それぞれの事情
後半部分は、お食事中の方はお控え下さい。(下事情につき注意です)
ベースキャンプから、ダンジョンまでの道をつくり始めてから三日。 魔の森の静けさの中に、木を切る音だけが木霊していた。
俺が木こりとなり、森のなかをまっすぐに木を切り、道幅5メートル程の間をあけて、ダンジョンへと向かう道をつくる予定である。
ベースキャンプの北側から延びる、ダンジョンへの道は、おおよそ2キロメートルとなる予定だ。
現在は、その半分の距離までの道を、伐採してつくっている途中である。
「いやぁ、思ったより手間が掛かりますね」
「そりゃそうだ。 魔の森に道をつくるとか、そんな発想をするのは、あんちゃんくらいだかんな」
最初は、ダンジョン前の空き地を確保する提案があがったが、ベースキャンプの人員も少なく、また安全を確保する人員もままならないので、ならば移動をしやすくするべきではという意見にまとまり、その案を実行する事と為りました。
「この道を完成させれば、村の方にもつくるんだろ?」
「そうです。 まあ、それまでの間にゴブリンたちも増えると思うんで、一度村に帰る予定です」
俺とドワイトさんの会話を聞いて、その場にいたハンター達も、一度村に帰るのに同調する。
「そうだな、一度帰って、人を増やさねえと駄目だ。 そろそろ、酒の味が恋しい頃合いだしな。 飲みたいよな?」
「「「飲みてぇ……」」」
「ははは、奥さん達には聞かせられないセリフですね」
「「「うっ……」」」
ドワイトさんの本音は皆も同様で、その場の全員が苦笑いとなった。
◇◆◇
ダンジョンまでの道も、八割がた完成した三日後、ケントさん達がベースキャンプへと帰還した。
「えっ? 黒髪の人が居たのですか?」
「ええ、三人ばかしですが、タツヤさんと同じ黒髪、黒目の男女でした」
(もしかして、転生者だったりすんのかな?)
「うーん、黒髪黒目は珍しいんでしたっけ?」
「そうだ。 黒髪はたまあに居るが、あんちゃんみたいな黒目には会ったことがないな」
リユート村に現れた人の中には、燻製や耐熱煉瓦を作ったとされる人を訪ねて来たとあり、俺は会ってみたいと思った。
だが、ダンジョンまでの道と、リユート村までの道の事もあるので、まずはダンジョンまでの道を完成してから、会いに行くと決めた。
「そうか、あんちゃんの同郷だといいな」
「ええ、知り合いとまでは行かなくとも、会ってみたいですね」
おそらく、俺と同時期に転生された人だとは言えないが、ドワイトさんは俺の心情を察してくれる。
「すみません、しんみりしちゃいましたね。 せっかくケントさんが持ってきて下さった酒がまずくなっちやいましたね。 さあ、飲みましょう。 俺も飲みたい気分ですし、ぱあっと、いきましょう!」
「おう、飲むか! そうだ、まだ肉もあんだろ? じゃんじゃん持ってこい! 今夜は景気よく飲むぞ、お前たち!」
「「「おおー!!」」」
暗い雰囲気を一掃し、宴会の支度をしだす面々を眺め、俺は彼らと逢えたことに感謝した。
◇◆◇
「おはようございます、稔さん」
「おはようございま〜す」
「ああ、おはよう。 徹くん、理恵さん」
目を覚ました私は、宿屋の一階に下りると、そこには一昨日に知りあった兄妹と挨拶を交わした。
ここリユート村には、宿屋は一軒しかなかったが、それが功を奏し出会いが待っていた。
「君らは朝が早いね。 ゆっくり、休めたのかい?」
「ええ、ばっちりですよ。 稔さんも、早いですよね」
「はは、私はいつも早くに目が覚めてしまう質でね。 顔でも洗おうかと、思ってるところだよ」
「私も、顔洗わなきゃ」
そんな取り留めない会話をしながら、彼らと朝の支度を始める。
ここリユート村は、朝が早い。 とくに宿屋や食堂などは、夜明け前には開いていたりする。
この村の近隣には、実り豊かな森があり、動植物から獲れる産物が主な産業となっていた。
「徹くんたちは、今日も森へ行くのかい?」
「はい、その予定です。 なあ?」
「えっ? 私はちょっと……」
私の問い掛けに、徹くんは即座に答えたが、理恵ちゃんは少し戸惑い気味であった。
「そうかい、なら私もご一緒しても良いかな?」
「是非、お願いします!」
「はあ…… お願いします」
徹くんは、元気が有り余っているが、やはり理恵ちゃんは元気がない。 理由はちょっと聞く気にはならないけど、年頃の女の子なので言わずもながである。
この異世界に来て、男の子特有のやる気に満ちた彼には、まだまだ経験や知識も足りてないのだから、致し方ないのかも知れない。
「よっしゃあ、今日もバリバリ稼ぐぜ!」
「ははは、お手柔らかにね」
「もう、お兄ちゃんうざ過ぎぃ……」
その後、三人でマリー商会に立ち寄り、仕事の依頼を受けて、北にある森へと向かった。
◇◆◇
今日の仕事は、北の森で薬草の採取と、東の森でのゴブリンの討伐です。
「それじゃ、稔さんお願いします」
「はい、護衛は頼みますね」
「私もお手伝いします」
私達はパーティーを組んで、それぞれの得意分野で活動します。
私は戦闘時には僧侶、採集時には薬師になって、薬草採取の仕事に励みます。
徹くんは、戦士で辺りの警戒を担当し、理恵ちゃんは狩人で索敵と、私のサポートに着いて貰います。
北の森には、大きなイノシシがいるとの事ですが、リユート村の大事な資源なので、まだ私達には手出ししないで欲しいと、マリアンヌ氏から注意を受けました。
徹くんはそれに抗議しましたが、我々はよそ者なので信頼を築くのが先と窘め、なんとか受け容れて貰えました。
まあ、後から聞いた話では、北の森のイノシシは大きく、体長にして5メートルを超える存在なので、そんな危険な仕事をさせず、村に永住する気がない者には、狩りにすら参加させないという、配慮が為されているのだと、村長さんの方針を伝えられました。
それは、そうですよね。 村の大事な資源ですし、勝手に狩られたら堪らないですし、怪我をされたり、傷ついた大イノシシに暴れられたら、それこそ危険極まりない事態になりますもんね。
「俺らも、イノシシの狩猟に参加出来たらなぁ」
「しょうがないでしょ。 村長さんの方針に、永住する人だけって有るのよ。 お兄ちゃんは、永住する気は無いよね?」
「まあ、そうなんだけど…… そういう理恵は、どうなんだ?」
「あたし? あたしは住むつもりよ」
「ふむ、いい村ですしね。 私もしばらくはご厄介になろうかと思ってます」
「ええ!? マジですか?」
「お兄ちゃんはさ、なんで住まないの? あのお風呂とトイレがないとか、あり得ないんですけど……」
そうなんですよ。 彼女が言うとおり、宿屋の風呂とトイレは、ウォシュレットがないのはともかく日本の洋式に近く、風呂に至っては浴槽もあって、尚かつお湯が使い放題という、大きなボイラーまでが設置されているのです。
流石にシャワーはないですが、今までのような水浴び程度の風呂では、冬場はかなり辛いうえに、お湯を貰って体を拭くだけでは臭うし、風呂場にあるあの石けんの使い心地もかなりよく、髪がごわつかないシャンプーや、リンスまでもあって外せません。
現代の日本とまではいかなくとも、ごわごわ、がさがさにならないのも有り難いですし、なにより清潔に暮らせるのであれば、これ程に有り難いものはないのです。
あと着いて早々にトイレを借りた時の衝撃は、今も忘れず感動にうち震えています。
先程も言いましたが、洋式トイレなんです。 ただのぼっとんトイレとは違うんです。
こんな事を言うのは恥ずかしいのですが、言わせて下さい。
皆さんがどう思われるかは分からないですが、臭わないんです。 ここ一年、いやこの世界にきて一番苦労したことは、何を隠そうトイレ事情でした。
風呂はまだいいんですが、トイレだけは共同しかなく、すごく汚い上に、鼻が曲がる程に臭いんです。
正直、野〇〇した方がマシなんです。
不衛生なのは、致し方ないのです。 だけど、あの臭いと汚らしいのだけは我慢ができずに、未だに慣れていません。
何をどれだけ言われようが、トイレだけは、この村のものが普及しない限り、彼女の言うとおりに、他の場所に住むという考えは、有り得ません。
なので、彼女の心情がどの程度のものなのか、察するにご理解頂けると思います。
美味し食事も大事ですが、臭い汚いを我慢せず暮らせるのが、どれ程の価値があるのか、彼にも伝わると良いのですが、ここは見守ろうと思います。
「むう、分かったよ。 だけど、タツヤとかいう奴がどんな人かで、俺は決めるからな、理恵も分かるだろ?」
「は〜い…… あたしはリユート村で良いと思うんだけどなぁ……」
「まあ、仕事を進めましょう。 結論はまた今度に……」
その日は、引き受けた依頼をこなし、村に帰り着くと日はすっかりと傾き、村の中で煮炊きする煙がうっすらと立ち昇っていました。




