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ステップアップ

「──キョウさん。私とも、一曲踊ってくださりませんか?」


 煌びやかドレスを着こなしたソフィアは、そう言って紳士のように華麗に一礼した。そのアンバランスさは、驚くほどに今のソフィアに似合っていた。

 女性的な魅力を引き立てる装いに身を包んだソフィアはいつも以上に艶やかだ。引き締まったくびれ。ロングスカートからちらりと見える脚。

 顔を上げた彼女と目が合うと、心臓が大きく高鳴った。


「お、おう……」


 自分でもビックリするくらい声が震えていた。彼女の美貌に動揺しっぱなしだ。

 俺の情けない返答を聞いたソフィアは上品に微笑を浮かべると、俺の手を取った。


「私にお任せくださいな」


 次の音楽が始まるのと同時にソフィアが軽快なステップを踏み始める。

 音楽に合わせて動く足がリズムを作り、俺をその空間に巻き込んでいく。

 ああ、これが本当のダンスというものか。

 先ほどシュカの出鱈目ステップに付き合わされた俺は一瞬にして分からされた。

 生まれが貴族でありお姫様としての経験もあるソフィアはこういった経験も豊富なのだろう。

 素人の俺をリードして楽しませてくれる踊りだ。


「慣れてるんだな、ソフィア」


 彼女の足を踏まないように気をつけながら言う。すると彼女は、なぜか少し膨れてこちらを見た。


「たしかにこういったお勉強はしましたが、誰かと踊る機会は全然ありませんでしたよ?」


 急にステップのページが上がった。

 右へ左へと動くので、俺は転ばないように懸命にソフィアについていく。


「は、早いぞソフィア……転ぶ転ぶ!」

「騎士としてならともかく、一国の姫とは容易くダンスに誘うこともできない身分でしたから。キョウさんはラッキーでしたね」


 冗談めかして笑うソフィアがペースを落としてくれた。


「少しはドキドキしてくれましたか?」

「さっきから足踏まないかとか転ばないかとかドキドキしっぱなしだよ」

「そういうことを聞いているわけではないのですが……」


 ソフィアの動きが先ほどまでよりも丁寧になる。

 彼女の手に導かれて足を動かすと、自然と踊りが様になってきた。


 シュカと踊った時とは違う、余裕のある楽しさが出てきた。

 ステップの合間に上品に微笑みかけてくるソフィアの顔を見る余裕すらある。


 しかし改めて見ると彼女のダンスは絵画のように美しいものだった。

 出鱈目に動きまわるのではなく、リズムに合わせて動きにメリハリができている。


「お貴族様ってやつはすごいな。練習は大変だっただろ?」


 彼らの社交の一端を目にした気がして、俺はしみじみと呟いた。


「たしかに、準備は大変です。でも、好きなもののために頑張るのは楽しいですから」


 苦笑するソフィアが答えながらクルリと回った。

 そして、ポツリと呟く。


「特に今は、です」


 そうやって、しばらくの間俺たちはダンスフロアの真ん中で二人だけの時間を過ごしていた。



 ◆



 優雅に一礼をして、ニコリと笑ったソフィアが去っていく。

 すると彼女と入れ替わるようにして、別の影が現れた。


「キョ、キョウ……その」


 頬を赤くしたヒビキが、俺の前に佇んで何やらもじもじしている。

 彼女が身を揺らすと、耳元に煌めくイヤリングがゆらゆらと揺れた。


 ……あー、調子が狂うな。遠慮なく物を言ってくる彼女にしおらしい態度を取られると、調子が狂う。


「だー! 流れ的にお前も踊るんだろ? ほら!」


 無理やり手を掴んで、彼女の体を引き寄せる。予想外な軽さだった。

 男の頃と同じような腕の引き方をしたからだろう。どうやら力加減を誤ったらしい。

 手を引かれたヒビキは俺の胸元にスポッと収まった。


「っ~!!」


 既に赤かった彼女の頬がさらに赤くなる。潤んだ瞳が抗議の意志を籠めて俺を見上げる。

 しかし俺はそれどころではなかった。ハグのような姿勢にあるヒビキの体から伝わってくる柔らかい感触と体温。ヒビキのドレスは胸元から背中まで露出した派手なものだ。

 そのため、背中に回した手は素肌に触れている。ほっそりとした腕。予想以上に小さな肩。それとは対照的に存在感のある大きな胸。それらの感触で頭がいっぱいになる。


「わ、わー! 悪い悪い!」


 わざとらしいくらい大声を出してヒビキから離れようとする。

 けれど、彼女は握った手を離そうとはしてくれなかった。


「踊って、くれるんだろ?」


 今度は俺が赤面する番だった。

 頬を赤くしながら俺を見上げる彼女の顔は、いたいけな少女のようだった。

 潤んだ瞳と長い睫毛。鮮やかな紅の口紅。視線に籠る熱は、昔とはまったく違う。


 タイミング良く、新しい曲の演奏が始まった。

 手を繋いだ俺たちはぎこちない踊りを始めた。


「っ……」


 遠慮気味にステップをして手を引く。

 たまに視線がぶつかると、どちらともなく目を逸らす。

 そんな気まずい時間を過ごしていると、ふいにヒビキが口を開いた。


「二人とのダンス、楽しかったか?」

「え? ま、まあ……」


 急にそんなことを聞かれた意図が分からず、曖昧に答える。


「そうか。……やっぱり、ボクもノロノロしてられないな」


 何事か呟いたヒビキが俯き気味だった顔を上げた。

 視線が合う。その目の奥、何かの熱を灯した瞳から目が離せなくなる。

 そこから、彼女の動きからぎこちなさが消えた。


 想像していたよりも、ヒビキのダンスは上手かった。

 ダンスの経験なんて、俺と同じで体育の授業程度だろう。


 けれど彼女のステップは、不思議と目が離せなくなる何かがあった。

 多分、一生懸命だったからだ。ソフィアのように余裕ある態度ではない。

 荒くなった息遣いから、それが伝わってくる。


「……どうだ、少しは見惚れたか?」


 見上げてくる視線に、おずおずと頷く。

 すると彼女は満足げに笑った。


 彼女の顔が普段と違って見えるのは、多分化粧のせいだけじゃない。

 表情が、俺の知っているヒビキのものではなかった。

 細められた目はやや潤み、口元は緩やかな弧を描く。

 それはまるで、恋する乙女のような──


「い、いやいや!」


 自分に言い聞かせて、ヒビキの顔から目を外す。

 すると、彼女の豊満な胸に視線が吸い込まれる。

 露出の多いドレスは、膨らみの上部分が外に出ている。

 ステップを踏むたびにたわわが揺れて、存在感を主張する。


「キョウ、そんなにおっぱいが気になるのか?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべたヒビキが見上げてくる。俺は顔が赤くなったのを感じてそっぽを向いた。


「ち、違うし……全然興味とかないし」

「フッ……勝ったな」


 何の勝敗だよ。

 そんな風に揶揄われながら、俺はヒビキと一緒に二人だけの時間を過ごしていった。

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