8 偵察
アウィンが行ってしまってからも、ゼオは屋敷の様子を窺っていた。
門番から、あのマイカという子どもを助けるアウィンの様子もゼオは見ていた。アウィンが言うとおり、ただの子どもにする仕打ちとしては酷すぎる。権力を持っている者としては、弱者など取るに足りない。そう考えれば、おかしくはない行動だ。
だが、ゼオがずっと仕えているアウィンは、そういったことを許さない人だ。だからこそ、魔王の座を退いた今でもこうしている、というのもある。
屋敷を外から見ているだけでは動きがない。門番は抜かりなさそうな目で外を見張っている。当たり前だが、正面からは入れそうにない。
ゼオは一度その場を立ち去った。そして、裏の路地に回り込む。辺りを見回して人通りがないことを確かめると、ゼオは塀の上に飛び上がった。屋敷の庭に人の気配がないのを見て、今度は塀から飛び降りる。
そうして、ゼオは屋敷の中に侵入した。
屋敷の庭は立派なものだった。しかし、どことなく荒れているように見える。以前は手入れされていたような雰囲気があるが、最近は放置されているようだ。
人が来る気配がして、ゼオは茂みに隠れる。
見回りの者のようだった。よく見ると、庭には数人の見回りがいる。
すでに、魔族と人間の戦争は終わっている。なにをそれほどまでに警戒しているのか、とゼオは不審に思う。
やはり、この屋敷には何かがありそうだ。ゼオは見回りがこちらを警戒していない隙を見計らって、屋敷の内部へと向かった。
開いていた窓から中に入ってみると、使用人を雇うほどに広い屋敷なのはわかった。
「しかし、妙だな」
誰にも聞こえない小さな声で、ゼオは呟く。
おかしいのだ。
使用人として、若い女を相当の数雇っていると聞いている。それなのに、その気配が感じられない。人のいる様子がないのだ。
屋敷内を探っていると、奥まった場所にある部屋から声が聞こえてきた。いかにも、この屋敷の主がいそうな部屋の扉の向こうだ。ゼオは耳をそばだてた。
「……やめろと言われても、やめられないものよな」
「それはそうでございますよ」
どうやら、部屋の中には二人いるようだ。
「先代の魔王様にも困ったものだ」
「!?」
その言葉を聞いてゼオは驚く。魔王様、などと言うのは魔族の中でのことだ。人間はそのような呼称を使わない。
ということは、この扉の向こうにいるのは魔族ということになる。
「人間を虐げるな。人間と共存せよ。人間を食べるな、などと御触れを出されては今までのように人間で楽しむことが出来ぬではないか」
「おっしゃるとおりです」
「だが、使用人を集めるという名目なら人間の若い女たちを集めることは容易いからな。金さえ出しておけば文句も言うまい」
「そのとおりですとも。人間とはそういう生き物なのですから。それにしても、この屋敷の主を殺して成りすますことが出来てようございましたね」
「戦争中に色々と後ろ暗い取引をして、金もたっぷりあるときた。人を信じずあまり外を出歩かないというのも好都合だ。だが、時々は姿を見せないと怪しまれるからな。人間などに化けるのは不本意だが、仕方ない」
「はい。しかし、今のところ娘を差し出した人間どもが怪しんでいることもないようです。ああ、ただ……」
「ただ?」
「先日、子どもがここにいる姉に会いたいと屋敷にやってきたと門番が申しておりました。騒がれるとやっかいですな」
「そうか。ならば、その子どもは始末するか。娘たちのことも、ここまで気付かれずにきているのだ。人間一人くらい、問題ないだろう」
「では、その子どもは私がいただいてもよろしいですか?」
「子どもなど喰うところも少ないではないか。やはり、喰うなら若い娘に限る。だが、お前がそう言うなら構わん」
「では、ありがたく」
会話が途切れて、部屋の中からはいやらしい笑い声が聞こえてくる。
ゼオは吐き気がした。
自分の主がやってきたことが否定されている。
使用人としてここにやってきたという、あの子どもの姉はまだ無事なのだろうかと思わずにいられない。そして、騙されて集められた他の娘たちも。
聞きたいことは聞いた。娘たちを探すために屋敷を更に探索しようと思い、ゼオはその場を立ち去ろうとした。
が、怒りのあまりうっかりと音を立ててしまった。
「誰だ!」
不審な音に気付いたのか、ドアが開く。
そのときにはゼオはもう、その場から姿を消していた。素早い動きで屋敷の外に飛び出しながら、ゼオは見た。
ドアから出てきたその姿は、やはり魔族だった。外から見えない屋敷の中では、人間の姿をとっている必要もないと思っているようだ。
ゼオと同じ種族だとは思えないほど、その姿はおぞましいものに見えた。




