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第十四章 名古屋

名古屋への転勤が決まったのは、

年が明けてすぐのことだった。


大阪を離れて次の土地へ――

寅次郎とともに新しい暮らしが始まる。


最初は不安もあったが、

荷物を運び込み、新しい部屋に寅次郎の布団を敷いた瞬間、

その不安はすっと消えていった。

寅次郎は落ち着いた顔で、

まるで「ここが今日からの家だね」と言わんばかりに座り込んだ。

その順応の早さに、私たちは少し驚かされた。


風がやわらかく、人もあたたかい。

それが名古屋の最初の印象だった。


名古屋での二年間は、

今振り返っても不思議なほど濃い時間だった。


三十円の鶏皮焼鳥屋で飲んだ夜のことを思い出す。

庶民的な店の赤提灯の下、

焼き台の煙が少し服に染みついた。

ビールの泡が喉を滑り落ちるたびに、

「この街に来て良かったな」と思えた。


甥っ子と行った名古屋ドームでも、

私はやっぱりビールを飲んでいた。

試合よりも甥っ子のはしゃぐ顔を眺めている時間の方が楽しかった。


そしてある休日、

寅次郎を連れて出かけた三岐鉄道で、

懐かしい西武鉄道の赤電に出会った。

幼少期に育った街で見たあの車両が、

五十年の時を経て、まだ現役で走っていた。

線路のきしむ音を聞きながら、

胸の奥がじんわりと熱くなった。

――あれを見られたのは、寅次郎のおかげだ。

あの子がいなければ、

こんな場所まで足を運ぶこともなかっただろう。

そして、トシヒコのおかげで

大相撲名古屋場所を二度も観ることができた。

枡席で飲んだ冷えたビールの味は、

いまでも鮮明に覚えている。

新日本プロレスの観戦も同じだ。

歓声の渦の中、

知らない人と肩をぶつけ合いながら飲む一杯が、

妙に沁みた。


どんな場所にいても、

酒と笑いがあれば、人生は続いていく。

そしてその中心には、

いつも寅次郎がいた。


名古屋での日々は、

特別な出来事よりも、

何でもない日常の積み重ねが輝いていた。


仕事を終えて帰ると、

玄関の先で尻尾を振って待っている寅次郎。

その姿を見るだけで、

疲れがふっと消えていった。


翌朝の散歩道、

寅次郎は歩き出して数分でうんちと放尿を済ませる。

まるで「今日も大丈夫」と言っているようだった。


私たちは顔を見合わせ、

小さく笑った。


「寅は、ほんとにお利口だね。」


その朝の光と風、

そして名古屋の空気のやわらかさを、

今でもはっきりと覚えている。


あの二年間は、

確かに人生の中で最も穏やかで、

心が満たされていた時期だった。


――人の縁も、犬の縁も、すべては同じ線の上にある。


その線を歩いていたのは、いつも寅次郎だった。

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