ALONE~nakajima~(3)
翌朝、深い眠りについていたはずの身体は、やかましい物音によって無理やり起こされてしまった。
物音の発生源を探ると、それは意外にもすぐ近くだった。そしてそれは、よく聞きなれた電子音――携帯の着信音だった。
この音はアラームでもメールの受信音でもない、電話の着信音だ。
こんな朝っぱらから、いったい誰が電話をかけてきたのかと、寝ぼけた頭で考えながら携帯を鷲づかみにし、受信ボタンを押した。
「もしもし」
朝一だということもあり、ガラガラ声で愛想のない口調で応答する。
「ああ、もしもし。中島君?」
が、その声を聞いた瞬間にハッとし、みるみる内に意識が覚醒していく。少し低めの穏やかな声で話すのは――この村の村長だった。
「は、はい。おはようございます」
「うん、おはよう。ごめんね、こんな朝早くから電話しちゃって」
そして、しだいに意識がはっきりして行くにつれ、今の状況に疑問がわくようになってきた。
――なんで村長さんがオレなんかに、こんな朝っぱらから電話をかけてくるんだ?それも携帯の方に……
「いえ。それより、どうされたんですか?村長さんから俺の方に電話をかけてくるなんて……」
「ああ、そうだね。驚かせちゃったよね、ごめんね」
村長は相変わらずの人のよさそうな声で謝った。
「それで、今日いきなり電話をかけさせてもたったのはね…………
中島君。きみ、昨日あの雨の中やぐらの補強をしてくれたよね?今朝みんなで状況を確認しに行ったら、誰かが補強してくれていたみたいで驚いていたんだ。それで中島君たちがやってくれたのかな、と思ったわけだよ」
村長はその長い説明を終え、一息ついた。電話をかけてきた理由は、若干予想どおりな面もあったが、わざわざそれだけのことで電話をかけてくる村長の人のよさには、感服させられた。
「はい。俺、いや俺達です。一応気休めくらいにはなるかなと思って……」
「そうかい、そうかい。ありがとうねえ」
村長は本当に心から感謝しているように“ありがとう”と言ってくれた。それがとても申し訳なく感じられて、また胸が痛かった。
「いえ、俺が勝手にやっただけのことですし、全然役に立ててなかったと思います。素人が適当にやっただけのことですし……」
そう言い終わった時、受話器越しにも村長が優しく笑ったのがわかった。
「大丈夫だよ。泰造君なんて絶賛していたよ。『良くできてた』って」
「あ、ありがとうございます……」
あの時、惰性で補強作業をしていたオレとしては、素直に喜べないし、逆に申し訳なく感じた。
……と、そこで会話に小さな間ができた。別にオレが返答に困ったわけじゃない、そう村長が何か言いづらそうにしているのだ。
「清水君、今回君には相当お世話になったし、君がどれだけ今回の夏祭りに入れ込んでいるかは知っているつもりだよ」
決心したのか、村長はようやく言葉を放った。遠慮して言葉を慎重に選びながら、と言った感じだが……
「はい……」
「あのね、非常に言いにくいんだけど、今回の夏祭りのやぐらの建設、難しいかもしれないんだ……実際にあそこは山のふもとだけあって足場が安定してないとか、いろいろと反対意見も多い。それでも、賛成意見も多かったから建設を始めたけれど、昨日の大雨でまた議論になってしまったんだ……」
村長は申し訳なさそうに、そこで言葉を切った。村長から告げられた事実は、正直なところショックが大きかったが、半ば昨日の段階で予測できたことで、諦めの感情もあった。
けれど、やっぱり今まで全力でやってきたことだし、そんな簡単にあきらめられるほど大人しい人間じゃなかった。
「それは……もう決定事項なんですか?やっぱりもう、作業は中止にしてしまうんですか?」
村長を困らせてしまうのはわかっていたが、そう聞かずにはいられなかった。
「いや、“議論になっている”というだけで、まだ決定事項ではないよ。そこで、この電話の本題なんだけどね――今日これから村の役場で今後についての会議を開こうと思っているんだ。
そこで中島君、君もどうかな……?」
願ってもない申し出だった。オレみたいな一学生が、そんな重要な会議に参加させてもらえるなんて、光栄なことだった。
「行きたいです……行かせてください!!」
村長は俺の返事を聞いて、軽く微笑んだあと「もちろん」と伝えた。
「会議の始まりは12時を予定しているから、それまでには役場まで来ておいてね。若い意見も聞いてみたいからね。楽しみにしてるよ」
「……はい!!」
「それじゃあね、待ってるよ」
「はい、失礼します」
そこで、電話は終わり、今日の予定が突然に決まった。
――せっかくこんな立派な機会をもらったんだ。しっかりやらないと……!!
だが、これからの会議に向けて燃えている自分のほかに、まだ自分自身の考えが固まっていないことへの不安を抱えている自分もいた……
――ふん、そんなの実際に行ってみてからだ。今からうじうじ考えていてもしょうがないさ。
そう無理やりに思考を押しとどめ、身支度を始める。
役場に着くと、もうほとんどの会議の出席者はそろっているみたいだった。周りは全員大人たちで少し委縮する。だが、そんな大人たちの中に見知った顔を見つけた。
「清水のおじさん、おばさん!!」
そういえば、すっかり忘れていたが、清水のお父さんは村役場の職員だった。お母さんの方はお父さんの付添いだろう。
「ん?おお、中島君じゃないか!!今日はよろしくね。村長から話は聞いてるよ」
「はい。ちょっと初めてのことなんでドキドキですけど、よろしくお願いしますね」
「あはは。そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。みんなもきっと気を使ってくれるし、自分の言いたいことができた時に、ちょっと言いたいことを言えばいいだけだし」
おじさんと話をしていると、奥でおばさんが申し訳なさそうにこっちを見ているのに気が付いた。
「ごめんね、中島君。中島君が今回の夏祭りに向けて本当に頑張ってるのはコウ君からも聞いてたし、私としてもみんなにはやぐらを完成させてほしいのだけど……」
「そんな、なんでおばさんが謝るんですか……それに、まだ作業が中止になるって決まったわけじゃないじゃないですか」
オレはなんとか励まそうとしたが、それでもおばさんの表情は晴れない。
「そうよね……夏祭りまでもう少しなんだから、最後まで頑張らなきゃねえ!!」
「おじさんもできるだけ協力するからな。とりあえず、今日は村のみんなと話し合ってみよう」
「はい、そうですね……!!」
ちょうど話に一区切りのついた時、奥の方から村長の集合を告げる声が聞こえる。
「おっと、ちょうど時間みたいだ。さ、行こうか」
「はい……」
――ああ、いよいよ始まるのか……オレは結局なにを話しに行くんだろうな。
通されたのは、村役場の一室。この建物の中で一番広い部屋、それがこれから会議を行う部屋だ。木を基調にした落ちついた雰囲気に、テーブルとイスが円を作るように設置されていて物々しい空気が漂っている。
もっとも、こういう大人の会議に慣れてない、オレだけが感じる空気かもしれないけど……
だが、会議が始まってみると、その空気予想よりも重たいものではなかった。
会議の出席者も顔見知りが多くて、比較的和やかに会は進行して行ったと思う。けど、さすがにオレみたいな子供が口を開けるほど明るくはなかったけど……
会議の主な争点は当然――安全性だ。
やぐらの上には人が乗るわけだから、絶対に崩れないという安全性が確保されていない限り、祭りで利用するわけにはいかないと言う。
――当たり前だ。いくら子供向けの背の低いやぐらとは言え、自分の子供がそれに乗って怪我でもされたら、保護者はたまったもんじゃないからな……
「で、どうなんだい、泰造くん?昨日の雷雨でのダメージはどのくらい?」
「若干の足場の緩みは見つかったが、それほど大きな損傷を見つけるには至っていない。確実に、とは言えないけど、普通に祭りでやぐらを使用する分には倒壊の危険はないと思うな」
「ふむ、では泰造君はやぐらの建設の継続に賛成の立場でいいのかな?」
「別にそれで決まりと言っているわけじゃない。あくまで客観的に現状を伝えたまでだ」
泰造おじさんと会議の進行役の人の話が続く。
――そういえば、泰造おじさんは今回の問題に対してどう考えているんだろう?おじさんは作業が始まる前からやる気だったし、作業が始まってからも嬉しそうだった。やっぱり、個人的には建設を続けたいって思ってんのかな?
「ふむ、では村長はどう思いますか?正確なリスクの判断も出来ていない状況で、結論を出すのは難しいとは思いますが……」
「ううむ。確かに、今回の議論は数字を見て判断できるような、簡単なものではないね……子供たちのご両親はなんて言っているんだい?」
「やはり否定的な意見が多いですね……ですが、全員が全員作業の継続に反対なのではなく、『せっかくここまで頑張ってきたのだから、最後までやらせてあげたい』という声も少なくはありません」
「ふむう……困ったねえ。難しい問題だが、もう夏祭りまでそう日数もない。そう悩んでもいられないんだよねえ……」
村長は進行係から詳しい話を聞いて、さらに眉間のしわを深くさせ悩みこんでしまった。あごに手を当てて、ときどき“ふーむ”とか“ううむ”と声を発しながら悩んでいる。
本当に難しい問題だ。数字やデータだけで判断できる問題じゃなくて、感情論も混ざってくる。こんな難問に村長はどんな答えを出すのだろうか?
……と、そこで誰かが言った。
「あの、すごく曖昧な記憶で申し訳ないんですけど、一昔前に同じようにやぐらを建てるって計画出てませんでしたっけ?もしそうなら、その時の資料とか役に立つかなって……」
その声は普段の活気のある会議の中だったら、他の人の声にかき消されていただろう。けど、今の行き詰った会議の中ではどんな些細な意見でも取り入れられた。
「そう言えば、そんなこともあったような……?」
「ああ、そんなこともあったかもな……」
「そんなことあったかしら?いや、でもあったような……」
きっかけは一人の人間の曖昧な発言からだった。
一つの言葉が周りの人々に疑問を投げかけ、その疑問がさらにその周囲の人に伝播していく。
まるで、静かな水面に水滴を一粒たらしたみたいな……本当に小さな水滴だったはずなのに、その波はどこまでも広がっていく。
あんな小さな確信のない言葉から、これだけまわりにざわめきが広がったのは、すごく不気味だった。“会議が行き詰ってたから”、なんて理由だけでは説明できないような気がする。
そして、誰一人として確かな記憶を持ってる人がいない。みんな曖昧だったり、覚えていなかったり……
――なんだよこれ、意味わかんねえ。思いだそうとしても全然思い出せない。それどころか、思いだそうとすればするほど頭痛が止まんねえ……
「と、とりあえずその資料があるか確認してみよう。私もちょっと記憶が曖昧でね……あるとしたら資料室だから、見てみよう。
会議は一時中断!!」
村長がざわめく室内を静めようとまとめる。けど、村長自身もこのよく分からない状況に困惑していうように見える。
村長とその周りにいた数人の人があわてて部屋を飛び出した。おそらく資料室に行き、この混乱の元凶を探しに行くのだろう。
はたして、この騒ぎの中心になった資料なんて本当にあるのか……?
――曖昧で不確かな記憶でしか、人々の頭に残っていないと言うのに。




