12 最強にして最硬
その戦いは一方的だった。アウィンに匹敵する者はここには存在しない。ただの障害物にすぎない。
「く、くそっ……」
この屋敷の主である男は、側近らしき魔族の後ろに隠れてこそこそと逃げだそうとしている。
アウィンはそれを阻止しようと挑みかかってくる魔族たちをなぎ倒していく。殺しは、しない。相手は得物を持っているが、アウィンは素手だ。身体自体がアウィンの武器だとも言える。
相手が得物を振り下ろす。だが、アウィンは片腕でそれを振り払った。その身体には傷一つつかない。それどころか、アウィンの身体はこの戦闘の場で場違いなほど、美しく輝いているようにも見えた。
「これが、金剛不壊の将か……」
男は絞り出すように呟く。
「金剛不壊の将?」
「そうだ。あいつには傷一つ付けられる者がいなかったんだ! 最強にして最硬! それが、あの魔王だ!」
側近が聞くと主の男は叫ぶように答えた。
「自らの力で魔王に成り上がった男なんだ、あいつは! だというのに! 今更、人間との共存という綺麗事など!」
「黙れ!」
アウィンは男を睨みつけて、
「理想は……、実現するためにあるのだ」
言った。
「世迷い言を!」
「それは貴様の方だ! 争いの種を自ら作るなど! 弱き者を苦しめるなど! 貴様だけは、許さん!」
アウィンは男に迫る。すでに男を守るのは側近のみだ。
「ひ、ひぃい!」
男は側近の後ろに隠れる。
「魔族のくせに、どうして人間の側につくのですか!? 人間ほど美味なものなどないというのに!」
側近が言った。
「お前もか……。俺は人間の側でも魔族の側でもない。ただ、全ての民の幸せを願っているだけだ! そこに種族など関係ない!!」
アウィンの中にあるのは怒りではなかった。哀しみだった。
哀しみが燃え上がる。爆発する。
身体が突き動かされる。
気付けば、その後ろにいる男と共に、側近も手にかけていた。
目の前にはこの屋敷の主である男と、その側近が倒れている。もうぴくりとも動かない。背後からは魔族たちのうめき声が聞こえている。
「ああ……」
アウィンは立ち尽くした。
「同じか。あの、終わりの無い戦争をしていた頃と……」
「違います!」
アウィンが呟くと、後ろからゼオの声がした。アウィンは振り返る。
「魔王様は……、ご隠居様はこの世界のために尽くしてこられました。あの頃と同じではありません。決して!」
膝を折っているゼオの横には、マイカが立っていた。
「ここが安全だと判断して戻って参りました。この娘も一人にしておけず」
「うむ」
確かに、今この屋敷の中で一番安全なのはアウィンのいる場所だろう。
マイカはじっとアウィンのことを見ていた。
アウィンは、自分が本来の姿をしていることを思い出した。今のアウィンは人間に変化した姿ではなく、魔族の姿をしている。
「すまん。怖がらせたか」
もう、この子の笑う姿は見られないと思った。きっと、マイカにとって魔族は憎むべき存在に違いない。
だが、
「アウィン、さん? アウィンさんだよね?」
マイカは小さな手を、アウィンに向かって差し出した。前にしたのと同じように、きゅっとアウィンの服の裾を掴む。
そして、言った。
「ありがとう、助けてくれて」
アウィンは一瞬何を言われているかわからなくなって、それから目頭が熱くなった。
「……ありがとう」
アウィンの口からも、自然にその言葉が出ていた。
「どうして? 私は何もしてないよ?」
「いや……」
言葉にならなかった。魔族だと知りながら、魔王だと知りながら、それでも当たり前のように前と同じように接してくれるマイカの存在こそがアウィンにとっての救いだった。
「怖く、ないか? 俺は元魔王だぞ?」
「びっくりしちゃった。でもアウィンさんはアウィンさんでしょ? えっと、元ってことは……、今は違うってこと?」
「そうだな。魔族には違いないがな」
「じゃあ、魔族にも怖くない人はいるんだね」
にこりと、マイカが笑う。
これこそが、人間と魔族を繋ぐ希望の光だとアウィンは思った。




