1-6 妖力
春樹は混乱した。自分は確かに安倍家からすれば役立たずの落ちこぼれだ。だが、父だけは、少なくとも父だけは、一人の息子として見てくれているものだと思っていた。
「嘘だろ……」
だから、最期の言葉、最期に自分を頼ってくれたあの言葉は、不謹慎ながらとても嬉しかったのだ。
「おぬしの中に入った時、なんとなく見えたぞ。おぬし、父親に言われてワシを倒しに来たのじゃろ?」
「ああ…‥俺にしか出来ないって言われて、それで……」
よく考えたらおかしな話である。陰陽師として何も出来ない自分にしか出来ないことなど存在しないのだ。
「よいか? おぬしには術を扱うための根本的な力が欠けておる。陰陽師どころか、そこいらの農民でさえちょっとは持っとるようなものが、おぬしには微塵も感じられん」
「なっ!」
「じゃからこそ、おぬしはある意味特別とも言える。何も知らん者がおぬしの体を使おうとしても、あるべきものがないことにすぐには気付かん。ワシでさえ、何が起きてるのか分からんかった。例えるなら、歩こうと思ったら足がなかったようなもんじゃ。癪な話じゃ」
「それじゃ、やっぱり俺は……俺は、お前を無力化して殺すための生贄だったってことか……?」
認めたくはなかったが、そう考えるのが最も辻褄が合う。
「まぁつまり、そういうことじゃろうよ」
「くっ……」
悲しみと怒りとやるせなさと、様々な感情で泣きたくなってくる。
「じゃが、実際のところは分からぬ」
「え?」
「おぬしのその力、いや、力の無さか? それを奴らがどこまで理解していたかは分からぬと言ったのじゃ。だいたい、ワシを本気でどうにかしようと思うなら、昨日のアレは少し舐めすぎじゃ」
確かに言われてみればそうである。本気で封印されるほどの大妖怪を滅したいというならば、安倍家のエリートをかき集めて、何が起ころうとも確実に任務を遂行しようとするはずだ。しかし、昨日は矢による奇襲のみ。大部隊が控えていたとも思えない。体の秘密に気づいたクズハが先ほどのように大暴れするのだって、全然予想できたはすだ。
「これは、やはり聞いてみなくてはならんようじゃの」
「それは……父さんに……?」
クズハはさっき、父さんが生きていると言った。
「なぁ、なんで父さんが生きてるって言えるんだ?」 「簡単な話じゃ。ワシを封印したのは他でもない、おぬしら安倍の一族じゃ。ワシの封印が弱まっていないか、これまたしつこく毎年のようにここに現れては封印を補強していくのじゃ。ここ十年、毎年来ていたのはおそらくお前の父親じゃろ。腹立たしいがやつの封印術は大したもんじゃった。じゃからその礼に、ここから出られた時には真っ先に食い殺してやろうと、その匂いをしっかり覚えておいたのじゃ。まぁ、そういうことじゃ」
「つ、つまり?」
「なんじゃ? わからんか? おぬしの父親の匂いがまだプンプンしておるのじゃよ。あやつ、ここ二、三日の間にこの辺りまで来ておったみたいじゃ」
クズハは父が近くまで来ていたという。父さんが死んだのは今から二週間ほど前だ。それがここ二、三日の間にここまで来ていたのだというのであれば、それはあの時実は死んでいなかったどころか、無事に息子が役目を果たしに行くかどうか見張っていたともとれる。
「父さんは……どうして……」
もし自分を生贄にしてクズハを滅するのであれば、別にわざわざ死んだふりをする必要はないはず。大切な熊野神社に火をつけてまで、あのような茶番をしたというのだろうか。
「さっきからぶつぶつ、面倒なやつじゃのう」
「そんなこと言ったって仕方ないじゃないか!」
「いいから聞け。ひとつ、おぬしの父親は生きておる。ふたつ、おぬしがここに来るのをおそらく監視していた。みっつ、これは安倍家全体の企みではない」
それでは誰の企みか。やはり父親の企みなのか。
「ワシを滅する策にしては爪が甘い。何かしらの意図があると思ってよいじゃろう。その誰かさんの企みに乗るのは癪じゃが、ここは逆に利用してやろうという話じゃ」
「確かに、ここで考えても仕方ないな。とりあえず、これからどうするか決めよう」
春樹は気持ちを切り替えようと、たくさんの疑問を我慢した。ここで悩んでいても何も解決しないのは明らかだ。
「そうじゃの。直接聞きに行ってもよいのじゃが、いかんせんワシの妖力は素寒貧じゃ。このままではおぬしもろとも今度こそ穴だらけじゃ」
「穴だらけ……」
自然と手で胸をさする。一度味わったあの感触はしばらく忘れられそうもない。
「そうじゃ。じゃから、まず初めにするのは、ワシの力をある程度取り戻すことじゃ」
「それもそうだな。だけど、どうやったらその力は取り戻せるんだ?」
「いくつか方法はある。手っ取り早いのは、ここのようにワシの力が封印されたところをぶっ壊すことなんじゃが、今のワシではそれも叶わぬ。となると、今は妖を喰らって地道に回復していくしかなさそうじゃの」
なんだがレベル上げみたいだと、春樹は思った。
「なんじゃ? 不服か?」
「いや、そんなことはない。そんなことはないんだけど、敵を倒して強くなるって、なんだかゲームみたいだなって……」
「ゲーム……? よく分からんが、敵を倒して強くなるというのはその通りじゃ。ワシらは喰らった分だけ強くなる。その点人間は不憫じゃの。いくら倒しても、使役したり力を借りるのが関の山じゃ」
確かに不憫である。ゲームのキャラクターのように、敵を倒したり修行した分だけ経験値が入って強くなれるのであれば、きっと自分だってそれなりの陰陽師になっていたはずだ。だが現実には経験値もレベルアップもない。筋肉や体力のように少しずつ成長することはあっても、もともとない素質は伸ばしようがないのだ。
「俺も妖を倒したら術が使えるようになったりすればいいのにな……」
自重気味に呟く。
「陰陽師としての術は使えんが、妖としての術なら使えるようになるぞ?」
「へ?」
「うむ、なるぞ」
「それはどういう……?」
諦めかけていた道が、少しだけ開きそうな気がした。




