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第一章 酸素ハウスの静寂

リビングの隅に置かれた透明な箱の中で、寅次郎は必死に呼吸をしていた。


酸素の流れるかすかな音が、部屋の空気をわずかに震わせていた。


その音は、長い歳月の終わりを告げる鼓動のようでもあり、


まだこの世界に留まろうとする生命のささやきのようでもあった。




私はその箱のそばに座り、


何度目かの夜を、ただ黙って見つめていた。




毛並みは白く淡く、


ところどころに、若い頃の赤みがまだ残っていた。


閉じられたままの目元に手を添えると、


かすかにまぶたが動いたように見えた。




この酸素ハウスを手配したのは三日前、


2026年1月16日のことだった。


寅次郎の体はもう、自分の力で酸素を取り込むことが難しくなっていた。


けれど、この箱に入った途端、


彼は少し落ち着いたように見えた。




外の冷たい空気とは隔てられた、


ぬるい透明な世界の中で、


寅次郎は苦しそうに呼吸を続けていた。




その姿を見ながら、私は思った。


――この十年が、夢のようだったと。




2014年の夏、あの富士山のふもとで出会った小さな命。


最初は芋虫のようにしか見えなかったその子が、


いまはこうして、


家族の真ん中で、独り、不治の病と闘っている。




寅次郎。


十年前のあの日、


私はお前のことを“寅”と呼んだ。


それが最初の呼びかけで、


そして、最後の呼びかけになるとは思わなかった。



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