不穏な気配
sideリリス
私はアイリス様とずっと一緒に育ってきた。
家族のようだと言っても良いほどには仲が良かった。
アイリス様は優しかったし、成績優秀、容姿端麗でみんなからも好かれていた。
そんなアイリス様についていきたい、仕えたいと思う人は多かった。
私はそんな中の一人で、でも他と違ったのは私は幼い頃ヴォルテール公爵に拾われてそこからはヴォルテール公爵の娘であるアイリス様の遊び相手としてアイリス様の側にずっといた。
だからアイリス様が学園に通うことになった時もアイリス様の専属メイド兼護衛として付いて行ったし、ヴォルテール公爵が教会と繋がって誰から見てもおかしくなってみんな辞めていった時もアイリス様に付いていくと忠誠を誓った。
――だから今朝、アイリス様の様子がおかしかったのにもすぐ気づいた。
廊下の掃除をしていた私は、叫び声が聞こえてすぐにアイリス様の所へ向かった。
「アイリス様!大丈夫ですか!」
アイリス様は一瞬驚いたような顔をしてそれからすぐに目が泳ぎ出した。
ルクス様との婚約が解消された事もあってかなり落ち込んでいたが今は大丈夫そうだ。
少し安心して、私がアイリス様の顔を心配そうに覗くとやっぱり目が泳いでいるし、何か焦っているような顔をしている。
それから少しの間があって
「私は……大丈夫よ」
という返答があったもののいつものような落ち着きがない。
だがアイリス様が大丈夫だと言っているのだから体調は大丈夫そうだ。
「アイリス様の様子には気を付けていた方がいいでしょう。別人に入れ替わっているかもしれませんから」
そう言っていやらしそうに笑っていた司教の顔は今でもよく覚えている。
私はまさかとは思いながらもアイリス様にカマをかけることにした。
「そう言えばアイリス様、今日司教様がいらっしゃる予定ですが大丈夫ですか?」
私がそう言うとアイリス様が聞いてないんですけどぉ…。という遠い目をしたのを見て私は信じるしかなくなってしまった。
あの司教が言っていたことは本当だったのだと。
こんなの信じられる訳がない。
だが、あの日―――。
「…………。……!」
私はいつもの様に私以外メイドのいない屋敷を順番に掃除している時だった。
いつもなら誰も居らず知らない屋敷に迷い込んだような雰囲気なのだが今日は誰かの話し声が聞こえてきたのだ。
しかも、隣のヴォルテール公爵の執務室からだ。
ここ数年魂の抜けたような顔をして声を発することは無かったというのに……。
しかも今アイリス様も同じような状態になりつつあったのでヴォルテール公爵だけでも回復傾向にあることが少し嬉しくなる。
盗み聞きをするのはいけないことだが独り言ではなさそうだし少しだけ話の内容を聞くぐらいなら……。
と思って箒を壁に立てかけ壁に耳をくっつける。
「どうも協力して下さってありがとうございます。御蔭でこちらもすごく助かりましたよ、公爵。」
この声は司教様の声だろうか。
全ての行動が演技がかっていて胡散臭いなといつも思っていたのだが……。
「……ぁゔ……っ、…」
何かに抗議するような苦しんでいるヴォルテール公爵の声がした。
きっとあの司教に何かされている。
助けなければと思い瞬間的に隣の部屋に駆け込もうと壁から耳を離そうとした時だった。
「あぁ、そうでした。貴方はもう元には戻れませんからね」
言葉に一欠片の罪悪感も滲ませずに苦しんでいる人間を嘲笑うかのように平然と言ってのけた。
「私に用があるのは貴方方が引き継いでいる英雄の血ですから」
まるでかつて剣聖と謳われたヴォルテール公爵に邪魔をされて困るような事があるから公爵を動けないようにしたと言っていているようなものだ。
そのことにゾッといていると
「それにしても随分弱られたようですねぇ……。これでは誰も守れませんね」
司教は少しの間を空けてこう言った。
「ただ、……まぁ言わないでおきましょう。」
「それに、私の知ったことではありません。全ては神の為に……。それでは失礼」
隣の部屋の扉が開く音がしてコツコツと靴が床を叩く音が遠ざかっていく。
私は何故か追いかけなければと思って廊下を走って司教様の背中を追いかけた。
司教様に追いついたところで早鐘を打つ心臓を抑えて息を整える。
「ふぅ……司教様、さっきのはどういう事ですか?」
それまで廊下を歩いていた司教様は歩みを止めゆっくりと後ろを振り向いた。
「おや、聞いていたんですか…。」
まるでそれも想定内という風ににこりと紳士的な笑みで私に微笑んだ。
「……っ、一体何が目的なんですか?ヴォルテール公爵とアイリス様に一体何をするつもりですか?」
そう言うと司教様の目が鋭くなり、まるで獲物を追い詰めた獣のような顔になる。
それはいつもの司教様とは違う始めて見る顔だった。
「全ては神の為に…。」
十字を中で切るとあぁ、そうそうと言って元の何を考えているのか分からない顔になる。
「アイリス様の様子には気を付けていた方がいいでしょう。別人に入れ替わっているかもしれませんから」
そう言うと理解の追いついていない私を置いていくかのように玄関へと向かっていった。




