77.食事
ネービャの悲鳴を心地よく聞きつつ、アニョウはグラウンドの中央に駐機している二機のヘリコプターに目が行った。
前後にローターを二機積んだ大型の輸送型ヘリコプターだった。CH-47 チヌークと呼ばれるヘリだった。
チヌークは、丁寧に整備されていたが、エンジンの排気熱や排気ガスで煤けており、かなり年季が入った機体に見えた。
恐らくどこかの軍隊の払い下げ品だろう。ヘリは一機二千万ドルする。さすがのハーモニーでも新品を用意できないだろう。
―いや、自社生産しているのなら新品でも手に入るのか。武器商人でもあるのだから。では、古く見えるのはカモフラージュなのか。―
アニョウは、ネービャから離れ、視線でヘリを差す。
「あれは何だ?誰か団体が来ているのか?」
囁くように聞く。少年兵に聞かれてはならぬ内容かもしれないからだ。
「それが、わからん。コントロールからの命令でチヌーク二機を受け入れ、待機せよ。だと。二時間ほど前のことだろうか。とりあえず、あそこで駐機し、乗員もヘリで待機している。それ以上は何も聞かされていない。兄貴、何をしでかしたんだ?」
ネービャも囁くように答えた。
「おい、待て。俺は今作戦から帰ったばかりだ。何かをしでかすこともできん。それにミスをしたのであれば、本部に呼び出されるだけだ。それならヘリは要らん。車で十分だ。」
「そうだよな。だから、わかんないだよなぁ。なんでヘリなんだ?」
「情報も無しでこれ以上考えても時間の無駄だ。もう考えるな。」
「兄貴ならそう言うと思って、飯の準備してあるんだけど、みんな食えるかな?」
時間は正午前。太陽は天頂に近くジャングルを熱している。
「SB0、いや校長より全隊へ。清潔にし、食堂に集合。ネービャ教官が昼食を用意している。ご苦労だった。解散。」
アニョウの命令と同時に少年兵達は歓声を上げながら、校庭脇の水道へと走っていく。そして、水の掛け合いが始まる。
皆の身体は、戦闘服ごと糞尿や吐しゃ物で汚れている。ホースから勢いよくでる水を気持ち良さそうに浴びる。
汚れがある程度落ちた者から寮へと入り、シャワールームへと向かう。少年達は寮の入口で全てを脱ぎ捨て、全裸になって突入していった。
少女達は恥じらいがあるのか、下着姿にとどめ寮内へ入っていった。
汚れた服で寮を汚したくないのだ。その汚れを掃除するのは自分達だ。
ならば、汚さぬ様に汚れを持ち込みたくないという気持ちがあってもおかしくないだろう。
あれだけ、狭いコンテナに詰め込まれ、長時間悪路を走り続けたというのに元気なことであった。
ここまで元気であれば、食欲も十分にあるだろう。
アニョウもホースで体に付着した汚れを洗い流し、教官用のシャワールームへと向かった。
食堂には香ばしく辛い香りが漂っていた。カレーの香りだ。
香辛料の刺激が鼻腔をくすぐり、アニョウの食欲を掻き立てる。
ナンとカレーをトレイによそい、さっそく頬張る。コンテナでは味気ない携行食ばかりだった為、この刺激物の塊に舌が大喜びする。
少年兵達もカレーを口一杯に頬張り、香辛料の刺激を心から無邪気に楽しんでいた。
つい先程迄の汚物溜にいたとは思えない元気さだ。どうやら、大人が思っているよりも少年兵達の精神はタフな様だった。
「ドライアイス、今作戦の被害を報告せよ。」
アニョウはモノクル付きインカムに命令する。
「軽傷三名。重傷者、死者無し。軽傷者は銃弾による擦過傷のみ。ストライクバックの戦力に変化はありません。なお、銃弾の使用率は五割です。補給の必要を認めます。」
若い女性の声が的確に答える。だが、ドライアイスは人工知能ではない。高度な提案はできない。ここから先はアニョウが考えなければならない。
作戦は終了し、コントロールの指揮下からも外れている。捕獲した標本二体も本部のエージェントが引き取っていった。
「軽傷者は、食後すぐに医務室へ行くように指示せよ。他の者は夕食まで自由時間。いや、休憩。これでは遊ぶ奴がでるか。そうだな、昼寝だ。食事後、昼寝を。夕食時に改めて指示を出すと通達。」
「了解。対象の三名に医務室への出頭を指示完了。全隊へ食後の睡眠、夕食時迄の命令あるまで待機と通達完了。」
「OKだ。消耗品の補給申請をコントロールに出してくれ。」
「申請不要。装備、弾薬、食料、衣服に関しては既に一作戦分到着済み。教室に配布済みです。」
「おい、どういう意味だ。申請もしていないのに用意がされているのは何故だ?」
「不明。事実のみを通達。」
「では、誰がどうやって運び込んだ?」
「駐機中のチヌークに補給品と人員を搭載し、運び込みました。なお、人員は迎えのバスにて帰社しました。」
「その命令はどこから出た?」
「コントロールです。」
アニョウに嫌な予感がまとわりつく。いや、正確に言えば悪い知らせだ。
―そうか。休ませてくれないのか。もう次の仕事か。なかなか人使いが荒いな、ハーモニーは。もう少しゆとりのある職場だと思っていたのだがな。―
深くため息をつき、食事を再開した。
次の作戦が待っているのであれば、温かい食事をとれるは限らない。今食べている旨い食事を堪能することがせめてもの慰めだった。
食事が終わり、アニョウは校長室へと戻った。そこにはシャワーを浴び綺麗になったネービャが既に事務仕事をしていた。
「何だ、もうシャワーを浴びたのか。もう少し俺達の苦労を分かち合ってくれても良いだろう。」
「兄貴、勘弁してくださいよ。言っちゃなんですけど、滅茶苦茶臭いんですよ。一回、吐いちましたよ。」
「そうか。それは済まなかったな。ネービャは荒事の経験が少ないのか?」
「兄貴に比べりゃ、皆無に等しいっすよ。マフィアの鉄火場なんて、その場限りなんていうのが、ザラですから。」
「そういうものか。塹壕で人肉と一緒に寝起きするとか、戦友の脳漿を全身に浴びるとかの経験はないのか。」
「それは人類の一握りくらいしか経験者いないんじゃないんすかね。マフィア上がりには縁のない世界ですよ。」
「では、経験してみるか。どうやら、もう上は次をやる気みたいだぞ。」
「お断りするっす。メンタル弱いの自覚してるんで、PTSDか鬱になる自信があるっす。」
「根性の無いマフィアだな。それで人殺しができるものだな。」
「人を殺すのとさっきの状況はめっちゃ違いますよ。人なんて引き金引くだけで終わりっすよ。」
「なるほど、それがマフィアの戦いか。」
とアニョウが納得すると校長室の電話が鳴った。ディスプレイには番号非通知と表示されていた。
もっとも番号通知でかかってきたことは一度もない。証拠になりそうなものを残すはずがない。
「はい。」
「お疲れだったね。アニョウ君。」
渋い中年男性の声だった。その声をアニョウは知っている。ハーモニーの現地マネージャーであり、経営陣の一人であり、アニョウの上司であるコマス・ヘブリーだった。
「ボスでしたか。作戦完遂しました。報告は後日レポートにて提出します。」
「レポートの提出は不要だ。他の隊からの報告とドライアイスの記録および標本から状況判定は終わっている。ボーナスをストライクバックに出すことも決定している。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「さて、アニョウ君やストライクバックの子供達が疲れているのは理解している。だが、状況が休暇を許してくれなくてね。本当に休暇を与えられなくて残念だ。」
「次の作戦は何ですか?」
「驚かないのかね。」
「グラウンドにチヌークが駐機し、新たな補給がされていれば理解できます。ただ、もう少し休ませてもらえると思っていました。」
「これでも一息つく位は待ったんだよ。だけどね、救出依頼が入ると私達は動かなくてはいけない。信用第一だからね。」
「それは待ったなしですね。人質が殺されては意味がない。」
「そうなんだ。京華国がまた誘拐をしてね。人質奪還をしてもらう。出発は午後二時。それまでに新装備に着替え、ヘリに乗り給え。作戦説明は機内で行う。以上だ。」
「了解。一四〇〇、ストライクバック中隊、作戦を開始します。」
「頼んだよ。超過労働手当も支給するから頑張ってくれ。」
そして、電話は切れた。
「兄貴。ボスは何と言ってきやした?」
「ストライクバックの本来の仕事だ。」
「人質救出作戦ですか。一四〇〇って一時間ないですよ。子供達を全員起こしてきます。」
「ああ、頼む。教室に集合。装備を受領せよ。と言ってくれ。」
「わかりました、兄貴。」
ネービャは校長室を勢いよく飛び出し、廊下を走っていく。
―さて、俺も用意をするか。―
更衣ロッカーを開けると新しい戦闘服が吊られていた。砂漠迷彩の野戦服だった。
―今度は砂漠地帯か。少しは涼しいところに行きたいものだ。―
余計なことを考えつつ、アニョウは支給された砂漠迷彩の野戦服に袖を通す。
心は、休暇から戦闘へ移行している。
今は一人になって考える時間は欲しくない。培養施設のことを思い出して考えてしまうからだった。




