第五話 クラスメイトとの決別、新たなる旅立ち
牙堂は地面に転がったまま動かない。
けれど胸の奥ではまだ怒りが燻っていた。
視線を上げると、クラスの全員がこちらを凝視していた。
まるで人間ではない化け物を見るような眼差し。
牙堂の取り巻きのひとりが「ひっ」と声を漏らし、そのまま背を向けて逃げ出す。
俺は牙堂へ歩み寄る。
拳を握ると、胸の奥から「殺せ」という衝動がこみ上げてきた。
――今なら簡単に終わらせられる。
「キョウセイくん、ダメ!」
背後から桜井の声。
その声に、頭を焼き尽くしていた怒りが少しだけ鎮まる。
ノクターリアが横目で俺を見て笑う。
「それが今のあなたの力。 この力さえあれば、何だって出来るわ」
そこへ桜井が恐る恐る近づいてくる。
その顔は恐怖に歪みつつも、必死に俺を見上げている。
「……どうしちゃったの。 顔が……すごく怖いよ。それに今のは……」
彼女の声が震えていた。
皇城が一歩前に出て声をかけてきた。
「……キョウセイ。その力はいったいどうした。なにがあったんだ」
「……何があった、だと?」
その一言で胸の奥に再び怒りが込み上げる。
だが息を吸い、吐き、紋章が赤く光るのを感じながら炎を押し込めた。
憤怒を閉じ込めるように。
「お前には関係ない……」
「しかし! もしその力を俺たちに向けるなら……」
その言葉に、過去が蘇る。
――こいつらは、俺がいじめられていたとき、何もしてくれなかった。
胸の奥で怒りが再び燃え上がりかける。
紋章が熱を帯び、炎がせり上がろうとする。
……だが、牙堂を殴ったときのようにはならなかった。
抑え込めた。あのときほど……衝動は強くない。
ふと視線を横に向けると、桜井がいた。
悲しそうな顔でこちらを見ている。その表情に、胸が少しだけ痛んだ。
周囲のクラスメイトたちは警戒の色を隠そうともしない。
だが俺は戻る気などなく、背を向け歩き出した。
「キョウセイくん!!」
背中から声が響く。
だが振り返らず、そのまま歩みを進める。
ノクターリアが隣に並び、楽しげに言葉を続けた。
「ねえ、次はどこへ行く? 何をする? どうして欲しい?
――あっ、世界を巡って国を乗っ取るっていうのはどう?
それとも……ダンジョン! ここから北にS級ダンジョンがあるの。遊びに行ってみない?」
ダンジョン――特に行きたい場所もない。
この世界に放り込まれてから、行くあても、帰る場所もなくなった。
「……別に、どこでもいい」
「じゃあ決まりね。北にあるS級ダンジョン――あそこなら強敵も山ほどいるわ」
クラスメイトたちが遠ざかるなか、桜井の表情だけが、まだ胸の奥に引っかかっていた。
ノクターリアと並んで歩き出す。
歩き始めてしばらく。
日が落ちる頃には、小さな街に辿り着いていた。
道中の旅費は、なぜかノクターリアが持っていた。
理由は聞かなかったが、金に困ることもなく宿へ泊まれた。
――翌朝――
制服のままでは人目を引きすぎるため、街の店で新しい服を探すことにした。
ノクターリアは店内でやたらとはしゃいでいた。
「キョウセイにはこの服がいいと思うの! あー!でもぉ!こっちも捨てがたいかな!! ねえ!キョウセイはどっちの服が好き?」
「……どっちでもいい」
「だめよ! キョウセイはこれからすごい人になるんだから!服もちゃんとしないと!」
ノクターリアは目を輝かせながら声を弾ませた。
「ああ!!やっぱり赤と黒を基調としたのが良いよね。じゃあこれと、これと! あ、こっちも。それと……」
気づけば一人で盛り上がり、俺は完全に着せ替え人形になっていた。
しばらくしてようやく決まったのは、黒を基調に赤いラインの入った服。
その上から深い色のマントをまとい、鏡に映る自分の姿を見て思わず息をつく。
「……なんでこんなに盛り上がれるんだ」
町を出ようとしたその時、入口の方がざわついているのに気付いた。
人々が口々に叫んでいる。
「ドラゴンが出たぞ!」
「すぐそばの森に潜んでいたらしい!」
役人らしき者が慌てて走り回り、冒険者協会や国へ助けを呼びに行くよう指示を飛ばしていた。
俺は構わず町を出ようと足を進めた。
だが――ふいに頭上に影が差す。
顔を上げると、鱗に覆われた巨体が宙を舞っていた。
――赤いドラゴン――
そいつは大きく翼をはためかせ、町の入口に舞い降りた。
出口を塞ぐように地を揺らしながら着地する。
そして、底冷えするような声が響いた。
『我はヴァーミリオス。この地に“英雄”が召喚されたと聞いて参上した。
人間どもよ! 命が惜しくば知っていることを――』
その言葉が終わるより早く、赤い巨体は轟音とともに町の外へ吹っ飛んだ。
「……邪魔だ。どけ」
赤いドラゴンが土煙を巻き上げながら起き上がる。
『き、貴様……何者だ!! もしや召喚されたと言う――』
言葉の途中、赤黒い焔が竜を包み込む。
燃え上がる狂火にのまれ、巨体は断末魔すら上げられず崩れ落ちた。
炎が収まったあと、黒い炭だけが残る。
呆然と固まる町の人間たちを背に、俺は歩き出す。
ノクターリアが隣に並び、からかうように口元をゆがめた。
「……優しいんだ」
――数日後――
俺はグランと言う街の食堂で、昼飯を取っていた。
異世界のメシなんて不味いだろうと思っていたが、意外といける。
柔らかい肉を頬張り、思わず食が進む。
「あんた……ウッドリンクでドラゴンを倒した人だよな」
「……違う」
「なあ! あんたの力を貸してくれないか!」
否定しているのに、それをガン無視で押し通してくる。
胸の奥で少しだけ苛立ちが燃えた。
横を見ると、ノクターリアが楽しそうにその様子を見つめている。
それが余計に腹がたつ。
「実は……この街のすぐ近くに、魔族が住み着いたんだ。
あんたの力で……何とかならないか!」
――魔族――
その言葉に、少しだけ興味を引かれた。
俺は男に視線を向け、低く告げる。
「……話してみろ」




