73.校長
兵学校の集合場所にはストライクバック中隊が集まっていた。
他の子供達は、カラーズ大隊第一中隊が仕事に出かけると知らされていた。
ストライクバック中隊は、極秘部隊である。しかし、ここまで堂々と行動をすれば、この部隊が秘密部隊だと思われる可能性は低くなるだろう。
集合した子供達は、元気に笑顔で談笑している。まるで遠足に行くかのようだ。
戦闘に行くという緊張は感じられなかった。
アニョウが皆に近づくとすぐに子供達が反応した。
「校長先生だ。」
「校長先生、見送り?」
「応援しに来てくれたの?校長先生。」
と皆が口々に校長先生とアニョウのことを呼ぶ。
色々な遊具や公園を揃えたのがアニョウであることを子供達は知っていた。自分達の要望を叶えてくれる人間であると知っていた。
「皆、元気だな。今回は見送りじゃない。一緒に参加させてもらう。よろしく。」
「本当に?校長先生ついてこれる?」
「疲れたら早く言ってね。小休止入れてあげるから。」
「荷物が重かったら、みんなで分けて持つよ。気軽に言ってね。」
などと意外にもアニョウは子供達に人気があった。
教官として、厳しい訓練を課していないことも原因の一つであろう。
「皆、本番前だ。疲れない様に大人しくしていろ。」
『は~い。』
その言葉でようやく子供達に落ち着きが生まれた。
出発時刻になると用意された数台のマイクロバスに整然と乗り込んでいく。
誰かが号令をかけたわけではない。己が何をすべきか、理解している証拠だった。
アニョウは最後にマイクロバスに乗り込む。もうそこには、先程迄、年相応にはしゃいでいた子供の姿は無い。
歴戦の勇士が整然と椅子に座っていた。
乾季の国境を越えるのは簡単だった。
水量が極端に減り、小舟で大河であっただろう数本の小川を横切るだけであった。
雨季に国境を越える為にした苦労は何だったのだろうか。そんなことを感じさせる程、あっけないものであった。
水陸両用車とは言わない。シュノーケルを取り付けた四輪駆動車でも十分渡河することが出来ただろう。
国境の乾いた大河を抜け、ジャングルに入り三日程、ワンボックス型の商用車五台に分乗し、目的である集落についた。
規模は百人程度。狩猟と採集で生計を立てている様だ。
近くに畑は見当たらない。
ゲリラ掃討作戦の作戦範囲外にあった為、被害は全くなかった。作戦範囲外だったのは、アメリカの秘密研究所が近くにある為、配慮されたのだろう。
集落の外縁部にある小高い丘にへばり付く一軒家の前に車列は止まった。
「全隊降車。屋内に入れ。」
ストライクバックの隊長である十代半ばの少年が命令を告げる。アニョウは名前を知らない。SB1というコールサインだけを知っていた。
『了解。』
密林迷彩の戦闘服に身を包んだ少年少女が素早く降車し、屋内へと整然と入っていく。
群体の様に滑らかな動き。カラーズ大隊とは比べられない程、練度が高いことが見てとれた。
アニョウは、ストライクバック中隊に続いて屋内に入った。
背後ではエンジン音が遠ざかっていく。車が集落に残る危険性を鑑み離れていった。
屋内に入ると丘をくり抜いた広々とした空間が広がっている。脇には坑道の掘削に使用された重機が置かれている。作戦終了後は埋め戻し作業に使われるのだろう。
屋内の中央には電気自動車に挟まれたトロッコ四両が置かれている。トロッコというべきか、貨車というべきか、その様なものだった。四角い箱に板バネ付きの車輪。シンプルな造りだった。
「乗車。」
SB1の掛け声と同時に隊員たちは無言で乗り込んでいく。
アニョウは、前に繋げられた電気自動車に乗り込む。電気自動車と言っているが、四人乗りのバギーと言った方が現実的だろう。屋根どころかドアすらなく、悪路走破だけを重視したモデルだった。
パワーだけは充分にありそうだ。
「前進。」
SB1の命令に従い、トロッコ列車は丘にあけられた坑道へと進んでいく。半円形の素掘りのトンネルだ。ところどころ木材で補強がされている。
すぐに崩壊することはないだろう。
照明は無く、バギーのヘッドライトが前を照らす。
地面はそこそこ荒れていた。一度しか使わない坑道だ。丁寧な造りを求めるのは酷だろう。
坑道の中をトロッコ列車は静かにまっすぐ進んでいく。貨車の板バネが軋む音が聞こえるが十分静かな方だ。坑道の外へ音が漏れる心配は無い。
誰一人、声を上げることなくトロッコ列車は進む。
十五分ほど走るとトロッコ列車は止まった。このくらいの距離ならば、徒歩行軍でも問題ない距離だった。ただ、撤退時に速度が必要だ。一時間も二時間もかけて歩いて逃げるわけにはいかない。距離は短くともトロッコ列車が用意されたことは納得できることだった。
止まった先には円形の広間があった。
天井の中心には、二メートルほどの円が書かれ、そこから一本の線が壁伝いに床へと延びていた。そこにはスイッチとLANケーブル、二本の梯子が置かれていた。
「SB第2小隊と第3小隊は梯子を。SB第4小隊はスイッチとケーブルを。」
SB1の声に従い、少年兵が動く。梯子を担ぎ、天井の円の外側に二個小隊が待機する。一個小隊がスイッチの安全装置を外し、点火準備を整える。手の空いたものはリールに巻かれたLANケーブルを手に持ち、走り出せる準備を整える。
「SB第1小隊、頭上探査開始。」
長い棒の先についた丸い円盤を天井に接触させ、様々な地点を観測していく。
「音響探査、異常なし。」
「発熱体、サーバーのみ。他認めず。」
「振動探査、感知せず。」
「ドライアイス、判定はどうか。」
「サーバールーム内は無人と判定。」
モノクル型インカムにドライアイスの若い女性の声がアニョウの耳に響く。
「校長先生、最終決定を。」
SB1がアニョウへ突入の可否を尋ねる。
―ここまで不手際も見落としも無い。作戦通りだ。中止する根拠はあるのか。
いや、ない。―
「カウント3で突入。」
「了解。3、2、1、0。」
ポンと軽い爆発音が天井からした。円形のラインから煙が噴き出し、ゆっくりと天井は円盤形に落ちた。バン。重くずしりとした音が坑道内に響く。
だが、誰も気にしていない。次の行動へと移っている。
梯子を2本、穴に立てかけ、素早く昇る。天井付近で一度止まり、サーバールーム内を警戒する。
「クリア。」
その声で一斉に梯子を駆け昇っていく。
アニョウも梯子を昇り、皆に続く。
サーバールームに入ると空気はひんやりとしていた。熱を放つサーバーを冷やすための空調が寒いくらいに効いていた。
数十台のサーバーが整然と並べられている。どの機械が何をしているとかなど、ここにいる者には全く分からない。分かっているのは、指定された個所にLANケーブルを差すだけだ。
「接続。ランプ点灯確認。グリーンランプ確認。」
第四小隊からの報告だ。第1から第3小隊は、唯一のサーバールームの入口へ銃口を向け、警戒をしている。
「コントロールよりSB。接続を確認。指示あるまで待機。」
「SB1、了解。待機する。」
誰も動かない、耳を澄ませ、敵が来ないか警戒を続ける。
「コントロールよりSB。警備システムの掌握完了。行動を開始せよ。」
「SB1、了解。行動開始。」
第2小隊が扉を開け、第3小隊が廊下に転がり出る。廊下にうつ伏せとなり、虚空へ銃口を向ける。
「クリア。人影認めず。」
「第2、第4前進。」
「第2、了解。」
「第4、了解。」
二十人の少年兵が廊下を静かに走る。サーバールームの隣にある培養室を通過し、十字路で止まる。少年兵達は壁と床にへばり付き、近づいてくる敵に備えた。
「校長先生、お願いします。」
「了解だ。」
第1小隊はサーバールームに残り、退路を確保。敵が坑道から来るとは思えないが念のための備えだ。
第3小隊がアニョウの護衛と試験体の回収の為に同伴する。
培養室の扉の横には四角い箱が壁から飛び出していた。
アニョウは野戦グローブを外し、箱を左右から掌で挟み込む。そして上部にカメラに視線を合わせる。
「被検体ショー・ビット。入室を申請する。」
あらかじめ定められていたセリフを呟く。
フォンという音が箱から聞こえた。この一瞬で網膜、左右の掌の静脈、音紋をライブラリーと照合したのだ。
「入室資格を確認。開錠します。」
箱から機械音声が流れる。そして、隣の扉が部屋の内側に引き込まれた。
無論、被検体ショー・ビットという人物は研究所には存在しないはずだ。
コントロールがサーバーのライブラリーにアニョウの生体情報を被検体ショー・ビットとして登録したのだ。
こればかりは、子供には無理な芸当だった。大人でなければならない。手の大きさ、声の太さばかりは大人に偽装できない。
偽装の手間をかけるくらいであれば、素直に大人を使えばよいだけのことだ。
扉が開くと同時に第3小隊が突入する。
アニョウは、しばし待機する。
「クリア。」
その声でアニョウはようやく入室した。
―すべて子供頼みで良いのだろうか。いや、疑問を持つのは止めよう。これは仕事だ。街中でカツアゲやひったくり、春を売るよりはマシだろう。―
一瞬だけ脳裏に罪悪感が浮かぶが、すぐに打ち消した。いや、打ち消された。正確には打ちのめされた。
アニョウの目の前には、荘厳なる神殿が広がっていた。




