10 マイカの危機
「お姉ちゃーん! マイカだよ! ねえ! 親切な人がお菓子、買ってくれたんだよー!」
マイカは屋敷の前で姉に向かって呼びかけていた。門番に邪魔されても、姉に声が届けば出てきてくれるかもしれないと思った。
せっかくのお菓子だ。姉と仲良く食べたかった。一緒に食べたかった。
「お姉ちゃーん! 聞こえてたら出てきてー!」
屋敷の中から反応はなく、マイカは叫び続ける。だが、姉からの返事はない。それどころか、門番がマイカの声を聞きつけて走ってくるのが見えた。
「またお前か!」
マイカはまた追い払われるとばかり思っていた。前もそうだったからだ。
「お姉ちゃんに会わせて下さい! ちょっとだけでいいから!」
それでもマイカは祈るように叫んだ。
「お菓子を渡したら帰るから!」
本当は、姉と一緒に食べたかった。それができないのなら、一目でも顔を見たかった。そして、安心したかった。
アウィンに買ってもらったお菓子を一人で食べていたら、本当は二人で分け合いたかったのだと思った。そうしたら、マイカは、いてもたってもいられなくなってしまった。
「うるさいガキだな。まあいい、こっちへ来い!」
「え? お姉ちゃんに会わせてくれるの?」
「ん、なにを言って……。ああ、そうだ。いい子だから、こっちへ来るんだ」
「屋敷の中に入れてくれるの!?」
マイカには、急に門番の気が変わったように思えた。
「まあ、そんなところだ」
「本当!?」
屋敷の中に入れてもらえるということは、姉に会わせてもらえるに違いない。
「ありがとう、ございます!」
マイカはぺこりと頭を下げる。それを見て、門番が呆れたように笑ったのが気になったが、今はそれどころではなかった。
マイカは門番の気が再び変わらないうちに、ついていくことにした。
何度か表までは姉に会いたくて来ていたが、中に入るのは初めてだった。立派な庭を通り抜け、建物の中に入ると思ったよりも薄暗かった。それでも、もうすぐ姉に会えると思うと楽しみで少しくらい不気味なのも気にならなかった。
「なにをきょろきょろしているんだ。早く来い」
門番に急かされて、マイカは小走りになる。なんだか立派な扉の前で、門番は立ち止まった。
「失礼します」
「なんだ」
扉の中から聞こえてきたのは、姉の声ではなかった。聞いたことのない男の声だ。姉も一緒にいるのだろうかとマイカは不思議に思う。
「小娘を連れて参りました」
「おお、入れ」
門番が扉を開ける。
「お姉ちゃん!」
マイカは姉に会いたいという一心で部屋の中へと駆け込む。
「あ、れ? お姉ちゃん、どこ?」
だが、部屋の中に姉の姿はなかった。代わりに見知らぬ男が二人いた。一人はとても豪華な椅子に座っていた。もう一人はその横に立っている。二人とも、なんだか嫌な目でマイカのことを見つめていた。なぜかはわからないけれど、マイカは背筋が寒くなった。
「こいつか、屋敷の周りで騒いでいたというのは。やはり、儂はこんな小さな子どもは好かん。骨ばかりではないか。みすぼらしい」
「はあ、私はそれもまた珍味だと思いますが」
「物好きなやつよ。ならば好きにするがいい」
「ありがたき幸せ」
薄笑いを浮かべながら、目の前の男たちが交わす会話の意味がマイカには理解できなかった。耳には入ってくるのだが意味として聞こえてこない。
マイカの頭が、それを理解するのを拒否している。マイカは後ずさりする。
ここから逃げなくては、と思うのに体がうまく動かない。
「おっと」
背中がドンッと何かに当たる。門番だった。振り返るといつの間にか扉も閉められている。
「逃がすかよ」
門番がマイカの体を押さえつけている。
「え?」
「また騒がれては面倒だ。始末してしまえ」
「はい」
椅子に座っている方が面倒くさそうに言って、立っていた方の男がマイカにゆっくりと近付いてくる。
「え。え? お姉ちゃんは!? お姉ちゃんはどこにいるの!? あなたたちは何?」
「お前の姉だと? 一体、どれのことを言っているやら。もう喰ってしまったかもしれんなあ」
「……!」
その言葉を聞いて、マイカの感情が一気に弾けた。
「あーーーーーーーーーーー!」
さっきまで耳に入っていたのに意味を感じられなかった言葉が、急に現実になる。この人たちはなんなのか。人を食べるなんて、人間のすることではない。
「嫌だ! 嫌だ!! 離してーーーーー!」
マイカは門番の手から逃げようと暴れるが、力では全く敵わない。
「助けてーーーーーー!」
マイカは泣き叫ぶ。
「この屋敷の中では誰にも聞こえませんよ」
近付いてきた男はマイカが見て、にたりと笑った。
「やはり、人間の悲鳴はいいですね。ふふふ」
そして、ぺろりと舌なめずりする。
その顔はどう見ても人間には見えない。いつの間にか、男は魔族に姿を変えていた。
「ま、魔族!? い、嫌ぁぁぁぁぁぁ!」
「うるさいですね。また、それも悪くないですが」
「人間の悲鳴ほど甘美なものはないな」
椅子に座っていた男も、今は人間の姿をしていなかった。
もう逃げられないと覚悟して、マイカはぎゅっと目を閉じた。
そのとき、扉の方から音がした。マイカは目を開く。
もう二度と開くところを見られないと思っていた扉が、開いていた。
そして……、




