ALONE~nakajima~(1)
金曜日、放課後、オレの家。
今日も清水はオレの部屋に来ていた。放課後暇をつぶしにオレの家に遊びに来るのはそう珍しいことじゃないし、今日清水がここにいるのもごく当たり前のことだ。だが、明らかにいつもと同じじゃない状況がある。
清水が気を失い、俺の部屋の中で寝ている。普段もそう多く会話する仲じゃないが、今日のこの静けさは明らかに異常だった。
――異常と言えば、もっと前からだ。今に始まったことじゃない。佐々原が来たころから。いや、夏祭りの準備を始めたころからだ。
なあ清水、おまえはどうして倒れたりなんてしたんだ……?
そんな問いを清水を運んで来てからずっと繰り返していた。けれど、答えなど出るはずなど無くて、ただ清水が目覚めるのを待つばかりの、どうしようもない状況に歯ぎしりしていた。
物音を立てる主のいない部屋には、ただひたすら外の雨の音ばかりが響いた。風が窓を揺らし、雨粒が壁を叩いた。
――うざってえ。雨音ってのはこんなに不快なものだったっけか?
降り続く雨の音は、訳もなくオレの心を不安にさせた。頭の中をずっと雨音が反響して、頭痛がする。いったい何分間こうしているのかもわからない。清水はいつまで眠り続けるのだろうか?
――いい加減、この空気をぶち壊してくれよ……
オレはひたすら耐えるばかりだった。清水を部屋に運び込んでから、時計の長い針が全体の四分の一を回り終えるまで、なにも出来ず清水の顔を覗き込んでいた。
「…………ん」
その長い長い静けさを断ち切ったのは、そんな言葉とも言えないような小さな息遣いだった。
清水が目を開き、目線だけをオレの方によこした。それだけでオレの不安はいっきに飛び去っていった。
「お。目、覚めたか?」
オレは今までの不安や沈黙を吹き飛ばす勢いで、その一言に喜びを詰め込んだ。だが、その声色に不安や苦しみは一切含ませない。
「今何時?何分くらい寝てた?」
清水は相変わらず、ぼうっとしたままそんなことを聞いてきた。
「んー。今は5時半ちょい。気を失ってたのは、ほんの15分くらいだよ。地面がぬかるんでたおかげで、全然頭に衝撃もなかったみたいだし」
正直、自分で答えて驚いた。清水が運ばれてきてから、まだ15分しか経っていないとは思わなかった。体感時間ではゆうに1時間は超えているもだと思っていた。
――それだけ清水が起きてこないのが怖かったわけか……
自分のメンタルの弱さに嫌気が差す。目立った外傷もなく、ただ木を失っているだけでこんなに取り乱した自分が恥ずかしい。
「あの後作業はどうなった?ま、当然続けられなかっただろうけど……」
今回の件で迷惑をかけたと思っているのだろう。申し訳なさそうに清水が聞いてくる。
「そうだな、実際あの後そのままの流れでお開きになったよ。清水が倒れたことは女の子たちが一生懸命伝えに来てくれて、俺や大人たちが出動。んで、そのまま俺がここまで運んできたってわけ」
そんな清水にあまり責任を感じさせないように、なんでもない様に事情を説明した。こういう演技だけは無駄にうまくなった。
「あ、あと。翔太君は泰造おじさんに家まで連れて行ってもらったから心配するな」
こういう思い出した様に付け足すのも、わざとだったりする。ただでさえ今、精神的にキツくなっている清水に変な気づかいはさせたくない。
「ああ。それならよかった……」
それでも清水の表情は相変わらずさえない。
――そりゃ、そうだ。表面にはあまり出さなかったけど、清水は今回の夏祭りに向けて大分気合入ってたからな……
「ダメだな、俺。なにもできてない」
そんな言葉を吐き捨てながら清水は立ち上がった。
「おい、もう立って平気なのかよ?」
あまりにも死んだみたいな顔をして立ち上がるものだから、思わず心配して駆け寄ってしまった。問題なく立ち上がってることから、身体はちゃんと動くみたいだが、そんなのどうでもよかった。
こんなつらそうな顔をしたやつが自由に立ち上がって言い訳がない。
けれど、そんなオレの考えもお構いなしに清水は部屋の中を自由に歩き回り始めた。向かった先は窓際。そこで立ち止り窓の外の様子をじっと見つめていた。
再び部屋が静かになり雨音がよく聞こえ始める。雨脚は弱まるどころか、さっきより強くなっているように感じるし、風もさらに勢いを増し雨を壁にたたきつけている。
雨音が聞こえるようになると、不快な感情がまた込み上げて来て、思わず耳をふさぎそうになってしまった。
けれどしばらくして、この不快感にも慣れてきたころ、ただこの雨音から逃げ出したいという感情ではない、もっと別の感情が湧きあがってきた気がした。
――なんだ?気持ちが、落ち着かない……?
その感情は、オレの頭の中にある言葉でたとえるのなら、焦燥感と言う言葉が一番ふさわしい様な気がした。ただこの部屋にこもってじっとしてるのが耐えられない。今すぐにでもこの部屋を飛び出して、駆け出したい気分だった。
――けど、そんな気分になってるのは、オレ一人じゃないよな?
「わるい、ちょっと俺出てくるわ」
清水は窓の外を見つめていた目をこちらに移し、そう宣言した。
「は?出るって、今この外にか……?ゆっくりしていけよ!!こんな大雨のなか出かけるなんて正気の沙汰じゃないぞ!?」
それでも、さえない表情の清水を大人しく外に行かせる気にもなれなかった。いくら夏といえども、この大雨の中外に出るんじゃ、風邪をひいてしまう。
――けれど。
「当たり前だろ。行かなきゃいけないって感じるから」
いつの間にか、清水の顔からは弱弱しい表情が消えていて、そんなオレの心の葛藤もきれいに消えてなくなってしまった。
「…………しゃーねえ。俺も付いてくよ。それでいいだろ?」
結局、そんな条件付きの妥協案を出してしまった。別にオレが付いて行こうとするのは、清水がただ心配だからというだけではない。本当はオレも清水とおんなじで今すぐこの場所を飛び出していきたいだけなんだ……
それをわかっているのかいないのか、どちらにせよ清水はオレが付いて行くのを拒もうとはしなかった。
そしてすぐに二人して身支度を整え、走るように玄関に向かっていった。清水の動きは速く、オレは遅れないように必死だった。
外は雨。
依然として雨は強く地面をたたき続けている。
オレ達の目指す場所は一つ。山の中腹をにらみつけ、その場所を目指して最初の一歩を踏み出した。




