Ep.424 Side.C 杯を掲げて
「……そうか。老いぼれの役目を、若いモンにやらせてしまうとはの……」
魔族幹部ハーゲンティの襲撃から2日。
我は未だ砂漠の国グラド自治領に滞在し、戦いの後始末に助力を継続していた。
そしてあの戦いで辛うじて一命を取り留めたアル爺――宰相アルマイト・レンデが目を覚ましたとの知らせを受け、ジークらと共に病室を訪れた。
そして戦いの結果と、ミリィ・エメラルダのことを報告したのだ。
白賢は力なく俯き、目を覆う程に長い白い眉毛で表情は窺えないが、後悔の念を痛み程に滲ませていたのがその声音からも明らかだった。
「リトよ、儂を救ったのはお主じゃったのう。礼を言うぞ。お主はミリィと同期であったじゃろ。辛かろうて」
「……いえ。彼女とは親友の間柄でしたが、きっとグラドを守れて誇っていると思います」
黒い軍服を身にまとった長身の男、リト・ハルバロードが静かに答えた。
「流石にしぶといなアル爺! ……思ったより元気そうだ」
「若もよう生き延びなすったのう。はよ熱い風呂に浸かりたいわい。」
ジークが明るい口調で白賢に声を掛け、彼の容体を尋ね、アル爺もその軽口に応じているが、ジークの口調も顔つきもいつもの明るさはなかった。
それはアル爺も分かっているようで、すぐに表情を引き締めると再びジークへと向き直った。
「街の中の被害はさほど多くはありませんでしたから、すぐに大衆浴場にも行けるようになるでしょう。それよりも今は破壊された城壁の修繕を急がねば……」
あの戦いで反対側の門の防衛指揮を取っていたウォード・ローディルが、静かに報告してくれた。
「かっか。……ならばここでのんびりはしてられんのぉ」
「まだ無理はいかんよ、アル爺。一先ず対策は実施中だ。今は寝ているといい」
我はアル爺にそう言葉を贈る。
「お客人、今回の救援、誠に感謝致すぞい。お主が居なければ儂が横たわるのはこのふかふかベッドではなく、硬い地面か砂であったじゃろう」
「ああ。チギリ殿、共に戦ってくれて感謝する」
アル爺とジークは我に向かって頭を下げた。それにウォードやリトが続く。
「こちらこそ、我にとっても重要な戦いであったよ。今後も協力して魔族に対抗していけたなら幸いだ」
「ああ、もちろんだ! このジーク・ディルヴァインが宣言しよう。今後は黎明軍、ギルドと協力し、連動していくとな!」
ジークの宣言に皆大きく頷くのであった。
「了解した。……では我はそろそろ失礼させてもらうとするよ。連絡用の精霊具を置いていく故、今後は活用していこう。では」
「待ってくれ!」
我は皆に別れを告げようとしたところで、ジークに呼び止められた。
我も意表をつかれたのを隠し、振り向く。
「今夜、戦いに散った者達を悼む宴を催すつもりだ。是非参加してほしい。きっと、フィンドルも、ミリィも喜ぶ」
ジークは真剣な表情で頷く。
……やれやれ。そう言われては断る理由は見当たらないというものだ。
「……ああ。快諾しよう」
我はそう返事を返すと、部屋を後にしたのだった……。
その夜。
砂漠の国グラド自治領で、盛大な宴が開かれていた。
町人も兵士も関係なく、皆が集まり、死んだ者達を悼み、今を生きていることを喜びあったのだ。
恐怖から開放された民達は喜びに湧き、戦いを経た衛士達は広場の一角で静かに杯を重ねている。
所々空席が目立つ酒の席で彼らのささやかな談笑が聞こえる。そして時折り空に向けて杯を掲げてから口を付ける様は彼らなりの弔いの形なのかもしれない。
祝勝会と表するには不相応だが、追悼会ほどのその場の雰囲気とはまた違う。決して暗澹たるものではなく、それぞれが戦友との別れを噛み締め、乗り越えようと前向きな雰囲気であるように我には感じられた。
我は皆のそんな様子を眺めながら、ある人物を目に止める。
黒衣の軍服に身を包む長身の男が、杯を片手に一人静かに空を仰ぎ見ていた。
短い茶髪が夜の風に揺れた後ろ姿からは、悲哀にも似た哀愁を漂わせていたのだ。
そして彼は静かに独り言つのが聞こえた。
盗み聞きなど無粋であるが、この長い耳には嫌がおうにも聞こえてきてしまう。
「ミリィ……。貴女はこの国を心から愛していたのですね。……貴女の守りたかったこの国は、貴女の分まで私がこれからも守り抜いていきます。……だから、どうか安らかにお休みなさい……」
その男――リトはそう呟いて酒を飲み干すと、再び空を見上げていた。
これ以上は留まること自体が無粋だ。
そう思った我は踵を返しその場を離れた。
「お? うおーいお客人! こちらに来て儂らと飲まんかの?」
ふと耳に届いた声に、我は何気なくそちらを振り返った。
そこにはアル爺が杯を持ちながらこちらに向かって手を振っていたのだ。
まったく。つい先程まで床に伏せっていた姿とは似ても似つかないその元気さに、我は苦笑しながら足を向けた。
「もう動けるようで何よりだよ、アル爺」
「かっかっか! 熱い風呂に入れば元気百倍じゃて! ささ、一献」
アル爺が手に持った杯を我に渡してきたので、それを受け取り、適当な席に着く。
「まったく、うちの宰相はしぶといよな? ははっ」
「ええ。この調子ならば明日からの復旧作業にもしっかり協力してもらえますね」
ジークが我に片目を閉じながら微笑んで冗談めくと、それをウォードが便乗する。
「なっ! ……あーイテテテ急に腰が痛うなってきた気がするわい痛たたた……」
アル爺は慌てて腰をさすりながら顔を引き攣らせたが、すぐにその表情は笑顔に戻っている。
……そして僅かな静寂。
「此度は本当に助かった。チギリ殿の助けがなければ俺たちは皆砂に沈んでいた。感謝してもしきれないくらいだ」
ジークが真剣な表情で頭を下げると、隣に居たアル爺やウォードもまた深く頭を下げてきた。
「馳せ参じた甲斐があったものさ。これから共に足並み揃えて行ければと思っている」
我も彼ら三人に倣って軽く頭を下げる。
「もちろんだ。預かった精霊具もあることだしな。これからは連絡を密に取り合っていこうぜ!」
「ああ。魔族幹部がまた襲撃してくる可能性もある。連携して事にあたらねば」
ジークが力強く頷くと、他の二人も深く頷いたのだった。
「さて、と。じゃ、そろそろ行ってくるわ」
彼らと飲み交わしていると、頃合いとばかりにジークが席を立つ。そして広場の少し高くなった土台に上がり、広場を見回した。
それを見た衛士達や町民達が注目し始め、その場が一気に静まっていったのだ。
「皆! 先の厄災をよくぞ共に乗り越えてくれたッ! 我々は此度の戦いで多くの同志を喪った。その中には衛士と運命を共にしたサルカ達の事も忘れてはならない。彼らの犠牲があって今の俺達がこうして立ち、明日を迎えることができるんだ!」
ジークの言葉に皆真剣に耳を傾けている。中には目尻を濡らしている者も少なくなかった。
我の胸の内も熱くなるのを自覚する。
「大切な者を、家族を、友人を失った者もいるだろう。すぐには乗り越えられない者もいるだろう! だが今この場だけは彼らの為に笑みを空に届けようじゃないか!」
ジークはそう言い放った後、空に向けて大きく杯を掲げた。それに皆が一斉に続く。
「残された俺達には、これから困難な出来事が起こるかもしれない。だから手を取り、背中を支え足を踏み出して、困難を乗り越えようぜ! グラドの民達よ!」
ジークが拳を掲げると、皆が一斉に手を上げた!
「オオオオオォォォッ!!!」
皆の雄叫びが響き渡った。
「英雄達へ。乾杯!」
「「「英雄達へ!!」」」
我もその声に続き、皆に倣って杯を空けていった。
その後、戦没者の名が読み上げられ、冥福を祈られることとなった。
その中にはフィンドル・グレイクロウと、ミリィ・エメラルダの名もあった……。
その後、我は一人ひっそり宴席を離れて城壁を登り、広い砂漠を見渡した。酒で火照った体に冷たい風が心地よく、我は空を見上げて月を見ながら想いを馳せた。
時の因果すらも乗り越えて遥か過去へと旅立った我が弟子にして、今代の勇者、クサビ・ヒモロギへ向けて無事を祈るのだ。
「クサビよ。お前が帰還するまでは我らはなんとしても耐え抜いてみせよう。だから、どうか無事に戻れ。……クサビ…………」
我はただ月に向かって言葉を紡いだ。
明日からはまた帝都に戻り、各地の戦況を確認せねばならない。魔王の号令の影響は世界中に及んでいるのだから。
だが今は、せめてこの一夜くらいは休息も許されようというものだ……。
我はそう心に決めると、満月が輝く砂漠の夜の冷たい風に寒気を覚え、城壁を後にするのだった。




