第4話 初めての依頼
ギルドを出た後、人々の話し声などを頼りに北門を探していた。
人に聞いたらもっと早く着いたのだろうが、まだそこまで踏ん切りがつかなかったため、北門らしき場所にたどり着くのに随分かかってしまった。
「……遠い」
人混みの中を気を張ってずっと歩いていたせいか、すでに疲れてしまっていたが、気を取り直して北門を抜けて外に出る。
門を出て、しばらく道なりに歩いていくと、やがて目的の森へと続く道が見えてくる。
その道を歩いて森に入っていくと、少しだけ安心した。
風の心地よさ。
木々の匂い。
土の香り。
そして、先ほどまでの騒がしさがここにはない。
「落ち着く……」
先ほどまでの疲れが少しだけ和らぎ、足取り軽く道を歩いていく。
依頼では、確か調査とあった。
それを思い出し、ふと立ち止まる。
「……何したらいいんだろう」
今更だが、森の入口から中層部までを調べ、地形の状態や異常、人の痕跡などを確認するという依頼。
痕跡探しくらいなら分かりやすいが、この森に来たばかりのノクターシアにとって、地形の状態や異常なんて分かりようがない。
「……ん〜」
少し悩んだあと、決心したように頷く。
「分かんないし、変なところ全部報告したらいいよね」
そう納得して歩いていくと、しばらくして。
変な痕跡を見つけた。
足跡。
人間の足跡だ。
それだけなら不思議ではなかったが、その足跡の近くに、大きな足跡が微かに見えた。
それも一人分じゃない。
二人。
人間の足跡なのかは分からないけど、人間のものなら大きすぎる気がした。
「……」
その痕跡をじっと観察し、フードを被ったまま辺りの音や気配を探る。
まず足跡。
人間らしき足跡は二人分。
街道を歩いていたが、途中で森に入っている。
そして、その跡を追うように二つの大きな足跡がついている。
いつものようには聞けない分、精度は落ちてしまうが、ノクターシアの耳は人間の耳より遠くの音まで拾えていた。
──ガサ。
茂みをかき分ける音。
遠いが、追えば追いつける距離。
足に力を込めると、一気に木の枝に飛び乗り、音がした方へ向かって走る。
木の上を進んでいるため地面の痕跡は追えないが、先ほど聞こえた音がより鮮明になっていく。
そして、その中に別の音も微かに聞こえる。
「……ぅ」
か細いが確かに聞こえた。
「……人の声」
その声が近いことが分かると速度を緩め、音を消しつつ近づく。
やがて、その音の主を見つけた。
緑の巨体。
豚の顔に牙が生えたような魔物。
オークだ。
そのオークをよく見てみると、その手で人間の頭を鷲掴みにし、そのまま引きずっている。
「……っ」
引きずられるたびに痛いのか、人間の口から声が漏れる。
その様子を見て、まずオークがどこに行こうとしているのか見定めた。
オークは人間を掴みながら、迷いなく進んでいく。
つまり目的地がある。
それを確認してから助けても遅くはない。
そう決めると、静かに木の上から追跡を開始した。
しばらく追っていくと、その先に開けた場所が見えてくる。
目を凝らしてよく見てみると、緩やかな岩肌にできた洞穴が見えた。
オークの進んでいる方向から見ても、目的地はあそこの可能性が高い。
目的地が分かった以上、救出を先延ばしにする必要はない。
剣を抜き、音を立てないように地面へ降りる。
そしてオークの背後から心臓に狙いをつけ、一気に刺し貫いた。
オークの体が一瞬跳ね、膝から崩れ落ちる。
倒れる音を最小限にしようと、オークが着ている腰巻きを掴んで引っ張る。
そのおかげもあり、かなり音を抑えることができた。
洞穴の方に目をやり、動きがないことが分かると、人間の様子を確認する。
細かな傷は多いが、上半身に大きな出血はない。ただ、左腕が青く腫れている。
おそらく折れている。
足の具合は、引きずられたことでズボンがボロボロになり、穴が開いている。
その穴から露出している膝には、酷い土汚れと出血が見えた。
命に別状はないため、放っておくこともできるが。
ノクターシアは、軽い処置だけはしておこうと水と比較的綺麗な布を取り出した。
(……えっと、確か)
昔、ノルトの怪我の処置をよくしていたから、できないことはない。
だけどかなり久しぶりで、思い出しながらやる必要があった。
少しだけ時間がかかったが、なんとかやり遂げ、ノクターシアは「ふぅ……」と息を吐き出す。
人間の体をそっと木にもたれさせると、次は洞穴の方に目を向けた。
見つけた人間の足跡は二人分。
つまり、もう一人はあの穴の中にいるはずだ。
そう思い、慎重に穴へ近づく。
穴の中の様子を窺うと、中で右に折れている場所があり、完全には奥の様子が見えない。
けれど、中から息遣いが聞こえてくる。
重く、荒い呼吸。
一つ。
さらにもう一つ。
「……二つ?」
人間の足跡とは別に見つけた、大きな足跡も二つだった。
そのうちの一体は先ほど倒した。
だが、中から聞こえる息遣いは二つ。
「……もう一体」
どうやら洞穴には、別のオークもいるらしい。
今の装備でもやれないことはないが、慢心が原因で装備を壊したことを考えると、少し慎重に行動することに決めた。
森の中に戻り、罠に使えそうなものを探す。
やがて木に巻き付いていた蔓を見つけ、それを取り、穴の入口に足を引っかける簡単な罠を作った。
その罠に引っかからないように穴の中へ入ると、隠れられる場所を見つける。
そこに体を滑り込ませ、中の様子を見ると、オークがいた。
それも二体。
薄暗い洞窟の中で、不格好な焚き火の周囲をうろつきながら、時折その火を消さないよう木の枝を投げ入れている。
そしてよく見ると、その近くに人間が倒れていた。
(……安全に助けるならおびき出すしかないか)
軽くため息をつき、体を晒すと指を口に当て、鋭く口笛を吹く。
──ピィィィィ!
オークはその音で一斉にノクターシアのいる方向を見る。
しばらく二体がどう動くか見ていたが、どちらも武器を手にこちらへ走り出すのを確認すると、すぐに入口へ向かって走った。
罠に引っかからないよう飛び越え、少し先で体を反転させると、剣を抜いて待つ。
やがてドスドスという音とともに、入口からオークが姿を現した。
ノクターシアを見つけると、そちらへ向けてさらに勢いをつけて走り出そうとする。
しかし、入口には罠がある。
先頭のオークは勢いをつけていたため、その仕掛けにまともに引っかかり、蔓を引きちぎりながら盛大に転倒した。
その隙を見逃さない。
転んだオークへ向けて飛びかかり、その背中に着地すると同時に、心臓の位置を狙って剣を突き立てる。
その巨体が一瞬びくりとなるが、すぐに動きを止めた。
剣を引き抜くと、すぐさまオークの背から飛び降りる。
そして。
倒れたオークの背へ、後続のオークの棍棒が盛大に叩きつけられた。
その一撃をかわしたノクターシアは、最後のオークと対峙する。
オークは雄叫びを上げて、棍棒を振り上げる。
しかし。
「……隙だらけ」
振り上げたのと同時に、ノクターシアはオークの懐へ入る。
そして、そのがら空きの胸へ片手剣を突き刺した。
刺さった片手剣を逆手に持ち替え、引き抜きながらオークの懐から離れる。
オークの体は、ゆっくりと地面へ倒れた。
少しの間、様子を確かめる。
そして完全に息絶えていると判断してから、武器を収め、オークがいた洞穴の中へ静かに入っていく。
先ほどまで聞こえていた重苦しい息遣いは、もう聞こえない。
代わりに、か細い息遣いだけが聞こえていた。
フードの中で狼耳をぴくぴくと動かし、辺りの魔力と気配を探るが、倒れている人間以外の気配はない。
目視でもそれ以外の生き物がいないと分かると、奥へ進んだ。
焚き火の中には、これまで襲った人間たちの骨や魔獣の骨などが乱雑に放り込まれ、パチパチと音を立てて燃えていた。
無造作に転がされている人間にゆっくりと近づき、状態を確かめる。
この人間は、外傷が少ない。
引きずられたような跡もない。頭からは血が出ているが、傷はそこまで深くなさそうだ。
何か使えそうなものはないかと辺りを見渡すと、近くに木箱などが乱雑に置かれていた。
おそらく今まで人間たちを襲った時、すぐにバレないよう、ついでに持ち帰ったのだろう。
どうやらここに住んでいたオークは、それなりに知恵があったようだ。
その木箱の蓋に折れた方の剣を差し込み、無理やりこじ開ける。
中には、さまざまな物資や食料などが入っていた。
だが、それなりに時間が経っていたせいか、わずかに異臭が漂っている。
「……もったいない」
腐った食べ物を投げ捨てながら、ひとまず中から綺麗な布と傷薬などを探した。
「……あ」
傷薬を手に取った時、その奥に緑色の小瓶が見えた。
それは、よくノルトが飲んだり、傷にかけたりしていた『小回復薬』。
効きは弱いが、軽い傷ならこれで治せると聞いていた。
さらに奥を漁ると、その小瓶が何本か見つかった。
「……いいね」
満足げに言うと、倒れている男に近づき、その傍らへしゃがみ込む。
男の上体を抱き起こしながら、小瓶の蓋を口で開けて吐き捨てると、頭の傷へ薬を振りかけた。
「ウッ……」
「我慢して」
少しすると、白い煙をわずかに上げながら頭の傷が塞がっていく。
傷が塞がったことを確認すると、残った薬を他の細かな傷にも振りかける。
男の容体がある程度回復したのを確認すると、立ち上がって洞穴を飛び出し、もう一人の人間のもとへ向かう。
木のそばにもたれかかったままの人間にも、持ってきた回復薬を先ほどと同じように振りかけていく。
引きずられてできた傷などは、これで治った。
「うぐ……う……」
折れた腕に回復薬をかけると、痛みが強いのか、男はいっそう顔をしかめる。
その様子を見て薬をかけるのを止め、代わりに持ってきていた木板と紐を使い、添え木代わりにした。
それから男を背負い、洞穴の中へ運び込む。
二人を安静に寝かせると、他に使えそうなものはないかと木箱の中を探し、ランタンや魔物避けの薬草の束を取り出す。
ランタンを二人のそばに置き、灯りをともしておいた。
そして魔物避けの薬草の束は、そのまま焚き火の中へ放り込む。
これでしばらくは、ここに魔物や魔獣は寄ってこないはずだ。
二人の安全を確保したあと、洞穴から出る。
「とりあえず……これ報告したらいいよね」
そう呟き、王都へ戻るのだった。




