最終話:正々堂々と
童は飛天と凛の間に座って真正面に立つ姉上と対峙していた。
姉上の左右には父上と母上が座っていた。
昼食を済ませた後に父上達が屋敷に現われて童の身柄を返すように言ってきた。
父上達は前のようにヒステリックにならずに冷静に話し始めた。
「娘、黒闇天とはまだ正式に婚約をしてないから返して貰いたい。それに本当なら白明天が貴殿の妻になる筈であっただろ?」
父上は冷静に余裕のある口調で飛天に言った。
「黒闇天はまだ世間の事をよく知らないし花嫁修業も習得してません。そんな娘を嫁に出せません」
母上が付け足すように喋った。
確かに童と飛天は正式に婚約をしてないし母上の言う通り華道も茶道も習得していない。
その点、姉上は父上の進めで見合いもして華道も茶道も習得しているから飛天の嫁としては申し分ない。
チラリと姉上を見ると勝ち誇ったように笑う姉上と視線が合った。
童は悔しさで胸が一杯になった。
ここで連れ戻されたら飛天と離れて恐らく二度と会えないだろう。
そんなのは嫌だった。
「黒闇天。わし達と一緒に帰ろう」
父上が真剣な眼差しで見つめて来た。
「・・・・・嫌です」
童はギュッと扇を握り締めて答えた。
「童は飛天と一緒にいたいです。飛天の妻になりたいのです」
童の言葉に父上は瞠目した。
「黒闇天!!」
母上がヒステリックな声を上げた。
「・・・・確かに童は華道も茶道も何も出来ません。だけど、だけど頑張って覚えて父上たちが誇れるような娘になります。だから・・・・・・だから童から飛天を取らないで下さい!!」
童は土下座した。
きっと我儘で親不孝な娘だと父上は怒って力づくでも連れ戻そうとするだろう。
そうなったら、自害しよう。
ここで死ねば童の魂は飛天の屋敷に残りずっと飛天と一緒にいられる。
不意に優しく身体を抱かれた感触がした。
眼を開けると飛天が童の肩を抱いて笑っていた。
「安心しろ。誰もお前を手放さねぇよ」
「夜叉王丸様!!」
姉上が怒りの表情を露わにして童を睨んだ。
「私より妹を選ぶのですか?」
ギロリと童を睨む姉上。
「こんな殺し文句を言われたら放したくなくなります」
姉上の睨みを真っ向から受け止める飛天。
「華道も茶道も出来ない落ち零れですよ」
「華道や茶道が出来なくても俺は気にしませんし努力次第で伸びます」
「それに夜叉になったとしても私は悪魔。邪神である黒闇天の方が妻に相応しいです」
「くっ・・・・・」
姉上は苦虫を噛んだように顔を歪めた。
対照に童は飛天に抱き付いた。
「飛天!!」
「もしも、実力で黒闇天を奪うのであれば私も実力で抵抗します」
「・・・・わしと一戦を交える気か?」
「必要とあれば戦をします」
飛天の言葉に父上は神妙になった。
恐らく飛天の言葉は本気なのだと分かったのだろう。
軍神である父上と飛天が戦をすれば甚大な被害が及ぶのは目に見えている。
争いを嫌う観音様や菩薩様がいる天竺で私情の戦をすれば断罪は必定。
世間体を大事にする父上なら身を引くだろう。
「まぁ、私や毘沙門天殿の意見よりも黒闇天の意見を尊重するのが一番良いと思います」
飛天は童を抱きながら言った。
「・・・・・・・・」
「毘沙門天様が本当に黒闇天を娘と思うのであれば、黒闇天の気持ちを大事にすると思いますが?吉祥天殿もそうですよ」
二人は無言になった。
姉上の方は怒りが治まらないのか孔雀の羽根で出来た扇を震える手で握り締めていた。
「・・・・・黒闇天。嫁に行くという事は苦しい事もあるが耐えて夫を支えなければならない。それでも良いのか?」
父上が真剣な口調で聞いてきたが童の心は決まっていた。
「・・・覚悟は出来ています」
「・・・・分かった。夜叉王丸殿の妻になる事を許そう」
父上の言葉が信じられなかった。
あれだけ駄目だと言っていた父上が許してくれたのじゃ。
「貴方!!」
母上が悲鳴に近い声を上げた。
「黒闇天の決意は堅い。それに、凛の言う通り今さら親面する方も悪い」
どこか悲しそうに笑う父上。
「で、でも!白明天はどうするのですか?本当なら白明天が夜叉王丸殿の妻になる筈でしたのに!?」
「白明天。主はどうしたい?」
父上が姉上に聞いた。
「私としては不快極まりないですし、夜叉王丸様を諦める気もありません」
姉上が挑戦的な眼差しで睨んできた。
「本来なら力づくで引き離す所ですが、さっきの黒闇天の姿を見て考えを変える事にしました」
「この白明天。正々堂々と黒闇天から夜叉王丸様を奪ってみせます」
誇りと自信に満ちていた姉上。
その姿に童は圧倒されそうになったが負ける訳にはいかないため毅然とした。
「童も正々堂々と姉上から飛天を奪います」
姉上は童の視線を真正面から受け止めて尚も毅然としていた。
これから、姉上と正々堂々と戦って飛天を奪い合うだろうが、童の心は何処か晴れやかだった。
恐らく姉上にここまで毅然とした態度で物事を言われた事がないからじゃろう。
母上は悲しそうな表情をしていて父上に慰められていた。
これから始まる出来事に童は楽しさと姉上達との絆の修復に胸が躍る気持ちになった。
完
この度は、私の駄作に付き合って頂きありがとうございました。
このような終わり方で申し訳ないと思っています。
改めて天魔恋物語と一緒にリメイクして出したいと思っているので、お待ち下さい。