【2話】当然のように進む日常
朝。
目を開けた瞬間、天井の装飾が視界に入る。
(……そうだ。ここは元の世界じゃない)
一拍遅れて、現実が戻ってくる。
昨日は、なんとか一日を乗り切っただけだった。
何をどうしたのかは正直曖昧だが、それでも大きな問題は起きていない。
上体を起こし、ゆっくりと周囲を見回す。
広い部屋。無駄に豪奢な調度品。明らかに自分のいた世界とは違う空気。
そして、静かすぎるほど整った空間だった。
「……確認するか」
小さく呟いて、ベッドから降りる。
部屋の隅にある鏡へと向かった。
鏡の中に映ったのは、見知らぬ少年だった。
ブロンドの髪は整えられ、光を受けてわずかに輝いている。顔立ちは整っていて、年齢よりもどこか落ち着いた印象を受ける。体格は過度に鍛えられているわけではないが、貴族らしく無駄のない印象だ。
(これが、今の俺か...)
自分の顔のはずなのに、どうにも実感が湧かない。
役作りのために何度も鏡の前に立ったことはある。だが、それとは決定的に違う感覚だった。
他人を演じているのではなく、他人として存在している。そんな奇妙な感覚があった。
(まぁ、考えても仕方ないか...)
軽く息を吐き、視線を鏡から外す。
そのとき、ノックの音が部屋に響いた。
——コンコン。
「ヴァイス様、お目覚めでございますか」
聞き慣れてきた声。メイドのメアリーだ。
昨日、一日の中で自然と名前を知ることになった女性。
ブラウンの髪をきちんとまとめた、落ち着いた雰囲気の女性だった。年齢はまだ十代後半といったところだが、その所作には妙に慣れた大人びた空気がある。
昨日と変わらぬ所作で一礼し、こちらを見る。
「おはようございます、ヴァイス様」
「おはよう、メアリー」
短く返す。
メアリーは一瞬だけ、こちらの様子を確かめるように視線を向けた。
だが、それはすぐにいつもの丁寧な表情へと戻る。
「ヴァイス様、本日のご予定ですが...」
「......ああ」
短く返すと、メアリーは一歩だけ近づき、説明を始めた。
なんとなく雰囲気だけを掴みながら、表情だけは崩さない。
「以上が本日の予定でございます」
「分かった」
それだけ返す。
メアリーはわずかに間を置き、続けた。
「それと、来月からの学園入学に向けた準備ですが、問題なく進んでおります」
メアリーは、まるで当然の確認事項のようにそう言った。
「……学園?」
思わず、その単語だけを繰り返す。
メアリーの動きが、ほんの一瞬だけ止まる。
「はい、このユークリア国の教育機関でございます。十五歳で入学されるのが通例かと」
わずかに首を傾げるその視線に、違和感が混じった。
ほんの一瞬の沈黙。
(まずい)
だが次の瞬間、俺は表情を整えた。
「……分かっている。少し確認しただけだ」
できるだけ自然に、淡々と。
何でもないように言い切る。
メアリーの目がわずかに細くなる。
「左様でございますか」
「それでは、失礼いたします」
静かな所作のまま、部屋を後にする。
扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。
部屋に再び静寂が戻った。
(……今のは、少し怪しまれたな)
ようやく息を吐く。
(いや、そもそも、この世界の学園って何をするんだ)
十五歳で通う場所。
社交? 礼儀作法?それともファンタジー世界なら剣と魔法を学ぶのか?
どれも言葉としては理解できるのに、実感が伴わない。
(そんな場所に行って、大丈夫なのか俺)
今さらになって、じわりと不安が押し寄せてくる。
「…いや、やるしかないか」
小さく息を吐き、視線を上げる。




