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第四章 俺の世界へようこそ

引き取ってからしばらくのあいだ、

寅次郎は家の中を探索し続けていた。

リビングの隅から廊下、

キッチンの下、そして寝室の入り口。

どの場所にも自分の匂いを残すように、

鼻先を押し付け、

ゆっくりと歩いて回った。


まだ外に出たことのない寅次郎にとって、

玄関のドアはこの家の“果て”だった。

扉の向こうに何があるのか、

いつも不思議そうに見上げていた。


初めての散歩は、

秋の気配が漂う午前のことだった。

妻がリードを持ち、

私はデジカメを構えた。

マンションのエントランスを出た瞬間、

寅次郎は足を止め、

しばらく動かなかった。


「ほら、寅。行こう。」

声をかけても、

耳だけがぴくりと動くだけ。

風の匂い、アスファルトの熱、

遠くで聞こえる車の音――

どれもが新鮮で、少し怖かったのだろう。


それでも数歩ずつ進むうちに、

体の緊張がほどけていった。

そして、歩き始めておよそ五十メートル。

突然、足を止めて体を小さく折り、

肛門を大きく開いた。


それが、

寅次郎の“外での初うんち”だった。


最初の散歩の最初の印。

その姿は、

後ろ足をそろえて体をくの字に折る独特のスタイル。

その慎ましい姿勢は、

彼の生涯を通じて変わることがなかった。


終えると、

振り返ってこちらを見上げた。

どこか誇らしげな表情をしていた。

私は笑いながら言った。

「ようやったな、寅。」


妻がビニール袋を手にしながら、

「写真撮った?」と聞いた。

「撮った。これは記念や。」


ほんの短い距離の散歩だったが、

その道のりは、

寅次郎にとってはひとつの“旅”だった。


部屋に戻ると、

冷たい水を一気に飲み干し、

お気に入りの毛布の上で丸くなった。

その寝顔を見て、

私はふと思った。


――この子の世界は、今日から外へ広がった。

けれど、

その中心にいるのは、いつも私たちだ。

俺の世界へようこそ。寅次郎、いろんなところへ行こうぜ!

そう思うと、胸の奥が少し熱くなった。

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