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第二章 富の寅次郎

2014年9月3日。朝から陽が高く、秋の気配を帯びた風が富士山のふもとを抜けていた。

この日を、私は何度も夢に見た。

小さな芋虫のようだったあの子を迎えに行く日。


助手席には義母、後ろの席には私。

車内には、

新しいリード、小さな首輪、ペットシート、そしてクレート。

すべてが新品の匂いを放っていた。


「いよいよやな。」

「ほんとに来るんだね、寅が。」

そのときはまだ、名前を正式に決めていなかった。

けれど、心のどこかではもう決まっていたのだと思う。


富士野荘に着くと、犬舎の主が静かに迎えてくれた。

「お待たせしました。今日から家族ですね。」


奥から小さな足音が聞こえた。

母犬のあとをちょこちょこと追いかけるように、

一匹の赤茶色の子犬が現れた。

それが、二か月ぶりの再会だった。


「大きくなったなぁ……。」

思わず口から漏れた言葉に、

妻と義母が同時にうなずいた。


犬舎の主が言った。

「名前、決まりましたか?」


私は少し間をおいてから答えた。

「はい。“富の寅次郎”にします。フーテンの寅さんよ。」


「富士山の“富”をもらったんですね。」

「はい。この子が富士のように堂々と、

 どんな環境でも自分を見失わずに生きてくれたらと思って。」


「いい名前です。」

その一言が、今も耳に残っている。


まさかこのあと私たちと共に西にフーテンするとはね・・・・・。


クレートの扉を閉めるとき、

寅次郎は一瞬こちらを見上げ、

小さく鼻を鳴らした。

その音が、「行こう」という合図のように聞こえた。


帰り道、

私は後部座席からクレートを覗き込み

「かわいい」「ちょっと眠そう」「ねぇ見て、舌出してる」

と、途切れない声を交わしていた。


妻は運転席で黙ってハンドルを握りながら、

バックミラー越しにちらりと覗いた。

寅次郎は小さく丸くなって眠っていた。


家までの道のりが、

こんなにも長く、愛おしい時間になるとは思わなかった。


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