積み重ねの結果
俺の本が完成した。そうなれば、いよいよ共和国の出立だ。
この国を気に入っていたヒビキとソフィアは残念そうだったが、あいにく俺とシュカはもう見るべきところを見て飽きてきたところなのだ。
それに、この旅の本分は魔王を倒すこと。亡霊騎士の一件が落ち着いた以上、また別の場所で情報を探るべきだろう。
亡霊騎士から回収した呪われた遺物、『憤怒の魔剣』は共和国内の国立博物館に寄贈されることになった。
最初は俺たちの手元にあったが、こちらから共和国へと譲った形だ。
人を破滅させるような危険な魔剣は一本持っていれば十分すぎる。
それに、憤怒の魔剣をどうするか話し合いになった時に現れたツルギが露骨に不機嫌だった。
「フン……あるじどの。まさか、妾というものがありながら他の魔剣にうつつを抜かすというのか? しかしなあ、あるじどの。昔は一緒だったからよく知っておるが、『憤怒』は感情的ですぐに癇癪を起す面倒な奴じゃ。付き合うには気難しいと思うぞ」
付き合いづらいのはお前もだろ。感情的で癇癪を起すのも。
そもそも、七罪の魔剣なんてものが付き合いやすい性格をしているわけもないか。
「ム、何か失礼な言説の気配が……まあよい。あるじどの、移り気はダメじゃからな!」
どうやら、ツルギは思っていたよりずっと面倒くさい性格をしているらしかった。
◆
出立の準備は概ね整った。荷物を纏めて、食料品を買い込み、休息を取った。
他に済んでいないものと言えば……俺の気持ちの整理、だろうか。
「結局、亡霊騎士のやることは止めるのは正しかったのかな」
既に結論の出たはずの問いだが、本を書き起こしてから、改めて考える。
あの時の俺は彼が間違っていると思った。どんな事情があれ、戦いに罪のない人を巻き込むのは間違っている。改ざんされた歴史とか、そのリセットとか、そんな大義名分が人命よりも重くなるはずがない。
けれど、その結論を下した後で亡霊騎士の過去を垣間見た。
復讐者の凄惨な足取りを。時が経っても燃え続けていた憤怒の正体を。
「なんじゃあるじどの。まだそんなことを考えておったのか?」
ひょっこりと現れたツルギが俺の顔を見上げる。もはや彼女が急に姿を現すのにも慣れてしまった。
「妾が考えるに、人は正しいだの間違いだの、そういったものに囚われすぎじゃな。そんなものはその時生きている人間たちの判断でしかなく、変わらぬ正しさなどありはしない」
「……そうかもな」
俺よりも何百年も多く生きてきたであろうツルギの言葉は重みがある。
「だから、あの時、あの場所であるじどのが正しいと思ったことを為したのなら、正しいのじゃ。たとえ他者の願いを踏みにじろうと、冤罪を断行しようと、己の意志を貫くことこそが正しい」
「いや、そこまでは思わないけど……」
傲慢な結論に異を唱える。俺はあの騎士の意志を踏みにじりたかったわけではない。ただ、それしか選択肢がなかっただけだ。
俺の煮え切らない返答に対して、ツルギはこれ見よがしにため息をついた。
「なんじゃ、まだ躊躇っておるのか。あるじどのは生まれ持った傲慢を貫き通すだけで良い。妾はずっとそう伝え続けているはずじゃがのう」
「そんな単純な話じゃないだろ」
彼女の結論は極端すぎる。たしかに、その気質は俺と合致するのかもしれない。でも、その主張全てに同意できるわけじゃない。
良くも悪くも、彼女はサッパリしすぎだ。
こういう時は頼れる親友に聞いてみるのが吉か。そう思った俺は、ヒビキに話してみることにした。
「ふーん、なるほどな」
俺の考えていることを聞いたヒビキは眼鏡のツルを触る。
「キョウもそういうことで悩んだりするんだな。あんまりそういうこと気にしなかっただろ」
「まあな」
亡霊騎士の過去を覗き見るまでは、そこまで考えていなかった。しかしあの強烈な経験の後では色々なことが頭を巡っている。他人の記憶を直接見るなどという経験は初めて。
「そういうのに正解なんてないだろうけど……」
そう言ってヒビキはしばらく頭を掻きながら考えていた。なんとなく、伝えたい言葉はあるがそれをどう伝えるべきか迷っているように見えた。
彼女が結論を出すのを黙って待つ。
「……そうだな。ためしに、外の景色でも眺めてみろよ
ようやく口を開いたヒビキに窓を指さされたので、素直に従う。昼下がりの大通りには多くの人々が行き交い賑わっていた。
ヒビキもまた俺の後ろに立って同じ景色を見ているようだ。
「あそこで子どもたちがかけっこしているだろ」
「そうだな。笑ってる」
道の端を走り回る子どもたちは、楽しそうに追いかけっこをしていた。
俺も昔は、あんな風に一生懸命に遊んで沢山笑っていた気がする。
「あれが歴史の正しさの一つじゃないか、とボクは思うんだ」
「……どういう意味だ?」
ヒビキは目を細めてその景色に目をこらした。
「歴史っていうのはよりより未来のために、つまり子孫の為に積み重ねるものだろう? それなら、子どもが笑っている景色を作ることが1つの正しさじゃないか? ボクはそう考えた」
「子どもが笑っている景色……」
「認められない歴史を消すために亡霊騎士は大図書館まで侵攻しようとした。そうすれば、ここに住む子どもが危害を加えられたり、親や住処を失ったかもしれない。だから、それを止めるのは正しい。過去に何があったとしても、この現在を壊していい理由にはならない」
そう言って、彼女は俺の目をじっと見つめた。
「キョウも、あの時にそういう風に言っていたはずだ。その意志を貫き通せばいいさ」
「たしかに、そうかもな。……ありがとうヒビキ。お前に言われるとなんか納得できた気がする」
「そりゃよかったよ」
真っ直ぐにお礼を言うと、ヒビキは照れくさそうにそっぽを向いた。
そうやってやり残したことを全て消化して、俺たちはリブリア共和国を出立した。




