ALONE~nakajima~(2)
オレ達の住むこの村で一番大きな山、その中腹に夏祭りの開催場所がある。そして、そこには祭りの舞台としてやぐらが建てられていた。
――そう。そこに彼女はいた。
彼女はオレ達の存在を気にとめる訳でもなく、ただひたすら金づちをふるっている。そのひと振りひと振りに、どんな気持ちが込められているのか、とても想像するには難しかった。
けれどオレはそんな彼女の姿を見ても、声をかけにはいかない。
いや、行けなかった。オレは二人を見守るだけが役割だと、自分で勝手に決め付けて、面倒事から逃れようとしていたから……。
「――佐々原」
結局声をかけたのは清水。オレはただその光景をじっと黙ってみているだけだった。
『まるで成長できてないよ』いつか佐々原に言われた言葉、それが今になってオレの心を痛めつけた。あの時佐々原は、二人とも成長できていないと言ったが、本当にその言葉を受け取るべきは、オレ一人だったんじゃないだろうか?
清水は2年に上がってから、少しずつ前に進もうとして、浅井と言う友達を作った。村の作業にも積極的に参加して、やる気に満ちていた。
それに比べてオレはどうだ?
あたかも大人の様にふるまって、いろんな活動に参加してみたり、たしかにいろんなことをやってきた。
けれどどうだ?よく考えてみれば、オレは今まで何かに本気になったり、だれかと本気で交流したことなんてないじゃないか。
この小さな村の中で、こんなに小さい繋がりの中で生きてきた。清水を成長させようとするふりをしながら、自分が何か行動をすることを恐れていた。
――卑怯だな。本当に。全部あいつに押し付けて、オレはただ遠くからそれを傍観していた。そりゃ、成長できるわけねえよな……
「なに、やってんだよ……」
清水が佐々原に問いかける。けれど、佐々原はオレどころか、清水のことを見ようともしない。
「見りゃわかんでしょ?やぐらの補強をしてんのよ。このままじゃこれ、足場が緩んで崩れるわよ?」
「そんなにやわに出来てない。この程度で崩れるもんか……」
「じゃあなんでわざわざこんなところまで来たのよ?」
「それは……」
「なんとなく、来なきゃいけないって思ったから」
――同感。
オレは無心に腕を振り下ろし続ける佐々原を、そしてその彼女に懸命に立ち向かう清水を見て、ようやくいつまでもここでつっ立ているわけにはいかないと気づいた。
近くの倉庫まで行き、そこからありったけの工具を持って行った。絶対に使わないような用具もだ。
「おい。木材と金づち、持って来たぞ」
「ありがと……」
そう言って佐々原はそっけなくオレの手から道具をもぎ取った。
――はあ、なにやってんだよ。こんなに全身ずぶぬれになって、あれだけ建設に反対してたくせに……
何が佐々原をこんなにかりたたせるのか理解できない。それがどうしようもなく悔しくて、同時に自分のことすらわからない人間に理解できるはずもないと、あきらめにも似た感情が湧きあがっていた。
話の終わりを悟ると、清水も、オレから工具を受け取り補強に向かった。オレ一人立ち尽くすわけにもいかず、二人に合わせて補強作業をすることにした。
きっとオレはこの3人の中で一番無気力に杭を打っているだろう……
そんな無気力を感じながら、何分かの時間が過ぎた。
「あんたら、これでもまだ夏祭りの準備続けたいの?」
そんなある時、佐々原の声が広場に響いた。
「なんだって!?雨がうるさくて、そんな声じゃ聞こえないよ!!」
「こんなになってもまだ続けるのかって聞いてんの!!」
明らかに聞こえているだろう。それでも清水は聞き返した。あいつなりのちょっとした意地悪だろう……
それでも佐々原はめげずに、言い訳のしようもないほどの大きな声で答えた。
「なんで、なんで佐々原はわざわざここに来て、こんな補強作業なんてしてるんだよ……いっそ雨でこのやぐらが崩れちゃえば、作業も全部中止になって、俺たちが手伝うことなんてなくなるのに……!!」
清水もそれに負けじと声を張り上げ、自分の思いを吐き出した。きっと今の言葉は何のごまかしもない、心からの本音だろう。
だが、それがいけなかったのか、その清水の言葉で明らかに佐々原の目の色が変わった。清水の本音が、佐々原のずっと閉ざされていた本音を引き出そうとしていた。それがいいことなのか、悪い事なのかは今の俺には分からない。
「――バカじゃないの?なんのために私がこんなに手伝いをやめろって言ってきたかって?
もうあんな光景を見たくないからに決まってんでしょ!?
誰が好き好んでこのやぐらが崩れるのを黙って見てるかってのよ!!」
佐々原は叫んだ。きっと腹の奥から、心の底から思いをぶつけたに違いない。
それは、はたから見ればただの口論に、口げんかに見えたかもしれない。でも、これは二人の本音のぶつかり合いだ。数年のぶりの再開してからオレ達は、お互いに気を遣っている感はあった。そう、微妙なズレが確かにあった。
――いいなあ。二人は今、数年ぶりに、本当に再会できたんだ。
オレが今二人に向けている目は、明らかに羨望のまなざしだ。それぐらいなら自覚できた。オレは誰ひとりにも本音をぶつけられない。いや、それどころか自分の本音がなんなのかもわからない状況だ。
そして、次の瞬間。ひときわ大きな金属音が辺りに鳴り響いた。佐々原が思いっきり金づちを振りおろしたんだ。
間違いなくこの時の佐々原は苦しんでいるだろうし、悲しんでいるだろう。けれど、今までの何かを隠して我慢している様な、そんな何かに耐えている姿ではなかった。
「補強完了。それじゃ、私は帰るね、やるべきことはやったし……」
まるで、これ以上はもう語ることはないと言いたげに、佐々原は静かにこの場を後にしていった。オレも清水も、黙って見送ることしかできなかった。
――なに、やってんだろ……
この土砂降りの中、傘もささずにうつろに歩いていく佐々原の背中を見つめる。あいつはあの背中に何を抱えているのだろう?
――そうだ、まずはそこから探していこう。あいつのことを知って、そして自分が何をすればいいのかを考えればいい……
分かった。今オレが何をするべきなのか。
今まで本気じゃなかった。人と付き合うにも、何かに取り組むにも。
だからこそ、これからは佐々原と清水と本気でぶつかって、村の仕事にも全力で取り組んで――オレに足りてないものを手に入れよう。
釘を打ち終え、かがんでいた身体を持ち上げる。雨は少しは弱まっただろうか?空の暗さは相変わらずだが、さっきほど不快な感じはなくなっていた。
うつろな表情のままかがんでいる清水に目を向ける。すぐに立ち上がって後を追う様子もない。
――わるいな、清水。お前と本気で語り合うのは、もうちょっと後だ……
結局オレはそのまま清水の背中を見送り、佐々原の後を追うように一人、家に向かって歩き出した。
今すぐにこの冷え切った身体を温めたい。けれど、この冷めた身体に反して、心だけは強く燃え上がっていた。
それは、いつか以来の感覚…………




