Ep.421 Side.C 退路はなく、故に征く。
「全ては民の為ッ!」
「「「全ては民の為! ――うおおおおお!!」」」
ジークの叫びと共に、グラドの兵達の雄叫びが重なる。
ハーゲンティの前に立ち塞がる魔物の群れに対し、ジーク率いるグラドの兵達は果敢に応戦を開始したのだ。
ヤツとの距離は目と鼻の先。にも関わらずハーゲンティは依然として動く素振りを見せず、ただ戦の様子を冷徹に見つめているばかりだ。
ヤツは元々、自らは動かず駒を使い進める部類の指揮官なのか、それともヤツが魔王から預かったとされる黒の楔を維持する為なのか。
今すぐにでもヤツに向かいたいが、襲い来る魔物はいずれも高位の魔物ばかりで、ハーゲンティまでの道を阻む壁のように立ちはだかり非常に厄介だ。
「押し込めグラドの衛士達よ! 圧倒しろッ!」
「「「応ッ!!!」」」
ジークの叫びにグラドの衛士達が応じ、雄たけびを上げて激しく魔物との交戦に突入し、辺りは更に激しい闘争の様相を呈していた。
ジークの傍に仕える親衛隊の練度は高く、魔物に複数で対応して互いを守りながら主に続いている。さらにその後方からは、支援部隊としてただ一人残ったミリィが、絶えず周囲の兵士達への支援を続けている。
戦闘の最中、冷静に戦場の状況を見据えていた我は、この現状を前に、一人苦悶に顔を歪ませていた。
今は一気呵成に押し込んでいるように見える。しかしそれは一時的なものであり、その勢いに近く限界が来るだろう。
この部隊を支えているのは最前線に立って兵士達を鼓舞するジークと、後方から傷を癒し、防御障壁で守る魔術師ミリィの支援があるからだ。
特にミリィの行動が部隊に与える影響は非常に大きい。
もし今部隊の生命線とも言えるミリィが負傷、あるいは魔力が枯渇すれば、魔物と互角に戦えている兵士達は支援を失い途端に不利になる。なればこの部隊の瓦解は自明の理となろうよ。
故に時を掛けては居られないのだ。何としてもハーゲンティへと刃を突き立てねばならない。
それはジークも承知している。だからこそ自身の傍を追従させているのだ。部隊の守り手を守護出来る距離に置く為である。
「ッ――!」
我は魔物に向かって飛び、タービュランスブレードで近接戦を展開しつつハーゲンティの方へと少しずつ距離を詰めていく。
その間にも魔物は次々と押し寄せてくる。
ハイゴブリンの上位種である『オーガ』の群れが絶えず迫る。
「はぁ……はぁっ……大丈夫……今助けますから……っ!」
兵士を癒すミリィの顔色が良くない。二個小隊分あった支援部隊も、途中で倒れる者や魔力枯渇で離脱した者で、ついに彼女のみとなっていた為、ここに至るまでにもかなりの負担を強いてきている。
……だからこそそれは必然だったのだ。
その異変は、ほんの僅かな遅れとして現れた。
「――ッ!」
前線で膝を突いた兵士の傷口に、ミリィの回復魔術が届く。
だが、その光はいつもより弱く、そして一拍、遅かった。
だが治癒は間に合い、兵士は再び立ち上がり武器を握り直す。
それでも――
その様子に、我の胸の奥に嫌な感覚が引っかかった。
「――ぐあぁっ!」
別の方向で悲鳴が上がった。
大盾の兵がオーガの一撃を正面から受け止めきれず、吹き飛ばされる。
その身体が地面を転がるよりも早く、赤黒い影がその上に覆い被さり手に持つ鉄塊を振り上げていた――!
「――させるか!」
我は踏み込み、タービュランスブレードを振るう。
乱気流の刃が魔物の胴を削り、肉片を撒き散らした。
間一髪のところなんとか間に合ったか。
……だが。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
背後から聞こえた荒い呼吸に、我は一瞬だけ振り返った。
ミリィだ。
額には汗。肩は小刻みに上下し、艶やかだった緑髪の三つ編みは解けかけており、魔術を編む指先が僅かに震えている。
それでも彼女は休むことなく、次の兵へと光を届けていた。
誰が見ても分かるだろう……彼女の限界が近い。
その時だった。
前線の魔物達の動きが、明らかに変わった。
オーガの群れの中から、数体が意図的に進路を変え、我らの側面――いや、後方へと踏み込んできたのだ。
その進路の先には……。
「ミリィ!」
「チッ! 護衛兵! 術師を守れッ」
我が叫ぶのとほぼ同時にジークが叫び、彼女の前にジークの親衛隊数名が庇いに走った。
しかし、その直後叩きつけられた一撃で、それは大きく軋んだ。
「くっ……!」
ミリィの喉から、苦悶の声が漏れる。
護衛兵達の前に防御障壁を展開していたのだ。その障壁がオーガの一撃によって亀裂が走る。
「うおおおおお!」
「死ねぇッ!」
「うおりゃぁぁ!」
そこに衛士達が殺到しオーガ達を必死な形相で屠り、排除していく。
「はっ…………はっ…………っ」
ミリィの膝が砂に着く。今ので残り僅かな魔力をさらに削られてしまったのか。これ以上魔力を引き出そうものならば命を削らねばならない程、彼女は消耗してしまっている。
「ミリィを狙ってきやがったか……」
ジークが振り返り、歯噛みするのが見えた。
前に出れば陣が崩れる。だが、下がれば――
その逡巡の一瞬を、逃さぬ視線があった。
戦列の奥。
未だ動かぬまま、ハーゲンティがこちらを見ている。
赤い瞳が僅かに細められた。その口角は僅かに吊り上がっていた。
奴がミリィを狙わせたのだ。癒し手にオーガが届かずとも確実に消耗させる事が出来る、魔物を捨て駒にした策だ。
我らは何としても癒し手を守らんとする。そこを突いてきたのだ。
我らはこの選択をするしかなかったのだ。
……いや待て。
味方を動かされた。つまりそれは今、ジークに着いている者は少ない――――しまった!
更なる思惑に気付き、視線をミリィから前線のジークの方へ戻したその時だった。
「ぐあっ! ――クソォ!」
「首長!」
振り向いた時、ジークがオーガの左手からの拳を腹に受けている光景が双眸に飛び込んだ。
直後すぐさま槍の横薙ぎで払い、オーガの首を撥ねたが、口から血が垂れ、腹を抑えている。
ジークが負傷した……いや、させられたッ!
ジークが負傷したことにより、周囲の兵達が動揺し、士気が大きく下がり始める。
「狼狽えるな! 俺はまだ立っているぞッ」
だがジークはすぐに立ち直り、すぐさま士気崩壊に待ったをかけ、雄叫びを上げながら前進を再開する。
我は少しでも活路を拓くべく一瞬空に飛び上がり、魔力を練る。
「アイススパ――くっ!?」
上空からアイススパイク――巨大な氷塊――を撃たんとした我に赤黒き棘が飛来し、咄嗟に魔術を中断して回避に徹した。
回避行動を取りながら、棘が放たれた先を確認する。
それは魔族幹部の青白き手から伸びていた。奴は常に戦場を見張っている。もはや飛び回っての戦闘は封じられたと見ていいだろう。
我はジークの傍に降り立ち、共に敵陣へ斬り込んでいく。
既に状況は逼迫状態にある。
追い討ちとなるように、ミリィからの回復はもはやここまで届いていない。前線の兵士達は一人、また一人と負傷し始め、そして死者も増え始めた。
我は、やむなくという様子で口を開いた。
「……ジーク」
「……ああ。もはやこれまでだ。こうなれば死なば諸共……だな」
「ふっ……我らだけでも討って出て、相打ち狙いか」
「いや。アンタまで心中することはねぇさ。俺が辿り着くまでの援護を頼む」
決死の覚悟のジークに、我は首を振る。
「悪いがお断りだな。我も共に征く。ここで奴を討てるならば、この命など安いものだよ。……ふふ。なぁに、黎明軍にも我の代わりを務めてくれる者はいるよ」
迫るオーガを捌きながら、我はジークに言い放つ。
ジークは目を見開いたが、すぐに鼻を鳴らして槍を構えた。
「……そうか。ならもう止めねえぜ! 絶対にヤツの所まで行くぞ!」
「我々もお供致しますッ!」
ジークは覚悟を決めたのか笑みを浮かべると、我は口角を上げて頷いた。それに親衛隊の衛士達もまた覚悟を決めた目をしていた。
「「「うおおおおおおおーーーッ!」」」
我らは割れんばかりの雄叫びと共に、最後の攻勢に出たのだった……。




