第十五章 春の帰還 ― コロナの春に
名古屋での二年間が穏やかに過ぎていった。
そんな折、世界が静かにざわめき始めた。
――コロナウイルス。
ニュースで繰り返されるその言葉が、
遠い国の出来事ではなく、自分の暮らしのすぐそばに迫ってくるのを感じた。
街の空気が少しずつ変わり、人々の声が小さくなっていった。
そのころ、本社から辞令が出た。
四月から本社復帰――。
まるで季節の風が入れ替わるように、
名古屋での日々に終わりが告げられた。
三月。
新幹線700系の引退が発表された。
ところが、予定されていた引退式はコロナの影響で中止になった。
ニュースの映像には、誰もいないホームと、
その中を静かに通過する白い車体が映っていた。
それでも、どうしても最後の走りを見たくなった。
私は寅次郎を連れて、庄内川の鉄橋へ向かった。
冷たい風の中、
遠くから聞こえるモーター音が次第に大きくなっていく。
やがて川面の向こうに、
あのカモノハシ顔の700系が姿を現した。
多くの人がカメラを構え、
誰もが息を止めて見守る中、
列車は春の光を浴びながら通り過ぎていった。
寅次郎はじっとその姿を目で追い、
列車が見えなくなると、軽く鼻を鳴らした。
まるで「終わっちゃったね」と言っているようだった。
私はその小さな音に、
何かを見送る覚悟のようなものを感じた。
あの鉄橋で見た光景は、
不思議と心の奥に残っている。
新幹線の去りゆく姿に、
自分たちの名古屋での暮らしの終わりを重ねていたのかもしれない。
大阪で三年、名古屋で二年。
気づけば、私たちはいろんな土地で暮らしてきた。
寅次郎はいったい何弁を喋るのだろう――
そんなことを考えて、
車の中で妻と笑い合った。
「関西弁でもないし、名古屋弁でもないね」
「うちの子は“寅次郎弁”だよ」
妻がそう言って笑った。
確かにあの子の言葉は、どこの方言でもない。
けれど、その尻尾の動きひとつで、
何を言いたいのか、私たちにはすぐにわかるのだった。
月末、荷物をまとめた。
名古屋の家の床に最後の光が差していた。
壁際に並んだ段ボールを見つめながら、
「この部屋でよく笑ったな」と思った。
大家さんは別れ際に「寅ちゃん、ええ子やったね」と微笑んでくれた。
寅次郎がこの家を少し壊してしまったことなど、
誰も気にしていなかった。
それがこの街の、人の温かさだった。
そして四月。
本社復帰に合わせて、私たちは実家へ帰ることになった。
新しい季節が始まるはずなのに、
世の中はどこか静まり返っていた。
マスクをつけたまま荷物を積み込み、
見慣れた街並みを後にした。
信号が青に変わると、寅次郎が窓の外を見つめた。
名古屋の空の下で過ごした二年間。
その日々は確かに、私たちの心の一部になっていた。
「さあ、帰ろう。」
そう声をかけると、
寅次郎は小さく尻尾を振った。
静かに流れる春の空気の中で、
車はゆっくりと名古屋を離れていった。
――春は、別れと始まりの匂いがする。




