Ep.432 Side.W 懐かしい温もり
「……おい。……おい! …………おイッ! 白猫ォ!」
「……じゅるり――んぅ」
水を泳ぐおいしそうな魚達を眺めていると、突然首根っこを掴まれ、地面から足が浮いて、ぷらーん。
「オメエがしつこく着いてくるって言ったから連れてきたンだぞ! 何してやがるッ」
耳の近くで怒鳴られて、わたしの耳がきーんとする。
おっちゃん、もう少し静かに。
「おなかすいた。おっちゃんあのお魚たべよ」
「俺の話聞いてたかァ!? これからここに集まった獣人どもを纏めなきゃなンねぇンだ! ンな暇あるか!」
「ぶー」
わたしはぷぅっと頬を膨らませて抗議する。
虎のおっちゃんはわたしをぽいっと投げ、わたしは見事な身のこなしでくるりと周り、着地する。
「オラ、行くぞ。飯はあとにしろ」
「うー」
わたしは魚をチラ見して、耳が垂れるのを感じながらもおっちゃんの後ろをついていく。
「オメエの家族、来るンだろ。飯は家族と一緒に食え」
「! ん! そーする」
そして、おっちゃんの足はラダラットの港近くにある、広場にやってきた。
まだそこらじゅうに戦いのあとが残っていて、木の焼け焦げた匂いが鼻を突く。
さっきも、港にはすごく壊れた船が停まっていたり、半分沈んでダメになってしまっている船もいくつもあった。
きっとここでもみんな、ボリージャのわたしみたいに一生懸命がんばって守り抜いたんだと思う。
広場には復興に走る人達の他に、みんなボロボロで疲れきった顔のいろんな獣人族が集まっていて、わたしはドキドキしてしまった。
耳は後ろに向き、つい毛が僅かに逆立つ。
だって、普段他の獣人族が同じ場所で、争うことなく集まるなんて、考えられない事だから。
わたしたち猫耳族は、縄張りよりもカルコッタは家族! 家族が一番! っていうのが風習だから、守りの戦いはあっても他を攻めたりはしないけど。
でも血の気の多い他の獣人族は、いつも縄張り争いをしてケンカするから、大勢の獣人族を見ると無意識に警戒しちゃう。
でも今回は状況が全然違うのもわかってる。
みんな住む場所を追われて、生きるためにこのラダラットへ集まってきているんだ。
その声を発したのが、隣の虎――虎牙族の族長で、わたしの、一応先生のラムザッドのおっちゃんなのだ。
わたしがどうしてもおっちゃんに着いてきたかったのは、ここに猫耳族もやってくると聞いたから。わたしの家、カルコッタも魔物に襲われて、おとーさんやおかーさん、弟のケルや妹ミリの無事を確かめたかったから。
しばらくそこで待っていると、広場には続々といろんな獣人がやってきていた。
その中に、顔馴染みを見付けて、わたしはその人のところへ駆け出した。
……魔物の襲撃をなんとか凌いだけれど被害は少なくなくて、次は守れないと判断した族長が、おっちゃんの声に応えることをカルコッタのみんなで話し合って決めたんだって、先に着いた故郷の、ダルトゼマ・ミルト・カルコッタ――ダルトおにーさんに聞いた。
「大丈夫だ。ウィニの家族、みんな無事。ここで待とう」
「……ん!」
しばらくダルトおにーさんと、故郷の話や、これまでの話をしたりしてみんなが来るのを待つ。
虎のおっちゃんも腕を組み、一つになった金色の鋭い目付きで人の流れを見つめていた。
……なんか、怒ってる?
おっちゃんは見渡しているというより、集まっている獣人たちを威圧しているみたいにみえる。
「じー……」
あ、そっか。
そのおかげなんだ。騒ぎがすごく少ないのは。
他の獣人同士が出逢えばだいたいはケンカが始まるのが、わたしたち獣人の当たり前。
みんな疲れてるからというのもあるけど、虎のおっちゃんの眼光に黙らされているみたいだった。
そういえば、今の最強獣人族は虎牙族だった。その族長は虎のおっちゃん。
つまり獣人族最強は、虎のおっちゃんということ! それをみんな知ってるから、みんな恐れて大人しくしているのだ。
「これが、さいきょーの、風格……!」
「……あ?」
おっちゃんの頭の上にはてなが見えた気がする。どうやらおっちゃんは特に意識してない行動だったみたい。
この無意識な強者然とした振る舞いのおっちゃんをちょっと尊敬し直した。
「白猫。俺ァちっと街の長と話がある。お前はここにいろよ」
「ん!」
そう言って、虎のおっちゃんは街の奥の方へと歩いていった。
それからしばらく、ダルトおにーさんと猫耳族の到着を待っていた。すると……。
「あ……」
広場にやって来る一団に、わたしの耳はピンと立ち、尻尾は激しく揺れた。
その中には、一際目を引く白い毛並みの人影が……。
「あっ……あっあっ……!」
気がつけばわたしは走り出していた。
何故だか視界がぼやけてしまって、拭っても拭ってもすぐにまたぼやけて。
それでも頑張って見つめると、白い毛並みの少年におぶさる白い毛並みの女の子が、わたしに気がついて指をさすと、みんながわたしに顔を向け、驚く様子を見せる。
「ウィニねえだっ!! ウィニねええええっ!」
「お姉ちゃん!」
「ウィニッ!!」
妹のミリが、弟のケルが、そしておとーさんの声がわたしの胸を熱くさせる。
「ああ……ウィニ……っ!」
そしておかーさんが両腕を広げてわたしに笑いかけてくれていた。
その笑顔にわたしは、おかーさんに飛び込みたい衝動を、ぎゅっと胸の奥に押し込めた。
だって――ケルとミリが見ている。わたしは、おねーさんだから。
わたしはみんなの前で足を止めて、落ち着いた風を装っておかーさんをそっと抱きしめた。
「ウィニ……よく無事で……少し背が伸びたわね」
「みんなも、元気そうでよかった」
おかーさんの震える肩を優しく撫でると、おとーさんの大きな手がわたしの頭を優しく撫でてくれた。
わたしの足下にはミリがしがみついてきて、ケルは一歩引いたところで、どうしたらいいかわからないみたいにもじもじしてて、わたしは弟に手を伸ばす。
ぎゅっと手を握ると、ケルはおずおずと手を握り返してくれた。
……でもみんなの温かさで、弟や妹の手前堪えていたきもちが、壊れそうになった。
胸の熱さが顔の方まで上がってきて、声の震えが抑えきれなくなって――――。
「う……。んぅ……っ! う……うわぁぁっ…………ふええええん!」
わたしは声を上げて泣きじゃくった。
おねーさんなのに、子供みたいに泣きじゃくった。




