1-2 心の闇
「本当にここで合っているのか?」
地図を頼りにたどり着いたのは、田舎も田舎の山奥の村。最寄の駅からバスで小一時間、そしてそこから徒歩で小一時間、やっとたどり着いたその景色は、現代においてはなかなか見ることのできない田舎ぶりである。
「これは骨が折れそうだ……」
地図の示す場所は、どうやら森の中のようである。それでも出来るだけ目立たないようにと、人目を避けながら地図の場所へと向かった。
目的地が近づくにつれて、春樹の中の緊張感はだんだんと高まってきていた。春樹は術を使うことは出来ないが、それらに関する知識が無いわけではない。護符の作り方や、結界の張り方など、陰陽師としての基礎知識などは身につけているのだ。
春樹の緊張を高めた原因は、一帯に敷かれた人避けの結界である。この結界はある程度の術師には効果は無い。この程度の強さだと、おそらく何も知らない一般人が迷い込まないようにしているのだろう。それにしても、自分ですら看破できるような結界とは、術者はあまり結界が得意ではないのかもしれない。
そんなことを考えながら森の中を進んでいくと、こじんまりとした社が見えた。そしてその社を囲むように、少々やりすぎでは無いかと思えるほど、幾重にも結界が張ってある。一つ一つが先ほどの人避けの結界とは根本的にレベル違うものだ。だがそれは、決してやり過ぎではない。結界を越えて社の中心から感じるのは、感じたこともないほど大きな、溢れ出た妖気である。
「……うそだろ? これを俺が滅するって? 冗談じゃない!」
父は「行けば分かる」と言ったが、ここに来て春樹は困惑した。自分には到底不可能である。陰陽師としての力を持たず、式神を使役することも出来ない春樹には、魔除けのお守りを作ることすら出来ないのだ。それがどうして、これほど力を持った大妖怪を滅することなど出来るだろうか。そもそも、こうして封印しているのは、誰にも滅することが出来ないからではないか。もはや滅する以前に、自分には封印結界をどうこうすることも出来やしないだろうに。
自分は陰陽師として無力だ。これはそんな自分が担うべき役割では無い。「お前にしか出来ない」と言われて、もしかしたらと勘違いをしていた自分が情けない。
いくら父の遺言とは言え、これ以上は自分が情けなくなるだけだと踵を返した時、どこからか声が聞こえてきた。
「待て……おぬし、安倍家の者だな……?」
「誰だっ!?」
反射的に後ろを振り返るが、そこには誰もいない。声はどこか遠くから響いてくるようだ。
「……やはり、安倍家の者か。おお、憎らしや。陰陽師どもめ、ワシをこんな貧相なところに封印しくさって、この怨み必ず晴らしてくれる……」
しまったと、春樹は思った。いくら封印されているとはいえ、その力は強大であり、こうして近づくだけでも危険なのである。現に、春樹は不思議な力で身動きが取れなくなっていた。春樹はなんとか術を振り解こうとするが、なんの力もない春樹に抗えるはずもなかった。
「くっ……そうだ、俺は安倍家の者だ! だがな、俺は陰陽師では無いぞ! 俺は何の力もない、ただの一般人だ!」
「何? そんなはずがあるものか。おぬし、ワシに嘘をつくのか? 呪い殺してやるぞ?」
呪い殺す。それはあながち不可能でもないと思えた。封印されていてもなお、これほどの妖気を放っているのだ。この力の主は、封印された状態でも自分一人くらいなら簡単に呪い殺すのだろう。
「嘘ではない。俺にはお前をどうこうするような、そんな力なんてないんだ。その力さえあれば俺は……!」
父親を見殺しにすることもなかったのに。惨めな思いなんでしなかったのに。こんなに悔しい思いをせずに済んだのに……。
一瞬、春樹の心は闇に触れた、
「ほう、なんじゃおぬし? 安倍家の人間でありながら、安倍家に対して強い怨みを持っているではないか?」
「う、怨みだなんて、別にそんなっ!」
「よいよい。どうじゃ、おぬし。ワシの力が欲しくはないか? ワシの力さえあれば、安倍家の者たちに復讐できるぞ? おぬしの人生は新しいものになるぞ?」
心の闇が形を成した。春樹は気付いてしまったのだ。自分がこんなに惨めな思いをしているのは、全て自分が安倍家であるから。自分が陰陽師の家系であるから。そして、力さえあれば、その全てを覆すことが出来ると。その力が、今目の前にあると。
「おぬし、若いのう!!」
「しまった!!」
声の主が強引に春樹の心に入り込んでくる。
妖は、人に害をなすものである。人の心の闇は、妖にとっては好物であり、力の源でもある。妖の前で隙を見せればこうなるのだ。心に隙を生み出し、そこに付け入る。妖がよく使う手である。春樹は受け入れまいと抗うが、もはや手遅れだった。
「さあ、望み通りワシの力を貸してやろう。阿部家へ復讐するのだ。……その代わり、その体はワシが貰うがな!!」
「や、やめっ……」
その瞬間、社から勢いよく妖気が溢れ出し、春樹の体は瞬く間に妖気に包まれてしまう。そして妖気はみるみるうちに春樹の体に吸収されていき、数秒後には、森の中は静まり返っていた。




