメェだアズマ! 行くぞッ!」
「ああ。そう来ると思っていたよ。……来い! ウル!」
互いが足に強化魔術を巡らせ、弾けた。
瞬間、アズマとウルとの距離の、丁度中間の位置で既に両者は鍔迫り合い、交差する刃から火花が散る。
そしてすぐさまウルの左の剣が斜め右へと斬り上げ、即座に反応したアズマは身を翻し反転しつつ横薙ぎの斬撃を放って距離と取る。
しかしすかさずウルは踏み込んで剣を縦横に打ち込む。
それをアズマが受けて防ぎ切り、両者は互いに睨み合いながら口角を上げた。
……ふっ。熱くなる戦いを始めてくれるな。
私まで触発されてしまいそうだ。
戦意が十分に高まるのを感じながら、私は念話でフェンリルに命じる。
《フェンリル、サリアを狙え。私はデインだ!》
《承知した。聖女にはしばし凍り付いてもらおうぞ》
デインとサリアの事だ。その性格からしてこちらから攻めねばずっと様子見するだろう。だから無理矢理引きずり込むことにするのだ。
私の指示に応え、白銀狼はサリアに狙いを定め、一気に飛び出った。
同時に私は盲目の魔術師へと駆ける!
デインが自分に向かってくるのを魔力の流れで察知し、顔をこちらに向けてきた。
あくまで動かず迎撃の構えなのはデインらしい。
――まずは小手調べといくか。
私は盾を前に構えながら右、左とステップを繰り出しつつ接近し、一気に踏み込んで水平に斬り抜ける。
それをデインは身を半歩退いて難なく躱し、すぐさま光刃を振り下ろし追撃してきた。
ヴゥン! と独特の音を響かせながら振り下ろされる刃を盾で受け、パリィして反動の逆襲を見舞う。
彼の光刃を持つ手が大きく弾かれ仰け反ったが、その勢いのまま後方へ宙返りして着地し、光刃を回転させた後、構えた。
相変わらず光の軌跡が芸術的だな……。
上空ではフェンリルとサリアが縦横無尽に飛び回り、光と氷が交差し合う様相を呈していた。激しい撃ち合いを展開しているようだ。
「まったく。魔術師でその身のこなしは些か度が過ぎているぞ? デイン?」
「…………シェーデこそ……盾、脅威」
「お褒めに預かり光栄だよ。しかし、君にはさらなる脅威があるじゃないか?」
私の茶化し混じりの返答に、デインが僅かに笑ったように見えた。その直後だった。
「ッ!!」
私は咄嗟に飛び退いた。
その判断に狂いはなく、先程まで私が立っていた地点に雷撃が雨のように降り注いでいた。
やはりデインの真なる脅威はこの魔術だ。
予備動作もなく、ほとんどの魔術を無詠唱で仕掛けてくるのだから、敵からしたらたまったものではない。
私は間髪を入れずデインに向かって駆ける!
近接もこなす相手であっても、やはり接近した方が勝機もあるだろう――ッ!?
デインに肉薄する直前、左からの危険を感じ、無意識に盾をそちらに向けていた。
――ガィンッ!
「――横槍とはな! アズマ?」
盾越しに衝撃が伝わり、左を見ると解放の神剣が私を狙っていた。
優男の笑みが返って煽りにも見えるアズマが乱入し、私に斬りかかってきたのだ!
「正々堂々を好む君らしいが、これは決闘じゃないのさっ」
「そうだぜッ! 全員ぶっ倒した奴が勝ちなんだよ! ――ラァッ!」
「――――っ!」
アズマが飛び込んできたと同時に、デインの方にはウルが襲い掛かっていた!
そしてすぐ横にいるアズマにウルの剣が襲いかかり、アズマは即座に回避する。
もはや誰彼構わずか。……面白い!
私は跳躍してウルグラムを飛び越え、着地後すぐに振り向きながら盾を振り抜く。
「シールドレイジ!」
盾に魔力を込めて叩きつける打撃技。その衝撃をウルは――。
「はンッ!」
受け止めるのではなく、剣で逸らして流してきた。
……この男、力ばかりの脳筋かと思えば、力と技巧の武の申し子なのだ。
だが、受ける、流すは私の、ゼルシアラ盾剣術の基とするところ。
私はウルの剣から盾を一度離し、すぐにぶつけた。その瞬間にパリィを発動させる。
弾くタイミングをこちらが作れば良いというもの。受けるにも受け方というものがあるのさ。
ウルの体が大きく仰け反る。力のある者程、パリィの反動は大きく現れるのだ。
「チッ!」
そのまま追撃の薙ぎを――といきたかったが状況はその暇を許さない。
デインによる雷撃の魔術が、私とウルの間を狙い済まして一直線に飛来したからだ。
私とウルは別方向に体を投げ出し回避する。
地面を転がり体制を立て直し、すぐさま動いた。
既にアズマとデインが激しい剣戟を繰り広げ、ウルもそこへ駆けんと足を踏み込んでいる。
そして四人が一点に集まった。その時だ。
「フォトン・レインっ!」
「――っ!?」
突如頭上から眩い光が降り注いでくる。
サリアの広範囲魔術だ! 私は盾を前にしてその場に蹲る。
サリアに当てていたフェンリルの気配が先程消えたのは分かっていた。
フェンリルとて上位の精霊だ。だがそれでもサリアに倒されたという事だ……!
そしてようやく光の雨が止み、私は盾を下ろし顔を上げる。
デインは魔術障壁を展開させていたのか無傷。しかし消耗は激しかった様子が彼の上下する肩から見受けられる。
アズマは所々にダメージを受けたものの、紅き瞳に宿る戦意は健在だ。
ウルは離脱しようとしたのか、足に被弾の痕を残したまま私達より遠い距離に立っている。
……私は盾で大部分は防げたが、無傷とはいかないな。
かなりの魔力を割いてしまったか。
「オメーにしちゃ思い切りがいいじゃねぇか。サリア!」
「……ええ。これは、そういう仕合いなんだものっ」
飛翔の魔術で私達を見下ろしながら、サリアはそう言い放ち、地上に降りてくる。
見ればサリアも所々汚れていた。フェンリル相手にかなり消耗をしたのだろうな。
「「「「「…………」」」」」
我ら五人、互いに警戒しながら見合い、しばし沈黙が流れる。
マトモに戦えば、決定打を与えられず、痛手を受けず拮抗する相手ばかり。
それぞれが苛烈な戦場に身を置けども、その身を守ることが出来る、信に足る仲間達だ。
「――ふっ。くくく……あはははっ!」
そう思った途端、私の口から笑いが零れていた。
場違いにも、心の底から信頼出来る仲間という存在に、その出会いに、改めて感謝と喜びの想いが込み上げてきてしまったのだ。
デインやサリアがきょとんとし、アズマは少々驚き、ウルは訝しげに私を見る。
「――いや、なに。ここまで激しい立ち会いをしながらも誰も膝を着いていない。なんと頼もしい仲間達だ、と思ってね」
「……ふふ。なるほど」
アズマがふっと笑うと、張り詰めていた場の空気が柔らかくなる。
もはや戦う空気ではなく、皆はそれぞれの得物を下ろした。
「……けッ。シラケちまったぜ」
まあ、ウルは不満げだったがね。いつもの事さ。
「皆、ごめんなさいね? 今回復するから集まって頂戴っ?」
柔和な笑みをたたえながらサリアが手招きをする。
どうやら私のせいで、今日の鍛錬はお開きのようだ。まあ、特に悪いとは思っていないのだかね、ふふふ。
アズマとデインがサリアの所へ集まっていく。私は気怠げなウルの腕を掴んで皆の元へと向かうのだった。




