1-5 真相
契約の第一段階。それはまず、両者の願うものを確認することである。
「さぁ、おぬしの願いを言ってみよ」
「俺は……真実を知りたい。父さんがどうして俺をここに行くように言ったのか。どうして今まで何も教えてくれなかったのか。どうして俺は何の術も使えないのか。俺は、俺の人生がなんでこんなことになってんのか、全てが知りたいんだ!」
「おぬし……いくつもワガママな奴じゃのう。じゃが、むしろよい。強い願いは強い力となるからの。ならワシは二つじゃ。一つ。ワシが外に出て活動するために、おぬしの命を一年分寄越せ。曖昧なものではなく、確かな命じゃ。二つ。ワシのバラバラに封印されておる力の回収を手伝え。力を取り戻すのじゃ。」
軽い口調に油断していたが、やはりこの妖は大妖怪なのだと改めて感じる。先程感じた妖気でさえ十分に恐ろしいものであるというのに、それはほんの一部に過ぎないという。だが同時に、期限付きとはいえ、それ程の力を得ることが出来るのだと春樹は考えた。どうせ家は頼れない。それならばこの妖の力を回収しつつ、その力を借りて真実を探ればいいのだ。
「ああ、了解した。出来るかどうかは置いておいて、協力は惜しまない」
「ワシもじゃ、受けよう、その願い。知った先に何があるのか、ワシも少しばかり興味がある」
まさか自分が妖、しかも大妖怪と恐れられる存在と契約することになるとは思ってもいなかった。これが知られたら、きっと波紋だろう。それどころか、おそらく自分は安倍家の敵となる。殺されるかもしれない。だが、それでもいいと、既に覚悟は決まっている。
「では、契約の儀に入るぞ。ワシの真名を唱え、契約を結ぶがよい。まさか、契約の結び方を知らんとは言わせんぞ?」
真名とは、真実の名のことである。妖や精霊には、必ず真名が存在する。その名を人間に預けることによって、契約の儀は完了となる。
春樹の頭の中に、妖の真名が流れ込んでくる。その名は美しかった。可憐だった。ふと、その名にふさわしい、黒髪の女性の姿が思い浮かぶ。
契約の印は覚えていた。こんな自分だからこそ、強い精霊と契約するために必死に覚えたのだ。
「……我と契約せよ、妖狐『クズハ』!!」
印を結び、言葉を唱えた瞬間、体の中から何かが抜けるような感覚が襲い、脱力感が春樹を襲った。耐えられずに膝をつく春樹の目の前に白く輝く光に包まれた人間が宙からゆっくりと降り立った。春樹は地面に膝をついたまま、まるで忠誠を誓う騎士のような姿勢で、その妖しくも神秘的な姿に見惚れていた。
「ふう……なんじゃおぬし、いつまでワシを見ておる?」
「あっ、いや、別に、そういうわけじゃ……!」
春樹が焦ったのも無理はない。春樹が頭の中で想像した女性が、ほとんどそのままの姿で目の前に現れたからだ。ただ、想像と異なるのは、その髪が黒髪ではなく透き通るような銀髪であったことと、思っていたより幼い姿であったこと。そして、一糸纏わぬ姿だったことくらいだ。
いくらその本性が自分よりもはるかに長生きをしている大妖怪だと分かっていても、そういった経験のない春樹が紳士的な対応を取るのはなかなかに難しかった。
「まあよい。しかし、思っていたより幼い姿じゃの。おぬしの好みか?」
「そんなわけあるか! そ、それより、何か服か何かはないのか? そんな姿で歩かれたら、その……困る!」
「なんじゃ、ウブじゃのう? それにそういう時は、自分の着ているものを黙って差し出すのが、男の甲斐性というものではないのか?」
「う、うるさい! いいから、早くこれを着てくれ!」
春樹は急いで羽織っていた上着をクズハに渡すと、妖にこれ以上主導権を取られまいと話を進めることにした。
「それで、だ。これから俺はどうすればいい?」
春樹には既に帰る場所は無い。父親の最期の願いは、封印されていた妖狐のクズハを滅することであった。約束を果たせなかったどころか、自身の願望を叶えるために妖狐と契約してしまったのだ。こんな身で帰ったところで、安倍家に縁のある陰陽師たちから命を狙われることが目に見えている。
「ん? そんなこと、直接聞いてみればよいじゃろ?」
だが、返ってきた言葉は予想外のものであった。
「待てお前、俺の願いをちゃんと聞いていたか!? 適当に契約したわけじゃないだろうな?」
「失礼な! ワシを誰だと思っておる? 天下の大妖、妖狐のクズハ様じゃぞ?」
「そんなこと言って、契約の内容も覚えていないじゃないか!」
「じゃからワシを誰だと思っておるのじゃと言っておる。ワシが契約の内容を忘れるはずがなかろう?」
「だったら、それってどういう……」」
契約の際に父の真意を知りたいと言いはしたが、春樹はそれはもう不可能に近いと考えていた。肝心の父親が、既にあの火事で亡くなってしまっているからだ。
だからこそ、春樹にはクズハの言葉が信じられなかった。いや、心のどこかではそうなのではないかと疑っていたが、同時にそう思いたくない気持ちがあったのだ。
「おぬしの父親はまだ生きておるぞ。おぬし、父親に殺されるところだったようじゃの」




