第3章(1-2)
次の日。学校が終わった後、俺たちはいつも通り夏祭りの準備に来ていた。
だが、いつも通りで無いことが一つ。俺たちは昨日の約束通り佐々原を連れてこの場所に来ていた。
佐々原の表情には昨日の様な険しさはなく、空気を重くしないように努めているのが伝わってきた。
中島もそれに答えてか、いつも通りの明るいなんでもない話に盛り上がっている。
当の俺はと言うと、2人の会話に会わせて適当にあいづちを打つことしかできなかった。
佐々原のためにも明るくしなければならないというのはわかっていたが、うまくいつも通りを演じられない。
おそらくこれから佐々原の一人で抱えていることがわかる――かもしれない……
そう思うと、期待と不安で落ち着いていられない。
「航希。なーに暗い顔してんの?そんなに私が付いてくるのが不満なの?」
考えがばれたようで、佐々原に冷たい目で顔をのぞきこまれる。
だが、冷たい目と言っても、俺を責めているわけでもないのは伝わってくる。
むしろ、気を遣わせてことに対しての謝罪の意識も込められていたかもしれない。当然、そんな感情を出さないようにしているのだろうけど。
「別に。いつも通りだよ」
そう言って、まっすぐ前を向いたまま、歩くペースを少し早足にする。
「ちょっ。なにすねてんの?」
「すねてない!!」
佐々原も負けじとペースを上げて、必死に着いてくる。中島はさらにその後ろを苦笑いしながら歩いている。
そんな微妙な距離を保ちながら歩き続けていると、いつもの作業場が見えてくる。
今日は平日で、時間ももうじき17時になろうかと言う時刻のため、手伝いに来ている子供たちは少ない。現場に残っているのは少数の子供と大人たちぐらいだった。
「はあ……今年はえらく張り切ってるのねえ……これでまだ、開催まで一週間以上あるんだから驚きよ」
佐々原は到着するなり、今年の作業状況を見て感嘆の声を漏らす。
「そりゃあな!!今年の気合の入れ具合は当事者も軽く引くレベルだからな」
中島もそれに、自信たっぷりの声で答える。
中島は作業が始まって以来、夏祭りの準備に精力を注いでいる。普段は遅くまで学校に残っているが、最近では早々に学校を出て夏祭りの準備に向かっている。
それだけ努力しているからこそ、こんなに自信が出てくるんだろう。
俺も中島にも負けず劣らないくらい努力してきた自信があるし、最終的にはもっと高いレベルにまでいけると思う。
「そっか……で、あんたらの頑張ってる子供用のやぐらってのはどこにあるの?」
佐々原はメイン舞台の見学もそこそこに、すぐに山の麓の方に歩きだした。
表情はまださっきまでそう変わらずに、なんでもなさそうな顔をしている。
「そっちで合ってるよ。そこまっすぐ行けばある」
俺たちのやぐらがあるのはちょうど佐々原が向かっていた方角だった。
「そ。こっちだったらヤだなって思ってた……」
佐々原の眉がピクリと動く。
佐々原はあたかも、もともと場所が分かっていたかの様に、自然な動作で麓まで歩いて行った。
山の麓に小さく建てられたやぐら。全体の作業工程のうち4分の3ほどは完了していて、あとは外組みを整えるだけとなっている。大きさも外装も大したことのない地味なやぐら、それでも俺たちにとってはみんなで作った立派なやぐらだ。
だが、佐々原はそれを今日一番の険しい顔つきで見つめていた。
俺の苦手な顔――俺の知らない佐々原が透けて見えるような顔だった。
佐々原がそんな顔をしているのを知ってか知らずか、中島は静かに黙ってよそを見ている。
そんな時間がしばらく続き、息苦しい空間に居心地の悪さを覚える。
ふと、静止した空間を壊すように佐々原が静かに振り返る。
その目線の先をたどった場所にいたのは、俺でも中島でもない、新しい来訪者だった。
だが、佐々原はその来訪者に別段驚く訳でもなく、静かに見つめ続けている。むしろ、その目には歓迎の感情が含まれている気がした。
「お久しぶり……この前は逃げ出しちゃってごめんなさい」
来訪者は静かに挨拶をした。その言葉は俺や中島ではなく、佐々原ただひとりに向けられていた。
「うん。久しぶりだね、神坂さん」
佐々原もじっと神坂を見つめながら返事をした。
「やっぱり、あなたはこの光景を見たら怒るかしら……?」
神坂は少し申し訳なさそうに視線をそらす。
「別に……怒ってると言うよりは困惑してるかな。なにより、あなたがいるのになんでまた、こんなことになっている理由が知りたい」
「……ごめんなさい、私程度の発言力じゃ止められなくて……」
だが、神坂は一拍を置いてから、今の言葉を否定する。
「ううん、嘘だね。私はいい加減そろそろ、乗り越えられるんじゃないかって思ってたの。だから、信じてみたかったの」
「そっか、そうなんだ……」
佐々原もまた言いきると同時ぐらいに顔を下げる。
これを合図にまた沈黙が流れる。もはや俺と中島は言葉をはさむことはできない。
二人の間に入れないのがもどかしい。先ほどから様子を見る限り、神坂は佐々原の隠していることを知っている。
「でも、ごめんなさい……」
何秒の、何分の沈黙が続いたのだろうか。それくらい、長くもまた短くも感じる奇妙な時間の沈黙だった。
だが、その沈黙が破られた。
佐々原が再び顔を上げ、言葉を発したことによって……
上げられたその顔にはもはや先ほどまでの気弱な表情は無い。
あるのはただ、決心――覚悟を決めたという表情だけだった。
「私がさ、こっちに帰ってきてから、清水たちと再会してからそんなに時間がたったわけじゃないよ?だけど、これだけはわかった。
清水も中島も、二人ともあの時からまるで成長できてないよ。少なくとも、わたしはそう思う……
だからさ、これはお願いと言うよりは警告――
あんた達、これ以上この手伝い続けない方がいいよ」
佐々原の口から発せられる痛烈な言葉達。どれもが俺の心に突き刺さり、傷口を広げるように暴れまわる。
俺はその痛みに耐えることすらできず、すべての感覚を失う。
なぜ佐々原はこんなことを言うのか、なぜ佐々原はこんなに悲しげな顔をしているのか……
そんな疑問だけが頭の中を占拠して、他のことはなにも考えられなかった。
「…………っ」
佐々原はそれだけ言うと、唇をかみしめ、逃げ出すようにこの場を去って行った。
出来たのは、なにもせずに立ち尽くすことだけ。
それは、俺だけでなく、中島も神坂も同じだ。だれも言葉を発せない。先ほど様にまた沈黙が始まる。
けれど今回はそう長くは続かない。
「ごめんなさい、私の所為だね。本当にごめんなさい……」
神坂は消え入りそうな声で、ただ謝った。
そしてまた、佐々原と同じように逃げるように立ち去っていく。
――わからない。何一つとして。
とりあえず、今は何もする気になれない。
俺もまた二人に倣ってこの場所に背を向け、歩き出した。
後ろから中島が付いてくる気配は無い。
それでいい。今は少しだけ、一人になりたかった。




