74.強奪
アニョウが足を踏み入れた部屋は体育館の様に広く、天井が高かった。
そこには、神殿の柱を想起させる円柱形のガラス塔が数十本に渡り整然と並んでいた。
ガラス塔に灯るランプは、ろうそくの揺らめきの様に時折点滅する。
ガラス塔に付属するモニターは、規則正しく曲線が波打ち、定期的なリズムを電子音が奏でる。それは、経や祝詞もしくは讃美歌の様に感じられた。
ガラス塔の中には、何かが浮かんでいる。
掌に乗るサイズから大人と同じ大きさまでの様々な物体が浮かんでいた。共通点はただ一つ。人間であること。
つまち、胎児から大人までの各成長の人間が収められていた。
空気マスクを顔面に装着し、腕部には数本のチューブが繋がれている。
個体ごとに本数が違っていた。成長過程による差なのか、育成目的の差なのかは分からない。
分かることはただ一つ。これが人工子宮であり、ガラス塔の内部には人工羊水で満たされていることだ。
ストライクバック中隊は、整然と作戦行動をとる。
運び出せる個体の選別。
「嬰児、幼児は外界環境に耐えられない。少年と成人を各1個体確保だ。モニターのバイタルサインをしっかり確認しろ。グリーンしか要らない。イエロー、レッドは不要だ。欲張るなよ。俺達の体格じゃ、複数の確保は困難だ。持ち出しできると思うな。」
SB1がキビキビと命令を下す。
「よし、持ち出し個体を確定する。情報をドライアイスに入力。選抜はコントロールに任せる。」
『了解。』
そんな光景がゆっくりとゆっくりとスピードを落としていく。
アニョウの世界が地球から切り離され、時間が止まっていくように感じられた。
同時に心臓が激しく鼓動を打つ。それに伴い呼吸が大きく深いものとなる。全身が酸素を欲しがり、全ての細胞が酸欠で苦しみだす。
視界が真っ白に染まり、視力が一時的に失われる。
脳の中央が熱い。その熱さが外へと広がっていく。
手が痙攣し、膝が笑う。
真っ直ぐ立っているだけが、酷い苦行に感じられる。
ついに上下の平衡感覚が失われる。今、自分が立っているのか、横たわっているのかすら分からない。
胸の鼓動は、ますます早鐘を打つ。
―頭が痛い。胸が苦しい。酸素がもっと欲しい。―
次の瞬間、一斉に全ての苦しみから解放された。
体が軽くなり、頭痛も消え去る。手の震えも膝の笑いも止まり、仁王立ちしていた。
今までの生活が霧の中で生活していたのかと思える程、思考がクリアになる。
今まで水中で生活していたのではないかと思われる程、身体が非常に軽い。
「ああ、そうか。」
アニョウは、そう呟く。
その呟きは誰の耳にも入らなかった。ドライアイスだけがその音声を拾っていた。
「校長先生、校長先生。しっかりしてください。作戦中です。呆けないで。目を覚ましてください。どうしたんですか。」
SB1の呼びかけでアニョウは、正気を、いや現状を正確に把握した。
「すまん。個体を確保したな。撤収だ。」
「了解。第1小隊が先行警戒。第2小隊、少年個体を輸送。第3小隊、成人個体を輸送。第4小隊、後詰。ゴー!」
アニョウは後ろ髪を引かれる思いで培養室から走り出す。
―考えるのは安全地帯でだ。今は作戦を遂行するのみ。―
ストライクバック中隊の少年兵達と一緒に走る。確保された個体は死体袋に入れられ、数人がかりで運ばれている。無論、呼吸が可能なように空気穴は開けてある。
サーバールームに戻り、梯子を駆け降りる。ここで確保個体を下すのに手間取る。最初から分かっていたことだが、タイムロスが気になる。
「コントロールより警報。敵に発覚。警備隊接近中。警戒されたし。」
モノクル付きインカムから警告が報告される。
「急ぐぞ。第1小隊、トロッコ始動。第2、第3はトロッコへの積み込み急げ。第4は銃を構え、発砲を許可する。」
「第1、電動車始動確認。後尾電動車はギア、ニュートラル。ブレーキ解除を確認。遺留品、梯子のみ。他は回収。爆破スイッチ、安全装置解除。」
「第2、少年個体のトロッコ積み込み完了。第3を支援する。」
「第3、成人個体重し。第2の支援了解。」
「第4、敵兵の足音を感知。距離二百。安全装置解除。発砲準備。梯子は不要。撤退時飛び降りる。梯子回収を優先。」
「第1、梯子回収了解。洞内にて待機し、援護する。」
第1小隊の運転手以外は洞内に展開し、頭上の穴へとP90を向ける。第4小隊が飛び降りた時、敵が迫れぬ様に発砲するためだ。
アニョウは最後尾の電動車に乗り、P90を構える。
アニョウも第1小隊と同じく、撤退援護についた。それを見た。手隙の少年兵3人が同じく電動車に乗り込み、アニョウと同じくP90を構える。撤退時に最も危険な殿だ。これを自分から進んでやりたがる者は少ない。
だが、ストライクバックは家族だ。血は繋がっていなくとも、家族の繋がりは濃かった。
「接敵!」
第4小隊から報告が入る。それと同時にタタタタンと十丁のP90の連射音が洞内に響く。
モノクルに簡易マップが表示され、青い点と赤い点が表示される。青い点が味方。赤い点が敵。
敵は十字路の角で足を止め、撃ち返す。互いにめくら撃ちだ。目標は見えていない。この辺りだろうというところに銃弾を叩き込む。
「第3、積載完了。撤退可能。」
「第4下がれ。」
「了解。」
第4小隊は、器用に匍匐後進を行いながら射撃を続ける。P90の装弾数は五十発。敵はM4が制式小銃のはずだ。ならば、装弾数は二十発か三十発の弾倉を使用している。弾倉交換のサイクルはこちらの方が長い。
無論、トリガーを引きっぱなしであれば数秒で五十発を撃ち切る。だが、そんな間抜けはいない。皆、適時トリガーから指を離し、弾幕の調整はしている。
天井の穴から第4小隊の足が垂れる。
「第4、降りる。」
「第1、了解。スイッチ。」
第4小隊の十名がそのまま穴へと落ちる。怪我をすることを考慮に入れていない落ち方だ。受け身もとれず、そのまま地面に叩きつけられる。
モノクルには赤点が穴へと近づく。すかさず、第1小隊が威嚇射撃を始める。穴から飛び出す銃弾に敵の足が止まる。
すかさず、第2小隊が飛び出す。第4小隊の野戦服の肩ベルトを握り、トロッコへと走り出す。第4小隊の少年兵達は地面を引きずられるままに任せる。
トロッコまで寄せると無理やり、中へと押し込む。乗せてしまえば、後はどうとでもなる。
そして、交代する様に第3小隊が残されている第4小隊を同じ様に拾う。
「第2から第4収容。第1撤収。」
「了解。」
洞内に展開していた第1小隊が射撃を止め、トロッコへと走り出す。
アニョウ達、殿四人が穴に向け牽制射撃を始める。赤点はジリジリと近づき、穴から銃口だけを突き出し、適当に発砲をする。
銃弾が狭い洞内をすれ違う。
「乗車完了。」
その声と同時にトロッコ列車は急発進する。みるみる穴から離れていく。
「爆破3秒前。1、0。」
第1小隊の少年兵の一人が爆破スイッチを押す。爆音とともに衝撃波がアニョウ達を襲う。
凄まじい砂煙が視界を塞ぐ。
「射撃終了。全周警戒厳。」
『了解。』
SB1の命令に従い、射撃が止まる。少年兵達は周囲の警戒を始める。もっともここは洞内の為、上下左右に気を付ける必要はない。前後だけに集中していれば良い。
損害状況、作戦の成功の可否はまだ分からない。
トロッコ列車は、暗い洞内を疾走した。




