75.苦痛
暗い洞内をトロッコ列車の前照灯が照らし、疾走する。背後からは爆破による土煙が猛スピードで追いかける。
その土煙の向こうからは、英語で悲鳴と怒声が聞こえる。
「アメリカ兵を爆発に巻き込んだか。となると、厳しい追撃を受けそうだな。」
アニョウは独り言を発す。
「校長先生、それはどういう意味?」
アニョウの横に座る少女がアニョウの独り言に反応した。
見た目は十歳頃。まだまだあどけなさが残り、人殺しを稼業にしている様には見えない。
もっとも、その稼業をさせている本人が思うことではないが…。
「ああ、アメリカ軍は味方を見捨てないという不文律がある。敵地に味方が一人取り残された場合、一個中隊を投入してでも救出するという文化がある。」
「え?たった一人の為に数十人の命を危険に晒すということなの?アメリカって馬鹿なの?」
「我々から見れば算数ができないように思えるな。だが、実際取り残される可能性が自分にある場合、突撃ができるか?」
「したくない。違う方法を考えるよ。」
「それをが許されているのは、我々が民間だからだ。正規軍では命令は絶対。それを拒絶すれば、罰せられる。最悪は、敵前逃亡で死刑だな。」
「たったそれだけで、無駄死にさせるの?それってもったいないよ。」
「難しい言葉を知っているな。よく勉強している様だな。」
アニョウは少女の頭を優しく撫でる。少女は、はにかみアニョウの話の続きをニコニコ待っている。
「何があっても味方が救助に来てくれるという安心感が後押しをしてくれる。ゆえにどんな危険地帯へも飛び込んでいける。それがアメリカ軍の強さである。
もっとも人口が三億人いると言われている大国だからできる戦術だ。人口が数千万人しかいない王国では、無理な戦術だ。すぐに兵士が尽きてしまうな。」
「ふ~ん、家族みたいなものかな。でも、それで他の家族が死んじゃったら、もっと悲しいよね。私は助けに来て欲しくないなぁ。」
「いいのか?」
「うん。他の家族が元気の方がいいよ。敵に囲まれたら自爆するから、先生来ないでね。」
少女は笑顔で答える。
―教官達の教育の賜物と言って良いのだろうか…。俺は、こんなことに手を貸しているのか…。こいつらに親が居れば、恨まれても仕方がないな。―
などと思いつつ表情には出さない。
「ああ。だが、そんな状況にならぬ様にしろ。状況を読んで行動をしろ。作戦が正しいとは限らない。状況の変化に柔軟に対応しろ。」
「うん、わかった。気を付けるね。みんなにも校長先生のお話伝えるよ。」
と名も知らぬ少女とアニョウは会話を続けた。
トロッコ列車が止まる。坑道の出口に着いたのだ。
「全員、トレーラーのコンテナに乗り換えろ。戦利品の持ち出しを忘れるな。梯子などの備品は捨てろ。サポートチームが処理してくれる。武装だけは忘れるな。急げ。」
『了解。』
SB1の命令に少年兵達が機敏に動き出す。坑道内に乗り入れたコンテナトラックのコンテナへと乗り込んでいく。戦利品である二体の標本もバケツリレーの様にコンテナへと送り込み、積み込む。
少年兵全員がコンテナに乗ったことを確認し、アニョウは乗り込んだ。
コンテナ内部は、上下二段に区切られており、子供の体格に合わせた物になっていた。見た目以上に乗り込めたのは内部が二階建てになっていたからだ。
アニョウが座るには天井が頭に当たる。膝を抱える様に背を丸めて座る。
「校長先生は、寝て下さい。場所空けます。そこの三人、スペースを開けろ。他の者は詰めろ。」
『了解。』
SB1の命令で大人一人が横に慣れるスペースができる。
ここで言い合いをしても仕方がない。時間の無駄だ。SB1と子供達の気遣いを有難く受け取る。
「皆に感謝する。」
アニョウは素早く足を延ばし、寝転がる。その姿を見届けたSB1は報告を上げる。
「SB1よりコントロール。出発準備完了。進行を譲渡。」
「コントロール了解。進行を授受。DV1発進せよ。予定通り、ルート635を進行。次回、衛星接触まで四十二分。」
「DV1了解。発進する。」
トラックのドライバーであるDV1が答えると、エンジンがかかり緩やかにコンテナが揺れる。コンテナ内部にはエアコンが取り付けてあり、暑さは無い。
だが、乗り心地は悪い。クッションもシートもないコンテナの鉄板の上に直接座っている。
トラックの乗り心地は益々悪くなっていく。舗装されていないジャングルの国道に出たのであろう。スピードが上がることがわかる。
国道とはいえ、整備は地元民任せだ。凸凹はそこら中にあり、大きな穴は迂回する。
ゆえにコンテナ内部は、嵐の中の小舟の様に激しく揺られる。誰も口を開かない。舌を噛む危険があるからだ。
補強用に入れられたパイプに皆必死にしがみつく。標本は死体袋ごとハンモックの様に吊るされている。
激しい揺れの中、アニョウはモノクルにカウントダウンを表示させていた。
<残り十五分。>
―あと少しだ。―
アニョウは四肢を広げ、床を転がるのを耐える。
腕や腿の筋肉が震え始める。背中は何度も床に打ち付けられ、痛みが背中一杯に広がる。
頭部はヘルメットの衝撃吸収材のお陰か痛みは無い。
ただただ、歯を食いしばり耐えるしかない。
<残り五分。>
そこまでカウントダウンが進んだ時、振動が止まり、エンジンが切られ、静けさが戻る。
少年兵達の激しい呼吸音がコンテナ内を占有した。
「DV1よりコントロール。退避地点に到着。エンジンストップ。待機中。」
「コントロールよりDV1およびSB1。指示あるまで待機。衛星の通過を待て。」
「DV1、了解。」
「SB1、了解。」
再び、静寂が戻る。
まもなく、頭上をアメリカ軍の軍事衛星が衛星軌道を周回してくるのだ。
国道から少し離れた岩棚の下にトラックを滑り込ませ、待機させているはずだ。
筈だというのは、アニョウには外界を確認する術をもっていないからだ。作戦書の内容を思い出しているだけだ。
―数分後に軍事衛星が通り過ぎる。厚い岩盤の下でトラックを退避させ、軍事衛星の目から逃れる。うまく行けばよいのだが…。―
トラックを発見され、発熱体を分析されれば敵だと判断されるだろう。
そうなれば、爆弾を抱え込んだドローンが特攻してくるだろう。
もっとも外気温と体温が近いジャングルでもっとも危惧すべき発熱体は、トラックのエンジンだ。その為、厚い岩盤の下に出来た岩棚に退避している。
宇宙からでは見えないことを期待してのことだ。
期待するというのは、軍事衛星の性能がハーモニーの取得した情報通りとは限らないからだ。
兵器の情報は、公開されている通りとは限らない。性能を低く情報公開されているのが常である。
無論、武器メーカーのカタログもスペックは低く記載されている。
正規スペックを知るのは、制式装備トライアルの関係者と運用者だけだろう。
ゆえにハーモニーの作戦立案者が警戒するのは仕方がないことだろう。
ただ、退避のお陰でストライクバックの少年兵とアニョウが人心地つけるのはありがたい。
酷い揺れから一時的に解放され、体の力を抜き、水分を補給している。
衛星が通り過ぎるまでの間だが…。
「コントロールよりDV1。衛星接近。」
「DV1、了解。」
少年兵達の荒かった呼吸が静まり返る。呼吸音を衛星が拾えるとは考えられなかったが、子供心に見つかりたくないと考えたゆえの行動だろう。
まだ、国境まで距離がある。アメリカ軍の追撃を受けない距離まではこのコンテナから降りることはできない。
まだまだ、少年兵達の苦痛は続くのだ。




