彼の物語
長いようで短いダンスフロアでの時間を過ごして、俺は一息つくために会場のバルコニーへと出た。
喧噪の中心から離れると、体の火照りが冷めていく。身体的な疲労は大してなかったが、精神的な疲労があった。けれどそれは、決して嫌なものではない。
「あらモテ男さん、お疲れ様です」
揶揄うような調子の言葉に頭を上げると、そこには精霊騎士のララがいた。
「会場の華になった気分はどうですか?」
「揶揄うなよ……華だったのは俺じゃなくあいつらだろ」
見た目の良い彼女らのことだ。さぞ会場の注目を受けていたことだろう。そう思うと、彼女らと一緒に踊った疲労がまた押し寄せてくるような気がした。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。ところで、あの小さな方はパーティーには来ていないのですか?」
「小さな……ああ、ツルギか? あいつは……あんまこういうところ好きじゃないからな」
そういえばララたち精霊騎士は、ツルギと面識があるんだった。
しかも初対面でツルギが罵倒する形で、だ。
やばい、思い出したら気まずくなってきた。もしかして俺に文句を伝えるために話しかけてきたのか……?
「一言お礼を、と思っていたのですが、いらっしゃらないのなら仕方ないですか」
「……お礼?」
キョロキョロと辺りを見渡すララから出たのは意外な言葉だった。
お礼どころか嫌われても仕方ないと思っていたが。
「ええ。私たちは、彼女の言葉がなければ立ち上がれなかったでしょうから」
しみじみと呟く彼女は遠くを見て回想に耽っているようだった。
「私たち精霊騎士はほとんどが戦乱期の後の生まれです。帝国が共和国に変わった後、この国は戦争とは無縁でした。魔物の発生も落ち着いています。そのため、私たちは国を護る使命を持ちながら実戦経験の乏しい騎士でした」
ララは己の無力を嘆くように下唇を噛んだ。
なるほど、そういう事情だったのか。
それなら、たしかにツルギの檄に助られたというのも事実の一端なのかもしれない。
「なので、あの時の言葉の礼をと思ったのですが……」
俯くララを見ていると、ふいに頭の中で声がした。
『……くだらん。最終的に立ち上がったのは貴様ら自身。戦ったのも貴様らだ』
……そういうのは直接言えばいいのに。
しかしそれっきり黙ってしまったツルギは姿を現す気がないようだった。
仕方なく、俺は彼女の言葉を代弁するために口を開いた。
「あー、俺からあいつに伝えておくよ。まあ、あいつの性格的に素直にお礼の言葉は受け取らないと思うな。なんか、『お前らの頑張りの結果』だろ、みたいな? そういうひねくれた返答をする気がする」
「そうですか。……あの方の事をよく理解しているんですね」
「まあ、意外と分かりやすいっていうか……?」
そんな風に言葉を濁すと、ツルギに睨まれたような気がした。
まったく、そんな風に抗議するくらいなら自分で言葉を伝えればいいのに。
◆
パーティーの夜が明けてから、俺はこの国でやっておくべきことに注力していた。
「うーん……難しいな文章を書くって」
俺はペンを置いてガリガリと頭を掻いた。
「いやでも、上手い方なんじゃないか? 正直キョウがここまで書けるとは思わなかった」
後ろから見ていたヒビキはそんな風に俺を励ました。
テーブルに広がっているのは、書きかけの原稿用紙。そこに文字を刻んでいるのは紛れもなく俺自身だ。
亡霊騎士の話を、どうにか大図書館に残したい。
歴史に刻まれることすら許されなかった物語を、歴史の一部として残したい。
それは俺自身の願いだった。
共和国にとっては自国の汚点とも言える事実を残すメリットは何もない。
けれどララにこの話を相談すると、あっさりと承諾された。
「歴史の検証にはできるだけ多くの視点が必要です。勝者だけでなく、敗者、市民、商人。迫害した者と迫害された者。そういう複雑な視点を体験して、我々は歴史から教訓を得ることができるのですから」
そう語ったララは大図書館に話を通して、書籍の入庫を許可してくれた。
だから、後は俺がこの「亡霊騎士の物語」を書き終えるだけなのだ。
「だあー、分からん! 本当にこれでいいのかこれは!」
何度目かの弱音を吐いて、俺は背もたれにどかっと身を預けた。
「ボクはいいと思うけどな」
相談役として本を読んでくれたヒビキはそう言って原稿用紙を拾い上げた。
「察するに、キョウはこの物語を残そうって気張り過ぎなんじゃないか? ララさんも言っていただろ。歴史っていうものには多くの視点が必要なんだ。少なくともこの本は、キョウの視点から見た亡霊騎士の物語、になればいいんじゃないか」
そもそもキョウが書いた時点でそれはキョウの視点の物語だ。そう言ってヒビキはニコリと笑った。
その言葉は不思議なくらいに俺の中で納得できた。
心象風景内での記憶の共有は直接見ることや口伝えとは違った感覚だった。
脳に直接記憶を流し込まれるような、不思議な感覚。だから俺は余すことなくそれを残さなければと思った。
けれど、彼の記憶になった時点でそれはもう「彼の主観」になっていたのだ。
「……」
筆を執り、無言で書き上げる。そこからは自分でも驚くくらいに集中できて、やがて原稿は完成した。




