疎外
◆◇◆◇◆
………苛つく。
ざわざわとなにやら楽しげに集まったガキ共と、その中で外見だけはもう大人である人間を遠目に見た。
その平和そうな光景に、どうしようもなく苛立った。
◇◆◇◆◇
「いい子だなー。イリスちゃんて」
後ろからかかった声に振り向くことはしない。さっきからずっとその気配は読めていたので驚きもなかった。
俺は話しかけてきたヴァインズに答えるよりも、別の方向に留まって同じく広場を見ている奴を注視しなければならない。
ヴァインズもそれを承知の上で、話しかけ続けてくる。
「さっきは悪かったな、レイン。止める間もなく人間の匂い嗅ぎ付けて、あいつが飛び出しちまって」
いや、と頭を振った。
「俺の方こそ迂闊だった……イリスがあんまりにもすんなり馴染んでたから、人間だって意識が抜けてた。いや…人間だってことはもちろん分かってるけど、生活していく上でまったく違和感がないからな…」
それはイリスの性質とか努力によるものなのだろう。彼女はできる限りエルフの生活に寄り添おうとしていて、そこに無理を感じさせないぐらい自然体だ。
エルフの間の決まりごとや慣習に最初は戸惑っても直ぐに慣れる。適応力が高く、村にいた頃との相違点や共通点を見つけるたび、興味深そうに次々とエルフの生活を身に付けていった。
「へぇ…ベタ褒めだなぁ。お前にしては珍しく」
ニタァと厭らしく笑いながら頬をつつかれる。
その手を勢いよく振り落としてやった。
「痛いっつーの!!手加減しろよ手加減!」
「バシッて良い音した!!」と抗議をするので、「そりゃ良かったな」と鼻で笑ってやった。
どうされるか分かってながらやってるんだ。
俺が嫌がって叩くのまで予想してたはずだ。
事実、避けようとした。……すかさず追いかけて、全力を以て叩いてやったけどな。
こいつ相手に手加減とか、無駄にしかならない。
「お前もなぁ…結構容赦しないよな。さすが兄弟。里のお前の信奉者とかイリスちゃんにバラすぞ、その微妙にひねくれた性格」
…こいつは………本当に変わってないな…
いちいち神経逆撫でするような言い方が、あの人に似てる。
「そうだな。従兄弟のお前も、あのババアの血を引いてるだけあるよな。その無神経さとか、あり得ないほどの図太さとか特に」
「おうよ!お婆様の血は俺の誇りだ!」
…チッ。ぜんぜん嫌味が効かない。
「だいたい信奉者ってなんのことだ。里の奴らは、俺個人でなく一族を支持してくれてるだけだろう。しかも俺の性格が悪いのなんて、イリスにはもうとっくにバレてる」
「え。マジか。そ、そいつはすげぇ…」
なんだか知らないが、珍しくヴァインズが動揺したようだ。
そして深刻そうにぶつぶつと呟き始めた。
本当に小さい声なので
「いやまさか…」「…でもさっきお兄さんも……」「こりゃぁ…めんど…いやいや、めでたい…」
と、途切れ途切れに聞こえた。なんのことやら。
「……言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ?」
煮え切らない態度に眉間に皺を寄せながら問う。
だがヴァインズはあっさりと言い切った。
「いや、俺はこの件に関してはできるだけ傍観者に徹するわ。他のことで手一杯だし」
この件ってなんのことだ。
疑問には思ったが、再び問い質すことはしない。代わりに眉間の皺を深くした。
開けっ広げに見えて、こいつは長老と兄上並みに食えない奴なのだ。遠回しな気になる言い方をするときは、下手に追い回すと藪をつついて蛇を出すという事態になる。
過去の惨憺たる結果を思い出して、深いため息が出てきた。その勢いを圧し殺したものだから、余計疲れが溜まった気がする。
“この件”とやらの追及は諦めて、他に確認しておこう。
「……イリスのことは、長老と兄上に聞いてきたか?」
「ん。ああ、クウェリと一緒にちゃんと聞いてきた。エリスの花探しまでやったんだってな」
「……お前は、どう思う?」
「どうって?」
ヴァインズが察しの悪い振りをする時は、訊いた相手と違う答えが決まっている時だ。引く機会を相手に与えてくれる。
それが、こいつなりの優しさでもある。
―――それでも、これは逃すことは出来ない問いだ。
「イリスのことだ。この里に住むことについて、お前はどう思う」
別方向を向いたままだが、真っ直ぐ問えばヴァインズが苦笑する気配が伝わってきた。
まるで俺が逃げないことを知っていたかのように。
「俺は、反対だな。確かにあの子はいい子だと思う。善良で、里にいい影響すら与えうる存在だと思う。そしてエルフだろうと人だろうと他者を思いやり、愛することができ、また愛される子なんだろうな。お前らの観察眼をクリアしたんだ。確かだろう。
―――だからこそ、俺はあの子がこの里に住むのに反対する」
◆◇◆◇◆
「そうか…」
半ば予想していた答えだが、軽く失望した。ヴァインズに対してではなく、自分の考えの甘さに。
今イリスが友人としているミューズたちぐらい若ければそうでもないのだが、ヴァインズの反応は当時を知っているエルフたちにとっては当たり前のモノなのだ。
もう少し問うのを後にすべきだったかも知れない。
答えは変わらなかったかも知れないが、ヴァインズは基本小さくて守ってやりたくなるような奴に優しいから、イリスを認めればその決定も鈍るはずだった。
己の軽率さに表情には出さず、内心で歯噛みした。
「……と、言うつもりだったんだけどなぁ」
「は?」
ふっと空気を緩めて、ヴァインズは動いた。
その明るい声に戸惑って聞き返す。
思わずチラリと別方向の気配から視線を逸らして隣を見やれば、ヴァインズは地べたに胡座をかいて座っていた。その上、頬杖をついて、前を見据えている。
視線の先には、花の冠を手渡すモコシアに対して柔らかい笑顔を返したイリスがいた。
「…俺もさぁ、やっぱりチラッとあの事を思い出して、反対っていう意見が最初に浮かんだんだよなぁ。やっぱ。……イリスちゃんが善良なだけの人間だったら、どんだけかかっても人里に返すべきだって主張してた……と思う。人間の村にも良し悪しがあるから、そういうの旅に出てる俺らがちゃあーんと見極めて、安心できる居場所を探して来てやるからーって」
「……でも、お前はそうは言わないんだな?なんでだ?」
少しだけ沈んだ気分が浮上した。
「んー……そうだなぁ……。イリスちゃんが、さ。さっきの会話で咄嗟に話ずらしてくれたよな。あいつの髪、銀髪で気になっただろうに」
「ああ、イリスは聡いからな…」
イリスはクウェリが変化を解いた時の姿を一瞬興味深そうに見ていた。
当然だ。誰だってみんなが金髪の中でひとりだけ銀髪なら気にならない訳がない。もともと好奇心が強いイリスならなおさら。
イリスは基本、生活の中でもたくさんの疑問を持って、それを誰かに聞くことを躊躇わない。だから今回もいつもと同じに質問がその口をついて出てくると思っていた。
けれどまじまじと観察されたクウェリが表情を歪ませてから、イリスはパッと自分の興味と話の先を変えた。
その時のクウェリの表情は、事情を知っているレインやヴァインズから見ても「相手を見下す」ようにしか見えなかったのに、イリスはそこから見事になにかを嗅ぎ当て、「触れてはいけないもの」だと判断したのだ。
話の変え方は唐突ではあったが、とっさの機転に助かった。
その感覚は多分、人の村にいた頃、イリスが必死に他人の空気を読もうとして身に付いていたものだろう。それがどれほど卑屈に思えても、愛想笑いに疲れても、彼女はきっと努力を重ねてきたのだ。
そうして重ねてきていた信頼や努力を、あっさりと断ち切られた時、イリスはどう思ったのだろう。
初めて出逢った時、彼女の蜜色の瞳はぼんやりと虚空を見つめていた。
夜空の下でも分かる、弟と張るほどに白い肌は、雪のように真っ白な弟とは違って、ミルクを固めたように暖かみのある色で、反面とても、儚げで。
今すぐにでも、消え入りそうに見えた。
回想に飛びかけた思考の淵で、ヴァインズの声がした。
「そうだよなぁ。あと強そうっつーか。見た目というより、中身がさ」
「ああ…確かに」
ましろき者を迎えに来たはずが、ミルク色の肌以外に、彼女は髪の毛にも瞳にも色を持っていた。
どうやら目の前の娘はましろき者と違うようだ。それなら何故縛られてるフリをしているのか(実際にはフリではなく、イリスは本当にほどけなかったようなのだが)。何かの罠だろうか。
そんな頓珍漢なことを思って、とりあえず少しの間訝しげに様子を見ていた。
ひっそりと消え入りそうな姿に無償に苛立ち、自暴自棄に吐かれた言葉に居ても立ってもいられなくなり結局は横柄な登場をしてしまった。
…思えばあの時から、イリスに対して性格の悪さは露呈していた。
こちらが話しかけても茫然としているから、予定以上に発破をかけてみたら、予想外に噛み付かれた。
その時に月光を弾いて見返された蜜色の瞳が、印象強く残っている。
柔らかな黄橙色の瞳に力が入ると儚い印象が無くなり、途端に全てに色が付いて輝きだした。薄桃色の唇は元気よく動き、淡い栗毛の髪は艶を増したように見えた。
「……彼らと違う形の未来が…あるかもしれないって思えた。それがイリスちゃんなら、もしかしたらって」
ヴァインズはヴァインズで違う昔を回想していたように言葉が重い。
そしてだからこそ、価値がある。
「まぁ会ったばっかだから偉そうなこと言えないけどなー。俺の勘。これが結構当たるからなぁ」
「…その割には、完全に乗り気ってわけでもなさそうだな」
「お前、細かいな…見逃せよ!そういう触れられたくない雰囲気、今の俺からプンプンするだろ!イリスちゃんのように空気読め!空気!」
誤魔化そうとするヴァインズを嘲笑ってやった。逃がすか。
「生憎と俺は鈍感だからな。で、何がそんなに気になってるんだ?」
追及の手を緩めなければヴァインズは苦虫を噛み潰したような渋面になった。
「……情けねぇし、申し訳ないだろ。俺らが出来なかったことを、一人の女の子に任せちまうんだぞ」
「それは…仕方がない。俺たちはエルフで、イリスは人間なんだから」
「そーだけど……人間を知るために外に無理矢理連れ出したのに、逆にあんなんになっちまったし……ごめんな、レイン」
主語を抜いていても、言わんとするところは伝わった。
本当に申し訳なさそうな面をするヴァインズに、俺は笑った。
「あの程度で済んだのは、ヴァンのおかげだろ。外に行く前だったら、あいつはイリスを見ただけで恐慌状態になってた」
外に出て慣れていなければ、人間を見た途端に動けなくなるか、もっと暴走してしまっただろう。
脅しも威嚇もなく、イリスを殺してしまっていたかもしれない。
そう思うと今さらゾッとした。
実際には威嚇のために剣を当てられていただけだが、その場面を見た瞬間に思考が真っ白に焼ききれた。どう動いたかもはっきりと覚えていない。
割って入った後も、しばらくその瞬発的に溢れた魔力をおさめることができなかった。
己の名を呟く声が聞こえてやっと我に返った時には、安堵の気持ちとわけの分からない衝動に支配されていた。
良い方向か、悪い方向かは分からないが、俺はイリスと関わることで変わった。
些細なことで思考が波立ち、感情の触れ幅が大きくなった。
術者としては誉められたものではないが、色濃い毎日が充実していることを感じている。
それは俺だけでなく、師匠や兄上、義姉上も。
さらには里のエルフたちもほんのすこしではあるが確実に、イリスという存在に影響されて徐々に変わりつつある。
「俺もイリスなら、アイツに…いや、里自体に変化をもたらしてくれるかもしれないって思ってる」
「…つまりはイリスちゃんを“利用する”ってことか?良いのか?」
少し咎め立てるような口調でヴァインズは聞いてくる。
お前こそ会ったばかりだというのに結構な入れ込み具合じゃないか、と内心で突っ込む。
ヴァインズとってクウェリは実の弟も同然に大切に思っているから、クウェリに対するイリスの対応が嬉しかったに違いない。
あんな自然にクウェリに接することを、一族やアン以外の里の奴らにはできない。
けれど今度は逆に、イリスを気に入ってしまったからこそ面倒な役目を負わせることに引け目を感じているんだろう。難儀な奴だ。
「“利用”じゃない。イリスを信じて頼るってだけだ。あいつはその信頼を重荷だとか、迷惑だとか思う奴じゃない。……それに、もう俺だって任せっきりにはしない」
隣の従兄弟へ向き直った。
反対側にいる奴の監視はこちらを見ないヴァインズが引き継いでいる。
「…今まで、任せっきりで悪かった。今さらこれは俺達直系の問題だ、とかは言わないが、これからはお前やイリスだけに押し付けない。…だからもう少しだけ、頼む」
ヴァインズはこちらに目を向けない代わりに、声を上げず口の端だけを吊り上げた。
どこまでも頼りになる親友の、野性味溢れる笑いだった。
◇◆◇◆◇
広場を挟んで反対側に、自分を遥かに凌駕する強い気配が2つ。
少しでもこちらが身動きする度に、魔力をちらりと漂わせる。
器用にも広場にいるお子様連中には気付かせない程度の、それでいて俺までしっかりと届く魔力の量を絶妙に。
「…んなに監視しなくても、こんなところじゃ何もしねぇっつーの……」
馬鹿馬鹿しい。
こんな風に他者に守ってもらわなきゃダメな人間を、なぜこの里で受け入れるんだ?
人は人、エルフはエルフ。
住み分けを誤れば悲劇が起きるのだと、なぜ学ばないのか。
こちらが見ていることにも、また守られていることにすら気付かず、一人の人間がのうのうと楽しそうな顔をしている。
それも、エルフの中で。
幸せそうなその光景が茶番にしか見えない。
先ほど長老から聞いたところによると、人間の社会から弾き出されたはみ出し者のソイツは、優しくしてくれたルールル兄上やレイン兄貴、長老に引っかかってこの里で“飼われている”という。
“飼う”なんて表現はもちろんしなかったが、どんなに言葉で誤魔化してもそれが実態だろう。
人は人、エルフはエルフとして生きるのが正しいのだ。
―――その正しい生き方が、できる内に。
「さっさと出ていけよな。人間」
そう吐き捨てて、1つの影が広場から離れていった。
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どうでもいいかも知れませんが、クウェリは二人の兄を、兄上(→ルールル)と兄貴(→レイン)で言い分けています。
レインはヴァインズのことをどきどきヴァンと愛称で呼びます。クウェリもヴァインズのことは基本、愛称呼びです。
関係性が複雑化する前に作者のための覚え書きでした!!←




