第3章(5-2)
何分歩いたかも覚えてない。本来なら歩いて10分程度の距離だが、雨と言うこともあり、何十分も何時間も歩いた気分だ。
そこで、景色が開いた。
山の中腹、坂道を登り切り、いつもの作業場所に出る。そこには今までとは全く表情の違う景色があった。
辺りは真っ暗で、風でざわめく木々の音は鈍く、まるで来訪者である俺たちを威嚇しているようにさえ感じた。
体が震え、皮膚と言う皮膚が逆立つ。
こんな場所に俺たち以外にだれ一人いるはずがない。にも関わらず、俺たちの作っているやぐらの方からは小気味のいい、音が釘を打つ音が聞こえてくる。
その音に引き寄せられるように俺たちは、自然と歩みを続けていた。
「――佐々原」
音の元をたどった先、そこに一人の少女が手に持った金づちをひたすらふるっていた。
隣には役割を失った傘が転がっていて、その身体もその服も乾いているところのないくらいに濡れていた。
着替える間もなく来たのか制服のままの格好で、その長い髪の毛は全身に張り付いている。
「なに、やってんだよ……」
ようやくその彼女の隣まで辿り着き、声をかけた。
「見りゃわかんでしょ?やぐらの補強をしてんのよ。このままじゃこれ、足場が緩んで崩れるわよ?」
その彼女――佐々原はこちらの方を見ようともせずに答えを返す。
「そんなにヤワに出来てない。この程度で崩れるもんか……」
「じゃあなんでわざわざこんなところまで来たのよ?」
佐々原その手を止めようとしない。その目はただひたすら指先だけを見つめていた。
「それは……」
そこで返事に窮する。結局のところ、俺自身なんでここに来たのか分かっていなかった。けれど、ここに来なければなら言ってことだけは、わかっていた。
「なんとなく、来なきゃいけないって思ったから」
「そ。そんなことだろうと思ってたからいいけど……」
てっきり、この返答じゃバカにされると思っていたが、佐々原はそんなことをする素振りもなく、ただなんでもなさそうに聞き流した。
「おい。木材と金づち、持って来たぞ」
中島がありったけの補強道具を持って立っていた。
「ありがと……」
適当に御礼だけ言ってその道具を手に取る。そしてそのまま、佐々原との会話を打ち切って、やぐらの足場の補強に向かった。
中島はその様子を難しい顔をして見送っていた。そんな様子に少し心を痛めたが、今はそこまで気が回らなかった。
地面が雨で緩んだせいで、やぐらの足がぐらついていないかをひたすらチェックしていく。もし少しでもグラついたら手持ちの木材で補強する。
素人のやることだ。これで本当にこの豪雨に少しでも耐えられるように補強出来ているかはわからない。
けれど、この作業を行っている間は心が楽でいられた。
――雨はやむ気配を見せない。作業開始から数十分が経った今でも、初めのころと変わらない勢いで、俺たちに肩を、身体を濡らし続ける。
3人で黙々と作業を続け、少しづつ終わりが見え始めたころ、ずっと静かだったこの場所に一つの声が響いた。
「あんたら、これでもまだ夏祭りの準備続けたいの?」
雨の音の中、確かにその声は俺の元まで届いた。けれど、なんとなくここで大人しく返事をするのが癪だった。
「なんだって!?雨がうるさくて、そんな声じゃ聞こえないよ!!」
「こんなになってもまだ続けるのかって聞いてんの!!」
さらに大きな声になって佐々原は応える。ここで黙り込むような奴じゃないとわかっていたはずなのに、俺はわざわざもう一度言わせてしまった。
もう言い訳のしようもないぐらいに、その問いを突き付けられて返事を返せなくなる。
せっかくこうまでしてやぐらを守ろうとしているのだから、ここで手伝いをやめる理由なんてない。
そのはずなのに……
――と、こんなことを考えていたら、一つの疑問がわいてきた。
あれだけ佐々原は、俺たちがこのやぐらを造ることに反対していたはずなのに……
「なんで、なんで佐々原はわざわざここに来て、こんな補強作業なんてしてるんだよ……いっそ雨でこのやぐらが崩れちゃえば、作業も全部中止になって、俺たちが手伝うことなんてなくなるのに……!!」
――その瞬間。俺が抱いた疑問を吐き出したその瞬間。
明らかに、佐々原の目の色が変わった……
――いつもの吊りあがった目じりは、より高く。その目の光はより鋭く。この暗い世界の中でギラギラと輝いていた。
「――バカじゃないの?なんのために私がこんなに手伝いをやめろって言ってきたかって?
もうあんな光景を見たくないからに決まってんでしょ!?
誰が好き好んでこのやぐらが崩れるのを黙って見てるかってのよ!!」
――慟哭。佐々原の叫びはありとあらゆる物質を震えさせ、しばらくそこらを彷徨った後、俺たちの耳に辿り着いた。
言い終わるや否や、佐々原はその右腕を高く振り上げた。
そして…………
――カーン!!
まっすぐ、その腕を振りおろし、少しだけでっぱった釘に、とどめの一撃を食らわせた。
――その音が合図。
佐々原は身体を持ち上げた後、ゆっくり顔を後ろの向け、俺の顔を感情のない瞳で捉えていた。
「補強完了。それじゃ、私は帰るね、やるべきことはやったし……」
そう言い残し、この場を立ち去ろうと歩き出した。
俺たちの方に目を向けることもなく、ただゆらゆらと足を前後させる。隣に落ちている傘を拾おうともせず、雨を受けながら歩き続ける。
その背中はとても儚げで、何か声をかけようかと考えを巡らせるが、この場面でかけるべき言葉など俺には思いつかない。そもそも、この場面にふさわしい言葉などあるのだろうか?
結局、唇を少し動かすこともできないままに、佐々原の背中は遠ざかって行った。よく見ると、その後ろ姿は泥まみれで、どれだけ必死にこの補強作業に取り組んでいたのかが見て分かる。
――あいつは不器用だ。
事情も何もわからない俺だけど、そんなことだけは伝わってきた。
あいつも悩んでる。当然と言えば当然だけど、俺たちに手伝いをやめろと言ったのも、今回補強の作業をしたのもどれも全部、どうしていいかわからなくて、がむしゃらにやったことだったんだ。
あいつは俺たちに、“昔から何も成長できていない“と言った。
けどそんなの。
あいつだって、昔から何一つ前になんて進めちゃいなかったんだ……




