Ep.426 本音
「それで、用件はなんじゃ。どうせまたとんでもない依頼じゃろう」
ゼクストさんはぶっきらぼうにそう言う。
「……そうですね。……実は――」
僕はゼクストさんに本来の目的を明かし、その為にはどうしても魔王の封印を解く必要があり、そして再度封印する為に封印剣を製作してもらう必要があると、所々省いたり省略しながら話した。
だが話したのはあくまで辿ってきた道のりと、目指すべき目標だけ。僕が未来の人間であることや、クサビ・ヒモロギという本当の名は明かさなかった。明かしたくとも、だ。
僕は説明しながら、祖精霊から授かった各属性の色をした結晶を並べていく。
「……突拍子も無いことを言うじゃろうと思ったが、まさか魔王の封印を解く、じゃとはの……。儂の想像を越えとるわ」
ゼクストさんが深く息を吐いてそう言った後、テーブルの上に並べられた結晶を眺め、その内の一つ――火の結晶を手に取り、目を細めて眺める。
「……これは……石とも違う、知らん物質じゃ。しかしとてつもない力を感じるぞ。……これを触媒にと、精霊は言ったのか」
鋭い眼光で結晶を分析しようとするゼクストさんの言葉に、僕は半ば緊張しながらコクリと頷いた。
「……ふむ。面白い……実に面白い! よかろう! このゼクスト・レグニッツが己が技巧全てを以って生み出してやろうぞッ!」
ゼクストさんは火の結晶をテーブルに置くと、勢いよく立ち上がった。
「……ありがとうございます! よろしくお願いします!」
僕は立ち上がり深々と頭を下げて彼に感謝を述べた。
「これは儂にとってもまたとない挑戦となるじゃろう! 当然、またこき使われる覚悟はあるのじゃろうな? ハクサよ!」
ゼクストさんの言葉に、僕は胸が熱くなる。この義手を作り出すため、ゼクストさんと共に試行錯誤を繰り返したあのひと月の時間を思い出したからだ。
「はい……はいっ! またよろしくお願いしますっ!」
僕は力強く返事をして頷き、差し出された太腕に腕を交差させたのだった。
そしてゼクストさんは触媒を並べたテーブルに向き直り、ドカッと腰掛ける。その様子はどこか落ち着かない様子が見て取れ、染み付いた職人気質がそうさせるのか、彼の心が踊る気持ちが滲み出ていた。
「制作にはまた長くなるぞ。勇者や仲間にも伝えておけ。儂はこれから封印剣作成の構想を練る故、今日はお主が出来ることは何もない。せいぜい明日に備えて体を休めておくんじゃな」
「……わかりました。……ではまた明日お願いしますねっ! ゼクストさんっ!」
「邪魔じゃから早く帰ってしまえ。……また明日来い」
邪険な言動の中の優しさに僕は苦笑しながら頷くと、再び皆の元へ向かうのだった。
それから僕はアズマとサリアと合流し、封印剣の制作が始まること、またしばらくここに滞在になることを告げた。
ゼクストさんの工房からの帰り道を歩きながら、アズマとサリアは喜んでくれて、明日からの工房の手伝いを激励してくれて、僕も明日からの剣制作に意欲が増すばかりだった。
その夜のこと。
ガイン族長のご厚意で、僕達は族長館の客間を利用させてもらうことになった。
一人一部屋の高待遇だ。やはり当代勇者アズマの存在が大きいのだろう。
封印剣完成までどのくらい時間を要するか未知数だ。その間厄介になるのは少し気が引けるが、ここは甘えさせてもらおう。
一息着いた後、アズマが皆に招集を掛け、僕もアズマの部屋へやって来た。
既に皆着いていて、備え付けられた椅子にアズマが座り、ベッドにはサリアとシェーデが寛いでいて、デインはドア横の壁に寄り掛かり、ウルグラムは皆に背を向けるように窓際から外を眺めていた。ちなみにセイランは不在だ。
アズマの提案は、ここで一先ずシュミートブルク滞在の間の過ごし方について、皆と話し合いをしようとの事だった。
冒険者として旅していた時、僕もサヤ達とこんな会議したっけな。
皆無事で居るだろうか。向こうの世界は今、どうなっているのだろうか……。
そんな事を考えているとアズマが口を開いた。
「ゼクスト氏が協力してくれるようになった。クサビには明日から、また完成まで工房に通ってもらうことになるよ。……そこで、僕らの行動についてだけど――」
アズマは全員を見渡し、柔和な表情を真剣な面持ちへと変えつつ、言葉を紡ぐ……。
「封印剣が完成すれば、僕達はまたアイツ……魔王と戦う事になる」
その言葉に皆の雰囲気が変わったのがわかった。魔王と対峙した者にしか分からない緊張感が辺りを包み込む。
「あの時も多くの協力を得て、そして多くの犠牲を経て、僕らの中の誰かが死んでいてもおかしくない、まさに死闘だった。……今回はクサビも居るけれど、それでも皆が無事で魔王を再封印できるか分からない」
アズマは皆の顔をゆっくりと見回す。
無言で頷く者、俯く者、握り拳を作る者と、反応はそれぞれだったが、彼らの思いは統一されていたのだろう。
勇者パーティと呼ばれた彼らであっても、魔王との戦いがどれ程の恐怖であったのか。
人々の期待に応える為、希望を見せる為に、人には見せられない所でその恐怖に抗ってきたのだ。だからこそアズマはこの場で、あの恐怖に再び立ち向かう覚悟があるのかを問うているのだ。
この時この状況において部外者の僕には、アズマの眼差しにそんな思いを感じた。
「「「…………」」」
皆の表情は硬く、言葉も発さない。
「……ははっ。怖かったよな。あのどこまでも吸い込まれてしまいそうな闇。……今思い出しても足が震える」
アズマが自虐的な笑みを浮かべ、皆に向かって語り掛けた。勇者としてあるまじき言葉を包み隠さずに。
「……そうね。私の光も届かないのではと、何度心が折れそうになったか……」
サリアは静かに呟く。
「強がっても人は人だ。怖いものは、怖いのだな。……ああ、私もそうだった。……恐怖に体が氷のように固まったのを覚えている」
シェーデもそう述べると、皆が思い当たる節があるようで、僅かに身動ぎをする。
「……もう二度と無様は晒さねェ。死んでもだ」
ウルグラムは静かにそう宣言する。あのウルグラムでさえも、魔王の前では怯んだというのか。
「…………」
デインは黙ったまま、ただ俯いていた……。
盲目故に、目は布で隠しているから表情は窺い知れないが、その手は震え、その震える手を抑えようと片方の手で握り締めていた。
……世界を救った英雄達が、希望の勇者が……本当は怖かったんだ。逃げ出したいくらいに怖くて怖くて堪らなかったんだ。
皆、同じなんだ。
僕だってそうだ。
あの時、あの圧倒的な魔王の姿を前にして、逃げ出したいという本能的な欲求に駆られた。
だが、今の僕は魔王の誕生の理由を知ってしまった。そこに悲しみがあったのを知ってしまったんだ。
知ってしまった以上、僕は魔王を放っておけない。倒すのではなく、救いたいと思った。
その方法はまだ分からない。だけど今の僕なら、きっと魔王の底無しの恐怖の渦にも抗える。そう信じている。
きっと皆もそれぞれの強い想いで恐怖に抗っているのだから。今の僕にも引けない理由があるのだから。
「逃げてもいいんだ。無理に付き合う必要はない」
「「「……!」」」
「……でも」
「僕はクサビと行くよ」
アズマの言葉に皆は顔を上げる。
「皆は……どうだい? また僕と一緒にビビってくれるかい?」
アズマはいつもの爽やかな笑みを浮かべる。
皆の視線はアズマから逸れない。
「……ハッ。お前のチビった姿か? 面白ぇ。一緒に行って拝ませて貰うぜ」
ウルグラムはそう口角を上げながら言う。
「なら、持ち物にオムツを追加だな。ふふっ、任せておけ」
「うふふっ、そうね! 人数分揃えないとねっ」
シェーデがいつものように茶化し、サリアが乗って笑った。
「…………!」
デインは無言で頷く。彼の手の震えは既に止まっていた。
そしてアズマが僕の方を見た。
皆の視線が集まる。
「剣が完成したら、魔王に会いに行こう。そして君の世界を救うんだ!」
「……はい! どうか力を貸してくださいっ!」
僕の返答に、皆は笑顔で頷いていた……。
「……おっと、かなり話が逸れてしまったけど、この街での滞在中、僕らは――」
そしてアズマは皆の意見を交えてシュミートブルク滞在の計画を立てていくのだった。




