Ep.423 Side.C 夜の砂漠に戻りし静寂
……その時だった。
背後から周囲に広がっていく魔力の波動をその身に受けたのだ。
この温かい独特な感覚。体中で悲鳴を上げた声が鳴りを潜めていく。
それは我だけでは無かった。ジークを始め、周囲で倒れているまだ息ある者に向けて等しく包み込んでいった。
ジークが、皆が立ち上がる。
我はこんな大層な全体回復魔術を行使した張本人に目を向けた。
砂の上に膝をつき、杖を胸に抱き、祈るようにして俯いている。
先程まで疲労困憊で荒かった彼女の呼吸は、不自然なほど落ち着いていた。
いや――違う。
落ち着いているのではない。
……削られているのだ。
ミリィは顔を上げ、立ち上がる。
その表情を見た我は、彼女の想いを悟った。
しかし我に彼女の行動を止めることは出来ない。
何故ならあの目は、既に『決めている』者の目だったからだ。
彼女はこちらへ一歩、一歩と近づいてくる。
そんな彼女の足元から淡い光が漏れ出していた。
「……ミリィ……?」
唖然としたジークが彼女に声を掛けたその時だ。
その光に照らされていた彼女は、ゆっくりとその口を開いたのだ。
「私は……この国を……この国の皆さんが大切なのです……。だから……――失わせはしません。この、命にかえてもっ!」
ミリィが杖を強く抱き締め、『それ』を発動させていく。
直後、彼女の体から凄まじい魔力が膨れ上がってきた!
「……く……っ!」
目を瞑り険しい表情の彼女はさらに魔力を増幅させていく。
――『それ』は魔術師にとっての禁術。
己の命を代償とし、莫大な魔力を引き出す咎められるべきもの。
しかし、今の我に彼女の献身を咎められるようものか。
たとえこの後彼女がどうなるか、知っていたとしても……。
「あああっ……!」
彼女が苦悶の声をあげても尚、彼女は魔力を収めない。
よせ。もう良いのだ。そなたが命を落とす必要は……ない。
口からその言葉を紡ぐことは出来なかった。
それは彼女の想いを、覚悟を否定するものに他ならないからだ。
……なればこそ、我は……ッ!
「……! …………っ!! ――ジークッ!! 最後の好機だ! 構えろッ!」
我は胸の内にある全てを投げ出すように叫び、振り返り討つべき敵に向き直った。
「……ああ。……ああッ!」
同じく胸に宿した想いを乗せた咆哮をあげながら、ジークもまた槍を握った。
「……ありがとう……ございます――」
その声はとても小さなもので、今にも消えそうな儚げなものだった。
だが、不思議と我の耳にはハッキリと届いていたのだ。
そしてその直後、彼女を中心にこの砂漠の大陸を覆わんがばかりの浄化の力の波動が放たれたのだ!
――――ギィィィ……!
「な……なんだと……くっ……!」
この波動は、神聖魔術の『結界』だった。
本来ならば邪悪なる存在を寄せ付けぬ為に張る結界だが、それが超巨大なものとなり、結界に呑まれた魔物どもは為す術なく悲鳴の残響だけ置いて消え去っていく。
ハーゲンティも例外ではなく、彼は苦痛を伴う呻き声をあげていたのだ!
「このままでは黒の楔が……ぐっ!」
流石の魔族幹部。消え去りはしないか。
――だが!
「やるなら今しかねぇッ! 行くぞ!」
「無論だッ!」
我とジークはほぼ同時に駆け出し、ハーゲンティに向かって突進した!
ジークは渾身の力で槍に炎を纏わせ、我は全力を込めたタービュランスブレードで、互いにハーゲンティへと邁進する!
――ズガンッ!
「ぐ……かはっ……!」
ハーゲンティは苦悶に顔を歪めながら、それでも片腕を薙ぎ、発生させた魔力で我らを吹き飛ばした。
我もジークも受け身を取りながらもダメージは大きかったが、すぐさま立ち上がろうとしたところ――。
「……くくく。ここまで抗うとは」
ハーゲンティが嗤いながら言った。
攻撃は確実に効いていた。だが、まだ奴は立っていたのだ。
「クッソォ……! これでも……ダメだって言うのか!」
ジークは槍を支えにしながらも膝を突き、悔しさで表情を歪めている。
「……いいや。認めるとも。今回は貴様らの勝利よ。魔王様よりお預かりした黒の楔。これを手放すわけにはいかんのでな、今宵は退くとしよう」
「……ッ! 逃がすものかッ!」
我はもう立ち上がる事すら叶わず、ハーゲンティが指を鳴らすと、どこからともなくコウモリのようなものの群れが舞い降りてきて、その体を受け止めてハーゲンティは空へ消えていったのだった……。
「……周囲に敵はない。終わった……か」
我は空を仰ぎ、大きく息を吐き出した。
「――ミリィ。ミリィ……! …………ミリィ」
ジークの声に、我ははっとし、振り向いた。
そこにはジークが膝を付き、ミリィを抱き起していた。
生き残った衛士達もとても勝利を喜べるような気分ではないのだろう。皆感情を押し殺したような表情で集まってくる。
ミリィの顔はとても安らかな表情をして、まるで眠っているようだった。命を代償として魔力を全て使い果たし、美しく艶やかだった緑色の髪も、色を失って雪のように白くなっていた。
「…………」
ジークが安らかに眠る彼女を抱き上げ、静かに告げた。
「皆、よく生き残ってくれた。……俺達は、ミリィに救われた。こいつは……グラドの英雄だ……っ」
ジークが絞り出すようにそう言った時、兵士達から嗚咽が漏れた。
「この戦に散った全ての者と、ミリィ・エメラルダ魔准尉に――――」
ジークの言葉にその場の者達は思い思いに祈りを捧げている。我もこの地に斃れた者達の旅路が、安らかなる事を祈った。
「……戻ろう。まだまだ油断はできねぇ。残された俺達には、やるべき事が山ほどある」
「「「ハッ……」」」
ジークの言葉に皆敬礼する。
……戦いは終わった。
この戦場に勝利者はなく、だが敗北者もなく。鬨の声もない、静かな夜が戻っただけであった。




