第3章(5-1)
――少年の声が、少女の声が、喧騒が聞こえる。
辺りは子供たちの歓声でにぎやかな空気に包まれている。
ある少年は金槌を、ある少女は木材を持っている。
あの木を切っている少年はだれだろう?
将大君だろうか、海斗君だろうか?
それとも翔太君?
――違う。あれは俺だ。
写真やビデオの映像で見る幼いころの俺とまったく同じ顔をしている。
そう言えば、俺は昔もこうして夏祭りの準備を手伝ったことがあった。
今とは違って、当然あの時は指示をされる側だったけど。あのころは今の将大君達と同じ立場で、みんなで一生懸命手伝いをしていたはずだ。
けれど、もしあの少年が俺だとしたら、あの木をかついだ少女は佐々原で、あの必死に釘を打つ少年は中島だろうか。
じゃあ、あの少女は誰だ?
俺や中島、そして佐々原の他にもう一人、その場所には4人の子供が存在した。
その4人目の少女は向こうのベンチに座って、ニコニコと笑顔を浮かべて俺たちを見ている。
――あの少女はだれだ?
最初に見えたのは白い壁紙。それから顔を横に動かすと、いつもの見慣れた顔があった。
「お。目、覚めたか?」
とたんに中島は目を輝かせ、近付いてくる。
「今何時?何分くらい寝てた?」
目が覚めて、少しづつ状況がつかめてくる。あの時、急に気分が悪くなったこと。
そして、雨が降ってきたから一旦休憩にしようと告げに行こうとした時、足を滑らせて転んだこと。
それらのことを思い出して、一番最初に気になったのはそんなことだった。
「んー。今は5時半ちょい。気を失ってたのは、ほんの15分くらいだよ。地面がぬかるんでたおかげで、全然頭に衝撃もなかったみたいだし」
とりあえず、そんなに長時間寝ていたわけではないことを知り、ほっとする。
「あの後作業はどうなった?ま、当然続けられなかっただろうけど……」
「そうだな、実際あの後そのままの流れでお開きになったよ。清水が倒れたことは女の子たちが一生懸命伝えに来てくれて、俺や大人たちが出動。んで、そのまま俺がここまで運んできたってわけ」
中島はなんでもなかったように、ただ思いだしたことを思いついたままに話していく。
「あ、あと。翔太君は泰造おじさんに家まで連れて行ってもらったから心配するな」
「ああ。それならよかった……」
俺が倒れてからの話を聞いて、どれだけ多くの人に迷惑や心配をかけていたのかを痛感させられた。
結局、翔太君の面倒も見きれなかった。
いや、翔太君だけじゃない。
子供たちみんなだ。
「ダメだな、俺。なにもできてない」
そう自分に吐き捨てるようにつぶやきながら、上体を起こし立ち上がる。
「おい、もう立って平気なのかよ?」
「たぶん平気。別に体は平気だし」
自分の体の調子を確かめるために部屋の中を歩いて窓際に向かう。
雨音は今も相変わらず聞こえる。
いや、変わらずになんてことはない。
あの時よりずっと、ずっとずっと大きい音じゃないか?
冷え切っていく心を押さえながらもっと窓に近づく。
そこから見えたのは、さっき作業をしていた時の比じゃないくらいのもっと強い雨だった。
雨なんて表現もなまぬるい、まさに豪雨。そう呼ぶにふさわしい有様だった。
「わるい、ちょっと俺出てくるわ」
何を思った俺は、そんなことを口走っていた。
「は?出るって、今この外にか……?ゆっくりしていけよ!!こんな大雨のなか出かけるなんて正気の沙汰じゃないぞ!?」
なぜだかこの荒れた天気を見ているとどうしてもじっとしていられない。
今までも荒れ狂った天気の日は不安定な気分になったりもしたが、今回は今までの比じゃない。
心臓がぎゅっと鷲づかみにされてるような、そんな気分だ。
「当たり前だろ。行かなきゃいけないって感じるから」
俺の中に広がる謎のもやが、今すぐあの作業場に向かえとかきたてる。
「…………しゃーねえ。俺も付いてくよ。それでいいだろ?」
ほんの数秒迷った素振りを見せた後、中島はしぶしぶと言った表情でようやくその首を縦に振った。
けれどなんとなく、中島も俺と同じような思いを持っているように感じた。
中島は俺よりも冷静だから、今すぐここを飛び出して行こうとはしなかったが、2人で出かけることになりほっとしているようにも見える。
そうと決まれば、二人してすぐに準備を済ませ、靴を履いて家を出る。雨脚は気の所為かさっき窓から見た時よりも強くなっているようにも感じられた。
玄関に置いてあった傘を適当に借りて家を飛び出したが、風が強いせいもあって服にも随分と雨がかかる。
そして何より、雨を受け止める傘の音がうるさいのが癪に障った。
雨は傘をたたくと言うよりも、突くと言った表現の方がふさわしいほどだ。
「…………」
「…………………」
お互いに会話は無い。走っているのか歩いているのかわからない。そんな速度でもくもくと進んでいく。
砂利道を越え、山を抜け、坂道を上った。
傘をさしていても、もうすでに全身びしょぬれだ。それでも歩みを遅めることはせず、ただ無言で歩き続ける。
やぐらは無事だろうか?
山は、丘は崩れていないだろうか?
そんなことを考えるたびに不安に押しつぶされそうになる。その不安を踏みつけるように、アスファルトを蹴って進んだ。




