Ep.429 繋ぐ者
《祖の衆よ、集結せよ》
《エクリプスくん、な〜に〜?》
何もない漂白の空間で闇の祖精霊の声が木霊する。クサビの預かり知らぬところで、精霊の祖の意識が各々の色の光玉となって、次々と集まり出した。
《闇のキミが呼びつけるなんて珍しいねぇ。いつもならむしろあまり関わらないというのに!》
《茶化すな風よ。――闇よ、我には分かっているぞ。汝の杞憂を》
《えー? なになに〜? ボクわかんないよ〜っ!》
《……あ、あの作り方じゃ、ま、まだふかっ不完全だって……言いたいんでしょ……っ》
《……それは私も気付いているわ》
円を描くように集まった光の玉は、発言する度に点滅し、それが各々瞬き出す。
ここはクサビの知らない、祖精霊達の会合の場なのだ。
《分かっているなら、何故その事を主に伝えてやらないのだ?》
《伝えたところでどうこういうものではなかろう。杞憂を払拭するには、我が主の心の在り方次第なのだから》
《そうよ。むしろ私達が今、クサビに伝えてしまったら、逆に無理に意識してしまうかもしれないわ。根を詰めて考えた思想は、時には間違いを産む事もあるもの》
《つまりお姉さまは、あの男のその場での本質、本音でなきゃ意味が無いとお考えなのですね!? さすがお姉さまですぅぅ!》
《――光ちゃん。あの男ではなくて、クサビと呼びなさい。お仕置するわよ》
《ず、ずびばじぇぇんっ!》
《……こほん。えーっと……、じゃあ僕達は今は静観、ということで良いのかな?》
《……うむ。我が主に来たるその時は近い。我らは行く末を見守ろうぞ》
《私も異論はない》
《ええ。クサビなら大丈夫よ。私が信じているもの》
《おおおお姉さまがそういうなら、わたしもそれでっ!》
《よし! じゃあ僕らの方針はここに定められたね! はい解散!》
漂白の空間で、一つまた一つと光の玉が消えていき、最後に黄色の光だけが残った。
《……ねぇ〜、一体なんの話なの〜っ? ねぇ〜ってば〜》
祖精霊達への相談のあと、僕は工房に戻ってきた。
ゼクストさんは制作中の台座と向き合い、ぶつぶつ何か言いながら作業に没頭していた。
「戻りました、ゼクストさん」
「早かったな。どうじゃ、何か分かったのか?」
ゼクストさんは作業を止めることなく、僕の方にちらりと視線を向けて訊ねた。
そして僕の神妙な様子に気付いたのか、手を止めてこちらに身体ごと向き合った。
「……その前にゼクストさん。……実は、僕にはまだ言えてないことがあるんです」
「……なに?」
僕の告白にゼクストさんの眉間に皺が寄る。
湧き上がったばかりの熱い気持ちが冷えてしまいそうな程、背に冷たいものを感じながら、意を決して言葉を紡ぐ……。
「すみません。僕の事情は複雑で、本来全てをお話する訳にはいかないんです。でも、それでも僕は……」
「……」
ゼクストさんは厳しい表情を浮かべながらも黙って僕の話に耳を傾ける。
怒っているのではない。彼が真剣な時はいつもこの眼差しだった。
「ゼクストさんには全てを話したいんです。……でも、どうかこの話を、生涯誰にも言わないで欲しいのです」
「生涯、と来たか」
「…………はい」
視線が交差し、沈黙の時が過ぎる。
その間、僕の心臓の鼓動だけがやけにうるさかった。
ゼクストさんは聞くべきか迷っているのだろうか。
今までとんでもない事情で協力を頼んできたから、そんな僕がまたどんなことを言い出すのか、それは不利益にならないかと迷っているのだろうか……。
僕は、やはり告げるべきではなかったのだろうか――――。
長く感じられたその沈黙は、老いたツヴェルク族の男によって豪快に破られた。
「がっはっはっはッ! 生涯なぞ、この老い先短い儂にとっては些細なことじゃなぁ! よかろう。墓の下まで持っていくことを約束するぞ」
「…………っ!」
些事とばかりに笑い飛ばし、快諾してくれたゼクストさんに、僕は声を出すことが出来ずに驚嘆と感謝の息を吐く。
「お主の顔からして、何かを隠しておるのは気付いておったわ。言いたくても言えん何かを抱えておる、とな」
「……ゼクストさん……」
やっぱりお見通しだったんだな。サヤから、僕は昔からすぐに顔に出るって言われていたっけ。
ゼクストさんは作業を止めて鎚を置き、僕に体を向いて床にドカッと胡座をかく。
まっすぐに受け止めてくれるゼクストさんに僕も居住まいを正して正座し、胸の奥にずっと隠してきた言葉をようやく解き放った。
「まず、僕の本当の名前を名乗らせてください。……僕は、本当はクサビ・ヒモロギと言うんです」
「ヒモロギ……。あの勇者アズマの兄弟か何かか? その蒼き髪の色が同じじゃからもしやとは思っとったがの」
「いえ、子孫です」
「…………。よし、順を追って話せ」
ゼクストさんは一瞬ぽかーんとしたが、気を取り直したのか僕に話の続きを促した。
僕は長い時間を掛けて、ゼクストさんに全てを語った。
僕が500年後の世界の人間であること。
魔王を倒す為には解放の神剣の力を取り戻さねばならない事、そしてそれは僕の生まれた時代には既に存在していなかった事も。
勇者として世界を救うと誓い、失われた力を求めて過去に来て、アズマ達に協力を仰いだのだと。
そしてそれらの情報、自身の素性を歴史に残してはならない。もし歴史が歪んで、僕のいた世界が存在しなくなってしまう可能性があった。だから言えなかったのだと、僕は誠心誠意を伝えた。
「……なるほどな」
僕の話を聞き終えたゼクストさんは、顎髭を撫でつつ唸った後、深く頷いた。
「以前の儂ならば、お主の言葉を荒唐無稽の戯言と捨ておいたじゃろうな。しかし今は信じざるを得ん。その、この世界において、有り得ぬ二振り目となっておる神剣が何よりの証じゃからな」
ゼクストさんの言葉に、僕は剣に目をやる。翼を広げたような金細工の意匠の鍔がキラリと煌めいた。
「そうか。……お主の時代には、また混沌が蔓延っておるのだな。……途方も無い道程であったじゃろうに」
「……確かに何度も挫折しかけ、何度も命を落としそうになりながらここまで来ました。でも、仲間が……大切な仲間達が僕を支えてくれたから今ここに居るんです。僕はなんとしても仲間達や、助けてくれた人々、世界に生きる人達に生きていて欲しいんです!」
ゼクストさんの目が一瞬見開かれたような気がした。
しかし彼はすぐに目を閉じると、再び開いた時、僕を見つめてくれた。
「……ハクサ――いや、クサビよ。お主もまた、勇者なのじゃろうな」
「……っ」
今までに無いほどの温もりのある声とその言葉に胸が熱くなるのを感じた。そしてゼクストさんとの絆が一層に深まったような気がして嬉しく思う。
「最後に一つ聞かせい」
「……なんですか?」
改まった口調に、僕は思わず姿勢を正す。
「お主の時代には、儂の作った細工は残っておるのか?」
「……。……いいえ、僕の旅した中では、見かけていませんでした」
「……そうか――」
「――ですが」
僕はゼクストさんが言葉を紡ぐ前に付け加えた。
「僕の時代には、精霊具という不思議で便利な道具があるんです。魔力を通すと動いてくれる。……それは、ゼクストさんが創り上げたこの義手のような、同じ仕組みの物なんです」
「……」
ゼクストさんは無言で腕を組み、目を閉じて俯いてしまった。
「……そうか。儂のこの人生も、捨てたものではなかったのじゃな」
ゼクストさんのその声色からは、安堵と喜び、そして満足感があった。
そして徐ろに立ち上がり、彼はまた作業台と対話を始めたのだ。そのツヴェルク族の老人の背中は、とても広く頼もしかった。
「儂はやり遂げてみせるぞ。この腕にはお主の世界が掛かっておるのじゃからなッ! さあクサビよ! 手伝えいッ!」
「……はいっ!」
僕はいつの間にか目元に溜まった雫を拭い払い、ゼクストさんに応えるのだった。




