第5話 初めての報酬
急いでギルドに戻ると、フードが風で外れないよう両手で押さえながら、ギルドの扉の前に立つ。
そして呼吸を整えた後、ゆっくりと扉を開けた。
まだ慣れないその喧騒に少し躊躇いながらも、受付まで小走りで近づく。
「あれ、シアさん? もう終わったんですか?」
驚いたエレーナが声をかけてくる。
「えっと……人が倒れてる。オークの巣があって、今はその中で寝かせてる」
「……え?」
エレーナは急いで紙と羽ペンを持つと、真剣な表情でシアの方に向き直った。
「シアさん。もう一度お願いします。調査過程でオークの巣を発見したんですね?」
「うん」
「そして、オークがいる巣の中に生存者がいると」
「ううん。オークは倒したから、他の魔物や魔獣が寄り付かないようにして寝かせてる」
「え? 倒した? 一人でですか?」
「うん」
「それに、寄り付かないようにって……」
「魔物避けの薬草を燃やしてる。だから、しばらくは大丈夫」
「あぁ……なるほど」
そこまでメモすると、エレーナは少し考えたあと、ノクターシアの方へ目を向ける。
「他に何か報告できることはありますか?」
「えっと……あ。巣の中に荷物がたくさんあった。多分、襲われた人の荷物とかだと思う」
そこまでメモすると、エレーナは近くにいた職員へその紙を手渡した。
「急いで回収班の編成を行ってください。あとは──」
そう言ってギルドの中を見渡し、お目当ての人物を見つけて手を振る。
「すいません、ヴィオラさん! 今いいですか?」
「ん?」
そう呼ばれた初老の女性が、こちらへ目を向ける。
ヴィオラは持っていた酒をグイッと飲み干すと、こちらまでやってきた。
「どうしたんだい? こんなババアに声かけるなんて」
「ババアって。いや、そんなことより」
「おや、いつものように否定してくれないのかい? 悲しいねぇ」
「もう! ヴィオラさん、今は大事な話なんですから聞いてください」
「はぁっはっは! 悪い悪い」
そう言ってヴィオラは笑うが、次の瞬間には真面目な顔になっていた。
「それで?」
「ここにおられるシアさんが、オークの巣を発見しました。要救助者もいるようですので、ヴィオラさんに先行していただき、安全確保と調査をお願いしたいんですが、いいですか?」
「なるほどね。それで、オークは?」
「オークはシアさんが討伐されているそうです」
「ほぉ」
そう言って、ちらりとノクターシアの方を見る。
その視線に気づいたノクターシアは、フードを少し深く引き下げ、顔を背けた。
少し考えたあと、ヴィオラは頷く。
「分かったよ。場所は?」
「あっ、そうでした」
そう言ってエレーナは受付の下から周辺地図を取り出すと、ノクターシアに尋ねる。
「シアさん。オークの巣がどの辺りだったか分かりますか?」
ノクターシアはしばらく地図を見つめていたが、やがて自分が通った道順を指でなぞっていく。
「えっと……これでいい?」
自身の道順をなぞり終えたあと、目的の場所をトントンと示したノクターシアは、エレーナへ尋ねた。
ヴィオラは少しその場所を見つめたあと、ノクターシアに声をかける。
「その場所で間違いないかい? もし違ったら──」
「あってる」
ノクターシアの迷いのない返事に、ヴィオラは少し驚いた顔をしたが、ニヤリと笑うと受付から背を向ける。
「分かった。じゃあ、ちょっくら行ってくるよ。エレーナ、報酬は銀貨1枚くらいかい?」
「あっ、はい!」
「分かった。じゃあ少し行ってくるさね」
そう言って、背中に背負った弓を揺らしながら、ヴィオラは出ていく。
ヴィオラが出ていったあと、少ししてから回収班らしき一団が出発していった。
それから二時間ほど経った頃。
ノクターシアはエレーナに勧められ、部屋の隅に置かれた椅子の上で退屈そうにしていた。
その時、正面扉がバンッと開く。
そして、回収された木箱の山が一斉に運び込まれ、その後ろからヴィオラも中へ入ってきた。
「確認してきたよ」
そう言って受付の前に立つと、報告を始める。
ノクターシアは特に気にすることもなく、水を飲んで空腹を紛らわせていた。
すると、「シアさーん」と呼ぶ声が上がる。
残っていた水を飲み干し、空になったコップを手に受付までやってきた。
「……何?」
「確認が取れました。巣から回収された物資や遺留品の中に、ここ数日で捜索願が出されていた方々の荷物が含まれていたそうです。オークはシアさんが倒した三体以外には確認されず、回収中の襲撃もなかったそうです。シアさん、お疲れ様でした」
エレーナは笑顔で伝えた。
そして、受付の下から金庫を前に出す。
「では、報酬をお渡ししますね」
そう言ってエレーナが金庫を軽くノックすると、ガチャリと音を立てて金庫の口がわずかに開いた。
その光景に、ノクターシアは驚きの声を上げる。
「……何これ?」
その様子を見ていたヴィオラは、豪快に笑う。
「はっはっ! なんだ、嬢ちゃん。魔法アイテムは初めて見たのかい?」
「魔法アイテムは……少し知ってる。でも確かどれも、すごい値段したはず」
「そうさね。普通の品よりは値段が張るが、それに見合う物が多いよ。冒険者になったなら、嬢ちゃんもいくつか買えばいいさ」
「……そんな簡単に買えるの? あんまり出回ってないはずだけど」
「うん? 何言ってるんだい? 普通の家庭でも買えるよ。なんだったらこのあと、用品店にでも行ってみたらいい。色々置いてあるからね」
「そうなんだ……」
ノクターシアは目を輝かせて金庫を見つめたあと、ヴィオラの方を向く。
「教えてくれてありがとう。いい人なんだね」
ノクターシアがそう言うと、ヴィオラは目を瞬かせたが、やがて豪快に笑った。
「そんなこと言われたのは久しぶりだね。ちゃんとお礼が言える子は好きだよ」
そう言ってヴィオラは笑う。
その様子を、エレーナは微笑ましそうに見ていた。
「では、改めて報酬をお渡ししますね」
そう言って、会計係から回ってきた紙を読み上げる。
「ではまず、ヴィオラさんですね。安全確保と調査の依頼、二つとも問題なく終えてくださいましたので、銀貨1枚の報酬となります」
そう言うと、金庫の口から布でできた小袋が飛び出してくる。
エレーナはその小袋の中を確認したあと、ヴィオラに手渡した。
ヴィオラは中に入った銀貨を取り出すと、小袋だけを返した。
「では次に、シアさんですね」
そう言って、紙をぺらりとめくる。
「シアさんには、本来の調査報酬として銀貨2枚。さらにオーク三体の討伐、二名の救助、遺留品の回収などによる追加報酬が銀貨4枚。合計、銀貨6枚となります」
そう言って、再び飛び出してきた小袋の中身を確認したあと、シアに手渡す。
「追加報酬の方が多くなったね」
ヴィオラがそう言うと、エレーナが答えた。
「今回は捜索願の報酬分も入っていますので」
「あぁ。なるほどね」
そう言ってヴィオラが話していると、報酬の中身を見て固まっているノクターシアに気づく。
「どうしたんだい? 報酬額が不満かい?」
「えっと……シアさん。金額について何か気になることがありましたか?」
「お金……」
ノクターシアが小袋の中を見ながらそう呟いた時。
グゥゥゥ……。
もう限界とでも言うように、一際大きくお腹が鳴った。
それを聞いたヴィオラとエレーナは少し驚いた顔をするも、すぐに笑顔になる。
「なんだ。腹が減ってたのかい? じゃあ、その報酬使ってあそこの食堂で食べてきたらいいさ」
そう言ってヴィオラが指し示した方へノクターシアが振り返ると、いい匂いが漂ってくる扉があった。
「そうですね。あの食堂でしたら、簡単な軽食から本格的なものまで幅広く提供していますので、今から探し回るよりはいいと思いますよ」
「でも、お金……すぐ無くならない?」
ノクターシアが不安げにヴィオラとエレーナを見ると、エレーナが安心させるように答えた。
「少なくとも、貴族様が食べているような食事でなければ、銀貨1枚あればかなり食べられますので、そこは心配しなくても大丈夫ですよ」
「そうだね。一日の飲み食いで銀貨が無くなっちまったら、生活が持たないよ」
シアの不安そうな様子を見て、ヴィオラは小さく笑った。
「ほら」
先ほど受け取った報酬の銀貨を指で弾き、ノクターシアへ渡す。
「……これ」
「あんたへのお祝いだよ。それで腹いっぱい食べてきな」
「でも……」
「気にしないでいいさ。銀貨1枚で有能な新人と顔見知りになれるなら、安いもんさね」
そう言って、ヴィオラはノクターシアの背中を叩く。
「ほら。さっさと行って、さっきから鳴いてる腹を満足させてやりな」
ノクターシアは少し迷ったが、もらった銀貨を握りしめる。
「……分かった。じゃあ名前覚えとく」
「おぅ。覚えときな。あたしはヴィオラ。C級冒険者のヴィオラだよ」
「分かった。私はシアだよ。またね、ヴィオラ」
そう言って、片手を上げて挨拶するヴィオラと、笑顔で手を振るエレーナに見送られながら、ノクターシアは食堂の扉を開けるのだった。




