76.抱擁
岩棚の下に停車したトラックのエンジンは停止している。そのため、コンテナに設置されているエアコンも電力の供給がなくなり、停止していた。
室温はみるみる高まり体温を越えていく。全身の汗腺から汗が粒の様に噴き出し、戦闘服を濡らしていく。
だが、誰一人声を発することは無い。
暑い。息苦しい。汗が気持ち悪い。そんな言葉は一切出ない。
少年兵達は、コンテナの天井を息を荒くしながら見つめている。無論、衛星が見える訳がない。外に出たところで余程視力が良いか、衛星軌道を知らなければ衛星を見つけることはできないだろう。
それでも少年兵達は見えない衛星を見てしまう。
―早く早く。―
―見つかるな。―
―さっさと行け。―
―通り過ぎろ。―
様々な思いがコンテナの中を渦巻く。様々な祈りではあったが、願いは一つだった。
見つかるな。
見つからなければ、トラックに大きく揺さぶられ、王国へ帰還できる。
見つかれば、ドローンが接触し自爆攻撃。地対地ミサイル。空対地ミサイル。迫撃砲。自走砲。攻撃ヘリ。様々な攻撃オプションが想定された。
アメリカ軍の攻撃オプションは多彩だ。コストパフォーマンスなど考えていないようにみえた。
現実は違う。アメリカ軍とアメリカ政府はコストにシビアだ。
弾薬は絶対に使わねばならないのだ。
弾薬には使用期限というものが設定される。中の火薬や薬品、センサー類が劣化し正常に稼働しなくなるからだ。
ゆえに定期的に消費をしなければならない。
アメリカ軍が数年ごとに大規模紛争を引き起こすのは、使用期限切れ間近の兵器を使用する為だという噂もある。
ミサイルを解体処分するには、時間と労力、そして大金を必要とする。
だが、使ってしまえば処分コストは発生しない。なおかつ、敵対勢力を弱体化させるという効果までも付与される。
そして、浮いた解体コストで新規に兵器を購入すればよい。
アメリカ政府は、敵勢力を弱体化させ、世界に大軍事力を保持力していることをアピールできる。
アメリカ軍は、解体コストで新兵器を導入できる。
武器商人は、大口案件に入札し、利益を上げることができる。
大口案件が発生すれば、労働力が必要となり、雇用の維持が可能となる。
これも景気対策の一つであった。
アメリカにとって、デメリットは兵士が戦死することぐらいだった。
だが、それも名誉の戦死と担ぎ上げ、何の意味もない名誉勲章と遺族年金で遺族を黙らせる。
それでも黙らない遺族は愛国心が無いと右翼団体をけしかける。
その遺族年金を管理する組合や右翼団体は、天下り先としてアメリカ軍の将帥には必要であった。
平和の為、世界の為と大きな声でうそぶく。それが事実なのか、嘘なのか、それを知るのはアメリカ政府の高級官僚だけだ。
もっともアメリカを裁くことができる存在はない。国際連合は、常任理事国であるアメリカの否決で有罪判定を覆せる。
また、アメリカ政府及び軍にとって不利益な条約は一切批准していない。
全てがアメリカの都合。
それが世界のルールとなっていた。
考えてみれば、誰でも辿り着く答え。だが、それを考えさせぬようにアメリカはエンターテイメントを次々と生み出し、国民の意識を逸らしていく。
映画やミュージカル、野球やアメリカンフットボール。様々な娯楽を提供し、深く考えさせない。
逆に銃を持つ権利だと煽り、国民の手元に銃を普及させる。これにより、銃が手元にあることが日常となり、武器を持つことに罪悪感を持たない。
武器商人が支配する国がアメリカだった。
その武器商人の一つがハーモニーである。
アニョウが属する組織だ。ハーモニーの表の顔は多国籍企業であるが、本社はアメリカのニューヨークにあり、アメリカ企業だと言える。
日用品、電化製品、自動車、航空機、軍需産業と様々な部門が存在している。
その裏の部門がマフィアであり、民間軍事会社である。
そのアメリカ軍の研究所を襲撃し、研究結果を強奪する。これが成功すれば、ハーモニー軍事部門は裏世界で大きな顔ができる。
新興企業となめる輩は居なくなり、設立目的通りの誘拐対策の専門家として躍進できる。
自国に喧嘩を売るような真似であるが、バレなければ問題ないのだ。
少年兵を使うのは、身バレ防止とコスト削減。そして、認知度の向上。ストリートチルドレンを使えば、身分を証明する者も物もない。
そして、王国という貧しい国であれば給与を低く設定できる。無論、王国では高給取りではある。一般市民の倍以上は支給されている。
それでも先進国の給与水準と比べれば低賃金であるのは間違いなかった。
だが、アニョウ、ネービャ、リトルは先進国の士官以上の給与を支給されている。なおかつ、天引きは無い。税金も保険も納める必要がないからだ。
などとアニョウの脳に次々と浮かび上がっては消えていった。
記憶の整理とでもいうものだろうか。
トラックが停車してからアニョウの思考は止まらない。作戦に集中ができない。
時折、神殿の様な研究室を思い出す。
だが、すぐに別の思考が始まり物思いにふける。
ようやく、それが途切れたのはインカムから音声が流れたからだ。
「コントロールよりDV1。衛星は範囲外に出た。出発を許可する。」
「DV1よりコントロール。了解。直ちに出発する。」
エンジンがかかり、コンテナが微振動に襲われる。そしてエアコンが再起動し、涼風が流れ出す。
トラックの揺れは大きくなり、速度が上昇していくことがわかった。
まもなく、嵐に出た小舟の様にコンテナは大きく揺れ始める。
四肢を踏ん張り、身体が流されない様に固定する。
目的地に着くまで休憩を挟みつつ、トラックは走り続ける。
走っている間のアニョウは無心だ。何も考えられない。体を固定することで精一杯だった。
コンテナ内に酸い匂いが充満する。誰かが吐いたのだろう。
だが、誰も責めない。そんな余裕はない。皆必死にパイプにしがみつき、体を固定することで精一杯だった。
―誰だ。こんな糞みたいな作戦を立てた奴は。学校に戻ったらコンテナに二・三日監禁してやる。―
アニョウは、悪態をつきながら背中を強打することに辟易していた。
―アメリカ軍の追撃は無いようだな。まずは一安心か。―
こんな悪路を貴重な標本を持って逃走するとはアメリカ軍も想定をしていなかったのだろう。
古来より揺れる帆船でも使われてきたハンモックだ。このような悪路ではある程度の傾き吸収してくれる。
デジタル至上主義の風潮があるが、アナログ手法もまだまだ使い道があった。
三日後、アニョウは学校へと帰還した。
トラックの中は、汗と吐しゃ物と糞尿の匂いが充満していた。
外に出ると熱帯地方特有の暑さと湿気を感じたが、外気がこれほど爽快なものだと改めて感じられた。
「く~、空気が旨い。」
ネービャが出迎えに来てくれているが、一向に近づこうとしない。
「やあ、ネービャ。出迎えご苦労だな。」
アニョウは校庭を横切り、校舎の前で立ち止まるネービャへと近づく。周囲の教官達はさっさとトラックへ向かい、疲労困憊の少年兵をコンテナから降ろし始めた。
「やあ、やあ。アニョウ。元気そうで何よりだ。ちょっと一度そこで止まった方が良いと思うのだが…。いや、停止を推奨する。」
ネービャが鼻をつまみ、こちらに来るなと腕でジェスチャーをする。
なぜ、ネービャがそんなことを言うのかはアニョウは良く知っている。
「どうしたんだい。俺達相棒だろ。作戦成功は分かち合わないとな。」
アニョウが一歩二歩と近づくとネービャは一歩下がる。だが、校舎の壁が退避を妨害した。
アニョウは、両手を校舎の壁につき、ネービャを挟む。
「喜んでくれよ。死者無しで帰還したんだ。普段から少年兵の命を気にしていただろ。」
「ああ、あにがちょう。うでじいよ。あびょう。」
鼻を摘まんでいるため、発生が少しおかしかった。
「うれしくて、抱擁を交わしたいくらいなんだよ。相棒。」
「はてはて。ぷろにはいれ。それからでもおちょくない。」
「いやいや、喜びはすぐにでも分かち合うべきだろう。相棒。」
アニョウは、笑顔で糞尿と吐しゃ物に塗れた戦闘服のままネービャを抱擁する。力強く、こすりつける様に。
「ぎゃー!」
校庭にネービャの悲鳴が響き渡った。




