Ep.422 Side.C 死神の手に誘われ
――寒い。
それはここが夜の砂漠だから、だけではない。
体に力が入らない。
辺りは鼓膜が痛いくらいの激しい怒号と絶叫に包まれていて、もはや人のものなのか魔物のものなのかの判別もできない。
目眩がする中、懸命に前を見た。
たくさんの仲間達が、今まさに血を流している。
――助けなきゃ……!
そう杖を相手に向けて魔力をかき集める。それでも。
「……届かない……」
普段は問題なく届くはずの距離ですら、もう届かない。近づきたいのに足が重くて動かない……っ!
……そうしているうち、血を流した彼が動かなくなった。
私は自分の無力さ不甲斐なさにほぞを噛みながら、主――ジーク様に視線を移した。
勇敢に槍を振るう中、確実に傷を増やしながら敵の首魁の元へと突き進んでいく。
……離れるわけにはいかない。私も続かなければ……。もはや残った支援部隊は私だけ。皆さんの傷を癒せるのは、私だけなのだから……!
「皆さん……私達も前進しますよ……っ」
と私を護衛してくれている方々に声を掛け、奮起して足を動かした。
でも一歩踏み出した矢先に、砂にその足を取られて倒れ込んでしまった。
「エメラルダ魔准尉!」
「すみません……大丈夫……です」
護衛の兵達が慌てて駆け寄ってきて、私を起こしてくれたが、その時にはもう私は自分の限界を感じ取っていた。
その間にも命を落としていく馴染みの顔が、胸を締め付け悲しみを増幅させた。
これ以上誰にも死んで欲しくないのに……どうして私はこんなにも無力なのか。
もっと魔力があったなら……――――。
「あ……」
いや、まだ。
――――私にも、出来ることがあった。
「――捉えたぞ! ハーゲンティ!」
「ここまで来れたか。やるではないか」
多くの兵を失いながらも突き進んできた我らだったが、ついにハーゲンティの所まで辿り着いた。
ジークの矛先が魔族幹部を捉え、猛然と迫る。
我もまた、魔力を滾らせタービュランスブレードを向けてジークの別方向から攻め込んだ。
我らが肉薄する直前、ハーゲンティの腕が横一閃に空を斬った。
――ゾクリ。
「「――ッ!!」」
刹那、先も感じたように背筋が冷えた。
ジークも我も咄嗟に急停止し、飛び退いて距離を取った直後、先程まで我らの居た場所に赤黒い魔力の棘が砂から突き出てきたのだ。
まただ。瞬時に発動したのか、予め仕掛けられていたのかまでは分からぬが、これが直撃していれば間違いなく即死だっただろう。
既に技の間合いの距離であるにも関わらず、ハーゲンティの表情は未だ揺るがない。
「次はこちらから行くぞ?」
そして再び腕を薙ぐと同時に、ハーゲンティの周囲に赤黒い棘が一斉に浮かび上がった。
それらはこちらに駆けるが如く凄まじい速度で生え迫る!
「そら、そら」
続けて奴の腕が翻る度に新たな棘が迫り、我らはそれを避ける事に専念せざるを得なかった。
しかし我とジークは間一髪で回避出来ているが、共にここまで来たグラドの衛士達の誰かは棘の餌食となっていた。
ミリィの支援が届かないこの状況で、奴が腕を振る毎に誰かの命が確実に消えていく。これではいずれ魔物の群れに呑み込まれてしまう、かなりマズイ状況だ……。
我らの絶望を知り目に、ハーゲンティはその様子を見て口元を僅かに歪めていた。
「ウラァッ!」
その直後だ。ジークが雷光の如き速度でハーゲンティに接近し、槍を向けて突きを放った!
それは奴を貫く前に逸らされてしまったが、奴の腕を掠め、そしてジークは即座に離れ、間合いを取って穂先を向ける。
ハーゲンティの腕には確かにジークの槍によって出来た傷が刻まれている。
攻撃が効いている……! ならば直撃さえ出来れば……!
「ハァッ……ハァッ……」
ジークが槍を構えながら呼吸を荒く繰り返している。今の攻撃に魔力をかなり使ったのだろう。つまりそう何度も繰り出せる攻撃ではなかったという事だ。
生半可な攻撃では届くことすら許されず、同時に周囲の魔物への対処に力を消耗させられ、こちらには援護は来ない。
我々に残された手札があまりに少ないことを、我もジークも肌に感じていた。
「先程までの威勢はどうしたのだ? 随分攻め手に欠けているようだが」
ハーゲンティの挑発めいた言葉に、我とジークは目配せし合う。
互いにボロボロの有様だが、瞳の奥の闘志までは消えていない。
我らは小さく頷き、ハーゲンティを睨みつけた。
「……人間の底力を、舐めるなよ。……チギリィッ!」
「任せよ! ……アル爺よ、そなたが見せた光……模倣させてもらうよ……ッ」
ジークの気合に応じるように我は魔力を一気に練り上げた。
一度も試したことのない魔術を今、創造する。
そして想像する。白賢のアルマイトが見せたあの光を再現するのだ。
事象の起こりを、その力を自在に我が物とする、我自身を強く想像する。
そして我は短く言葉を紡いだ。
「聖なる光よ、雨と化し邪を貫き浄化せよ――『ディヴァインスコール』!」
我は杖を天に掲げ蓄積した魔力を解放し、魔術を発動すると、我の頭上に無数の光の玉が生み出された。
「ジーク!」
我は叫びながら杖を振り下ろした!
空から光が降り注ぎ、ハーゲンティや周囲の魔物に襲い掛かり、ジークが同時に突貫する。
余裕の表情を崩さなかったハーゲンティが、ここで初めて目を見開くのが分かった。
降り注いだ光は地面の砂に当たると弾け、辺りを眩しく照らしていく。白光に包まれた魔物達の悲鳴が戦場に響いた。
……どうだ。奴はどうなった。ジークの槍は届いたのか……?!
光の雨が止み、視界が晴れていく。
……だが、そこに佇んでいたのは――。
「…………なっ……!」
「……実に惜しかったな」
「ぐ……ぐぐぐ……ッ!」
奴は立っていた。開戦時からまったく変わらぬその場所に。
ジークの渾身の槍を片手で掴んで受け止めながら。所々に火傷のような傷を付けながらもまるで効いていない様子で。
「……ジークッ!」
そしてジークは、槍を突き出した体制のまま、地面から生えた赤黒い棘によって四肢を貫かれていたのだ……!
ハーゲンティはそのままジークの槍を持つ手を横に振り、ジークは吹き飛ばされて地面を転がる。
「がはっ……! ち、ちくしょう……ッ」
地面に落ちた槍を持つ手を握り締めるが、かなりの深手を負ってしまい立つ事など叶わない様子であった。
それどころか夥しい量の出血だ。このままでは彼が危険だ……!
くそっ!
我の魔術が……不十分だったのか!
魔族が苦手とするあの光を、完全に再現する事は出来ていなかったのか!
……我の苦悩など知らぬと言わんばかりに、生き残った魔物がじりじりと迫ってくる。
我はジークの前に立ち、杖を構え、左手に再度乱刃――タービュランスブレードを発動させて構えた。
――ここまでか。
最後の最後まで戦い抜いてくれたグラドの衛士達と共に、ここで散るのだ。




